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ローカル鉄道讃歌 1 「錦川鉄道」(山口県)

鳥塚亮大井川鐵道代表取締役社長。前えちごトキめき鉄道社長
カラフルな可愛い車両が走る錦川鉄道清流線

山口県の山陽本線岩国駅から発着する錦川(にしきがわ)鉄道清流線は、旧国鉄の廃止対象路線だった特定地方交通線を地元が引き継いだ営業キロ約32km、保有車両数わずか5両の第3セクター鉄道です。

開業は国鉄民営化の年、1987年(昭和62年)。今年で31年になりますが、長年地域の支援で成り立っている地域密着型のローカル線です。

この錦川鉄道が今年7月7日に発生した西日本豪雨で大きな被害を受けました。

ご存じの皆様もいらっしゃると思いますが、今の時代はローカル鉄道にとって災害は禁物で、ひとたび大きな被害を受けると復旧が困難となり、そのまま路線ごと廃止になってしまうという前例がいくつもありますので、錦川鉄道が大きな被害を受けたと聞いた時に私はとても心配になりました。

錦川鉄道清流線では7月7日に土砂崩れが数か所で発生し、それから運休を余儀なくされていましたが、この度、8月27日に運転を再開することができたというニュースが伝わってきましたので、私はホッと胸をなでおろし、早速取材に行ってまいりました。

私が取材に訪れたのは運転再開間もない9月6日の午後でしたが、同社の磯山英明社長さんに対応していただきました。磯山社長さんのお話では、沿線数か所で土砂崩れによる被害を受けたものの、幸いに路盤の流出等はなく大きな被害には至らなかったとのこと。崩れた土砂を取り除いたところ、線路がほぼ無事の状態で出てきたために8月27日の運転再開ができたとのことでした。

一番被害が大きかった箇所の土砂崩れの現場写真。左側の山の斜面が崩れ大量の土砂で線路が埋もれてしまいました。
一番被害が大きかった箇所の土砂崩れの現場写真。左側の山の斜面が崩れ大量の土砂で線路が埋もれてしまいました。

これだけの大きな被害を受けましたが、土砂を取り除いてみるとこのような状況でした。

土砂を取り除いて線路が現われたところです。
土砂を取り除いて線路が現われたところです。

土砂の下から線路がほぼ無傷で出てきました。(8月19日)

幸いにも線路や路盤が流されることなく、ほぼ無傷だったことが早い復旧につながりました。

のり面復旧工事をして仮復旧ができました。(8月23日の状況。写真3枚は錦川鉄道提供)
のり面復旧工事をして仮復旧ができました。(8月23日の状況。写真3枚は錦川鉄道提供)

そして安全確認、試運転の後に8月27日の運転再開にこぎつけたとのことでした。

磯山社長さんは私もいすみ鉄道時代から存じ上げておりますが、いつも通りの穏やかな表情で「大した被害じゃなかったのが幸いでした。」と笑顔でお話しされていましたが、私もいすみ鉄道社長としていろいろな経験をしていますので、これだけの被害を受けたらどれだけ深刻な事態になるかがよくわかります。まずは復旧のための費用の心配がありますが、費用の手配ができればOKというものではありません。例えば、この場所は崖のわきを線路が通っているところですから復旧のための重機やダンプカーが入ることができません。線路を使って横へ土砂を運び出す以外に方法はありませんから大変な手間と時間がかかります。また、今回の豪雨で被害を受けたのは錦川鉄道だけではなくて、鉄道でもJR線の各所で大きな被害が出ていますし、道路も至る所で寸断されている状況でした。そういう状況下では土木工事の事業者や機械類はあちらこちらに駆り出されていますから、頼んでもすぐに来てくれるものではありません。施工力の確保がとても大変になるのです。

今回取材に応じていただきました磯山英明社長さんです。
今回取材に応じていただきました磯山英明社長さんです。

こうした非常に厳しい状況にありながら、わずかひと月半ほどで運転再開にこぎつけたのは、夏休みが終わり、8月27日に学校が始まる前までには何とか列車を走らせたいという使命感があったのはもちろんですが、岩国市をはじめ沿線の皆様方がこの鉄道を何とか支えていくという気持ちがなければできないことですから、地域全体で鉄道を支えていくという強い意志を感じました。

今回取材に訪れた錦川鉄道岩国管理所。岩国城ロープウェーの事業と同居しています。
今回取材に訪れた錦川鉄道岩国管理所。岩国城ロープウェーの事業と同居しています。

今回の取材のために訪れたのは岩国城ロープウェー事務所。錦川鉄道の本社は終点の錦町にありますが、なぜか錦帯橋を渡ったところにある岩国城ロープウェーにも事務所があります。

実は、錦川鉄道は岩国市の指定事業者としてこの岩国城ロープウェーの業務だけでなく、岩国市営バスの一部路線などの市の業務を受託しており、その各事業により年間3000万円程度の利益を上げていて、鉄道事業で発生する赤字を補うことができるシステムを岩国市が提供しているのです。

鉄道事業というのは大手でもなかなか黒字にすることは難しい事業です。それを補うために大手各社は関連事業を多岐にわたって行っていて、その関連事業から上がる利益と合わせてトータルに考えると儲かるシステムになっています。その関連事業というのは百貨店であったりスーパーマーケットであったり、あるいはホテルや不動産事業などいろいろ考えられます。ところが、地元からの支援を受けている第3セクター鉄道では、そういった関連事業はすでに地元の皆様方が生業として行っているものが多く、鉄道会社がホテルや不動産事業、スーパーマーケットなどを行おうとすると地元の皆様方のお仕事とバッティングしてしまいます。長年支えていただいている地域の皆様方のお仕事の邪魔をすることは、第3セクター鉄道としては基本的に許されるものではありませんから、簡単に関連事業で利益を出すなどということはできないのです。そういう中で地元の岩国市から指定事業者として各種業務を受託することで、少しでも鉄道部分の赤字の補てんになるシステムを市が提供してくれているのですから、何とかこの鉄道を支えようという地域の意志を同業者として私は強く感じるのです。

さて、その錦川鉄道ではJR東日本から昭和の国鉄形ディーゼルカーを1両購入し、今、観光専用列車としての運行を開始しています。これはいすみ鉄道と同じ基本方針で、毎日利用される地元の皆様方には快適な新型車両にご乗車いただき、観光で訪れる都会からのお客様には昭和のレトロ車両にご乗車いただくスタイルですが、錦川鉄道では今、観光列車専用の臨時駅を新しく設置する計画でいます。

JR東日本から導入したキハ40形のディーゼルカー。近年急速に姿を消している貴重な国鉄形車両の1両です。
JR東日本から導入したキハ40形のディーゼルカー。近年急速に姿を消している貴重な国鉄形車両の1両です。

通常、鉄道会社が新駅を建設する場合、地元のお客様の利便性を図ることを第一とするのですが、錦川鉄道の場合は沿線に沿って流れる錦川の清流を見る絶景ポイントに駅を設置する計画で、新駅予定地は集落から道路を伝ってアクセスするルートもありません。あくまでも観光列車にご乗車いただいたお客様だけが降り立つことができる駅としての建設を予定しています。

大きな費用をかけてこういうことができるのも、この鉄道がどれだけ地域から愛されているかが解るというものですが、外部からアクセスできないような秘境駅を新しく作れば全国的に話題になることは間違いありません。ローカル鉄道が話題を提供することによって地域が有名になり、全国からお客様にいらしていただける。観光でいらっしゃるお客様が沿線地域に経済を生み出すということも今の時代は十分に現実的ですから、ローカル鉄道を上手に使うことによって地域が一緒に浮上していくという地方創生の時代にふさわしい鉄道の使い方を、岩国市の沿線住民の皆様方が実行されることで、ローカル鉄道が地域に貢献する一つのモデルケースになると私は考えています。

新駅建設予定地。清流錦川の美しい流れを堪能できる絶景ポイントにできる秘境駅です。
新駅建設予定地。清流錦川の美しい流れを堪能できる絶景ポイントにできる秘境駅です。

この新駅は来年には開業する予定ですが、土砂崩れからの復旧等に時間を要したため現時点では開業時期は未定です。来春ごろには会社から開業時期のご案内が出されると思いますので、皆様どうぞお楽しみにお待ちください。

日本にはこのように苦しい経営状況の中、頑張っているローカル鉄道が全国各地にあります。

この「ローカル鉄道讃歌」シリーズでは、筆者が長年いすみ鉄道で経験してきた経営的観点を含めながら、観光や地場産業で地方創生に頑張る地域とともに歩んでいる各地のローカル鉄道をご紹介していきます。

皆様、どうぞご期待ください。

※注釈

災害現場写真(3枚)以外の写真はすべて筆者撮影。

会社名:錦川鉄道株式会社、路線名:錦川清流線。

大井川鐵道代表取締役社長。前えちごトキめき鉄道社長

1960年生まれ東京都出身。元ブリティッシュエアウエイズ旅客運航部長。2009年に公募で千葉県のいすみ鉄道代表取締役社長に就任。ムーミン列車、昭和の国鉄形ディーゼルカー、訓練費用自己負担による自社養成乗務員運転士の募集、レストラン列車などをプロデュースし、いすみ鉄道を一躍全国区にし、地方創生に貢献。2019年9月、新潟県の第3セクターえちごトキめき鉄道社長、2024年6月、大井川鐵道社長。NPO法人「おいしいローカル線をつくる会」顧問。地元の鉄道を上手に使って観光客を呼び込むなど、地域の皆様方とともに地域全体が浮上する取り組みを進めています。

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