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ACミランGKの激白。GKは孤独を生きる。レアル・マドリーGKの宿命とは。

小宮良之スポーツライター・小説家
マドリー時代のカシージャスとディエゴ・ロペス(写真:ロイター/アフロ)

ピッチに立つ11人の中、ゴールキーパーは一人だけ手を使える特権を得る。その代わりに、何があろうとゴールを守る義務を課せられ、息がつまるような緊張と戦っている。ゴールキーパーたちは、「得点を入れた方が勝ち」というゴールを取り合うサッカーの本質と矛盾した立場にいるわけで、その孤独は深い。

「ゴールキーパーは心に"魔物"を宿しているのさ」

関係者はそう嘆息するが、魔物とは、失点を防ぐ減点方式と失敗すれば居場所を失うという極度の重圧が作り上げたものだろうか。

そしてもう一つ、彼らが孤独な理由がある。それは例えば、メッシとC・ロナウドは並び立てるが、どれだけ優れたGKも二人同時にピッチに立つことはできない。チームの仲間は、常にライバルなのである。

先日、スペインの有料テレビ局「Canal Plus」のサッカー番組で、ACミランのGKディエゴ・ロペス(32才)が激白している。

「(レアル・マドリーでチームメイトだった)イケル(カシージャス)とはお互い、リスペクトを失ったことはない。しかし関係は変質していったよ。それはそうならざるを得なかったというか、二人の間の競争の激しさがそうさせたんだろうね。(ポジションを失った)イケルは不快だったろうし、(争いに勝る)私は強い自分を感じた。ファンの間でもGKの議論は過熱していたから・・・。でも、私は孫たちにいつか、『おじいちゃんはあのカシージャスと途方もない戦いをしたんだぞ』と聞かせてやれるだろう。そして私は自分が成し遂げたことを誇りに思う」 

ディエゴ・ロペスとイケル・カシージャスは、世界王者レアル・マドリーで育成年代から同期のGKだが、そもそも対照的な存在である。前者はマドリーを去って以来、着実に中堅クラブで実績を積み上げてきたものの、どちらかと言えば日陰を歩いてきた。一方のカシージャスは十代でマドリーの正GKの座をつかみ、スター選手として燦然と輝き、スペイン代表してW杯やEUROも制するなど「世界最高GK」の栄誉をほしいままにした。

その関係が、一昨シーズンから逆転することになった。ジョゼ・モウリーニョ監督に招聘されたディエゴ・ロペスが、カシージャスからポジションを奪い取ったのである。

これは騒動を招いた。現地では、「傲慢なモウリーニョが、言うことを聞かないカシージャスを干している」とカシージャス擁護の声が多く聞こえた。不当な議論だったと言えるだろう。なぜなら昨シーズン、監督に就任したカルロ・アンチェロッティ監督も国内リーグの正GKにディエゴ・ロペスを選んでいるからだ。

ディエゴ・ロペスは実力でその座をつかんだにもかかわらず、今シーズン開幕前になって、イタリアのACミランに移籍ざるを得なかった。

「モウリーニョが批判の的になっていたが、彼が去ると、その矛先は私の方に向かってきた」

ディエゴ・ロペスは当時の境遇を語る。

「モウリーニョはその前のシーズンから、自分のことを欲しいと言ってくれていた。彼は視線と言葉だけで、行きたい場所にいざってくれる異質の指導者さ。『お前が今一番いいプレーをしている』と評価した上で、自分を使ってくれた。カシージャスへの反感なんて関係なかったし、私が彼の"かわいい坊や"だったわけでもない。モウリーニョは試合ごとに自分のプレーをチェックしていて、プレーレベルが落ちたらすぐに変えられたはずだよ」

1試合1試合、ディエゴ・ロペスはプレーを積み重ねてきた。だが今シーズン、クラブがブラジルW杯で活躍したケイラー・ナバスを獲得したときだった。彼はACミランからの獲得打診を聞き、それを受け入れた。

「タオルを投げたわけではないよ。何か流れが変わった、ということを肌で感じたんだ。そしてスポーツ選手として、家族のためにより良い選択をしたまでさ」

ディエゴ・ロペスとカシージャス、どちらかにゴールキーパーとして非があったわけではないだろう。

前者は練習熱心で篤実、プレーエリアは広くリベロのように機能し、カシージャスより10cm以上高い身長を生かした空中戦でも頼もしさを見せる。オールラウンダータイプだ。後者は居残り練習には積極的でなく、試合の中で勘を研ぎ澄ませる天才肌で、プレーエリアはゴールライン近くに限定される。ただ、正GKがケガをしてお鉢が回ってくることは二度三度ならず、そのときの活躍が目覚ましい。天道に導かれるような運勢を持つ。

異なる性質を持つ、二人の優れたGKが同世代に、同じ町に生まれてしまった。

しかし、マドリーという常勝クラブがカシージャスを選択した理由があるのだとすれば---。

昨シーズン、ディエゴ・ロペスがプレーしたリーガエスパニョーラはタイトルを逃し、カシージャスがプレーしたチャンピオンズリーグとスペイン国王杯は優勝している。それは単なる巡り合わせかもしれない。本人の実力とは関係ないとも言える。それだけに理不尽だろう。しかし、それさえも背負うのがゴールキーパーというポジションなのかもしれない。

スポーツライター・小説家

1972年、横浜生まれ。大学卒業後にスペインのバルセロナに渡り、スポーツライターに。語学力を駆使して五輪、W杯を現地取材後、06年に帰国。競技者と心を通わすインタビューに定評がある。著書は20冊以上で『導かれし者』(角川文庫)『アンチ・ドロップアウト』(集英社)。『ラストシュート 絆を忘れない』(角川文庫)で小説家デビューし、2020年12月には『氷上のフェニックス』(角川文庫)を刊行。他にTBS『情熱大陸』テレビ東京『フットブレイン』TOKYO FM『Athelete Beat』『クロノス』NHK『スポーツ大陸』『サンデースポーツ』で特集企画、出演。「JFA100周年感謝表彰」を受賞。

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