Yahoo!ニュース

明るいのに暗い。タランティーノの最新作に漂う不思議な空気の正体とは?

清藤秀人映画ライター/コメンテーター
デニムにレイバンのブラッド・ピット@「ワンス・アポン~」

 クエンティン・タランティーノ監督の最新作「ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド」は、そのタイトル通り、昔々ハリウッドでのこと。。。という"昔話"の乗りで全編2時間41分が展開する。これまで、過激な暴力シーンや人種差別問題を扱ってきた彼にしては珍しい内容だが、舞台となる1969年のハリウッドに対する監督の愛が隅々にまで溢れて、リアルタイマーは勿論、あの時代を知らない世代にもアピールするレトロなファッションとカルチャーが満載だ。言わば、タランティーノの映画オタク、ハリウッド通、物品通ぶりが炸裂する最新作に登場する人と物、そして、その背景を紹介しよう。

架空の人物と実在の人物が混在するタランティーノ流の'60s

 TVに押されて過渡期を迎える1969年のハリウッドでは、レオナルド・ディカプリオ演じる落ち目の西部劇スター、リック・ダルトンが、人気挽回を狙ってイタリアに渡り、マカロニ・ウエスタンに出演して再起の機会を狙っている。(注: 一見クリント・イーストウッドにも近いこの人物の大まかなモデルは、本作にキャスティングされるも、撮影前に亡くなったバート・レイノルズだと言われている) 一方、ブラッド・ピットが扮するクリフ・ブースは、リックの親友であり、同時にスタントマンでもある。(注: クリフのモデルはレイノルズのスタントマンで監督でもあったハル・ニーダムらしい。2人のコンビ作としては「トランザム7000」や「グレートスタントマン」等が挙げられる)

 劇中、度々話題に上がるのが皮肉にも当時人気のTVシリーズたちだ。クリフは「グリーン・ホーネット」(注:表向きは新聞社の若社長で、実態は悪を挫く謎のヒーローが、助手と共に犯罪と戦うアクションドラマ)で助手のカトーを演じて人気沸騰中のブルース・リーとスタジオで遭遇する。他にも、「FBI アメリカ連邦警察」(注: 当時のFBI長官、ジョン・エドガー・フーバーの全面協力の下制作された犯罪捜査劇)、「0011 ナポレオン・ソロ」(注: 国際諜報機関アンクルの敏腕エージェントたちの活躍を描く)等の犯罪&スパイものから、「ボナンザ~カートライト兄弟」(注: カートライト一家が西部の無法者たちと対決する)や「バークレー牧場」(注: 所有する牧場に降りかかる災難に立ち向かう家族の物語)等の西部劇まで、台詞の中に、または実際の映像で人気作品が次々と登場。TV隆盛期の空気がリアルに蘇って来る。

画像

 さて、リックが暮らすウエストハイウッドの自宅の隣には、映画「吸血鬼」(注: 吸血鬼と吸血鬼ハンターの攻防をコミカルに描いたジャンルを代表する作品)で出会い、結婚したばかりの女優、シャロン・テート(マーゴット・ロビー)と監督のロマン・ポランスキーが愛の巣を構えている。(注: テートは幸せの真っ直中にいた1969年8月9日、狂信的カルト指導者、チャールズ・マンソンの信奉者たちによって惨殺される) テートが流行のファッションに身を包み繰り出すパーティ会場は、男性誌"プレイボーイ"(注: アメリカを代表する伝説のスキン・マガジン)を発刊して勢いに乗るヒュー・ヘフナーが所有する"プレイボーイ・マンション"。ゲストの中には、スティーヴ・マックイーンやミシェル・フィリップス(注: コーラスグループ、ママス&パパスの世界的ヒット曲"夢のカリフォルニア"の作者で後にデニス・ホッパーと結婚)等、'60年代を牽引したトップセレブたちがいる。

 映画は、架空の人物であるリックとクリフの周辺に、実在の人物を多数配置しながら、タランティーノが愛して止まない、また、こうあって欲しいと願う1960年代後半のハリウッドへと、観客を心地よく誘っていく。車、インテリア、整髪料まで当時の逸品を映画のために揃えさせたタランティーノは、さらに、「オーシャンズ11」にも登場するL.A.を代表する老舗レストラン"Musso & Frank Grill"や、メキシカン・レストランの"El Coyote"や"Casa Vega"等、当時も今も実在する名店を舞台に選んで、食の方面からも時代を克明に再現する。

衣装デザインの達人が揃えた怒濤のレトロファッションにため息が出る

画像

 中でも、最もホットなのがファッションだ。マドンナのツアー用の衣装や、映画「ノクターナル・アニマルズ」、また、ブロードウェーの「ヘドウィグ・アンド・アングリーインチ」等で知られる衣装デザイナーのアリアンヌ・フィリップスは、タランティーノから受け取った1960年代の映画とTVのリストを参考に、数々のカスタムメイドを制作。ディカプリオが着るサファリ風のレザージャケット、ピットが着こなす日本風のプリントが施されたアロハシャツはその代表作だし、ピットのデニムジャケット、また、双方が愛用するレイバンのアビエイターグラスは、今につながる1960年代のヒット商品である。一方、マーゴット・ロビーのミニスカートとブーツの組み合わせは、当時、一世を風靡したマリー・クワントやクレージュのヒットアイテムを克明に再現したもの。ロビーが身に着けるジュエリー類は、シャロン・テートの妹、デブラ・テイトから直接提供された物だとか。映画に登場する数々の'60sアイテムの中でも、服が醸し出すレトロな魅力は格別。今すぐにでも取り寄せて手を通してみたい衝動に駆られる。

明るいのに、どこか暗い

 激動の時代をノーテンキに生きるリックとクリフの回りでは、大胆なデニムのホットパンツを穿いたヒッピー風の女の子たちが、憑かれたような表情で町を歩いていたりする。劇中、バックに流れる"夢のカリフォルニア"は、一見明るいサウンドだが、歌い始めから最後まで、独特の暗さが支配する不思議な名曲だ。明るいのに、どこか暗い。タランティーノは溢れ出るハリウッドへの愛と一緒に、そんな時代の殺伐とした空気感を見事に映像で掬い取っている。これは、彼のベストワークと呼んで憚らない1作である。

画像

ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド

8月30日(金)より、全国ロードショー

 

映画ライター/コメンテーター

アパレル業界から映画ライターに転身。1987年、オードリー・ヘプバーンにインタビューする機会に恵まれる。著書に「オードリーに学ぶおしゃれ練習帳」(近代映画社・刊)ほか。また、監修として「オードリー・ヘプバーンという生き方」「オードリー・ヘプバーン永遠の言葉120」(共に宝島社・刊)。映画.com、文春オンライン、CINEMORE、MOVIE WALKER PRESS、劇場用パンフレット等にレビューを執筆、Safari オンラインにファッション・コラムを執筆。

清藤秀人の最近の記事