アート引越センターで「強制わいせつ致傷」 被害者「救済」の制度や裁判例は?
「大人のいじめ」から見落とされがちな「労働問題」の視点
卑劣な「大人のいじめ」が話題になっている。
今月、アート引越センターに勤務する正社員3名とアルバイト男性が、同僚の男性のパンツを無理やり破り、腹部に全治3週間の負傷をさせたとして、強制わいせつ致傷の疑いで警視庁に逮捕された。犯行の現場は「たまり場」となっていた加害男性の自宅マンションである。被害男性は適応障害と診断されて休職し、すでに同社を退職したという。
同社からは「捜査に協力し、事実関係を確認して厳正に対処する。社員教育を行って再発防止に努める」というコメントが報道されている。
さて、本件をめぐる議論を見渡してみると、「いじめ」などではなく、傷害や暴行などの刑法上の用語で表現すべきという声が見られる。刑事罰の効果に重きを置いた視点と言えるだろう。また、続報が報じる事件の原因は、中心的な加害者のパーソナリティに焦点が当たっているようだ。
こうした中で、筆者は一般論として、今回の「職場でのいじめ」について「労働問題」として捉えることの重要性を訴えたい。理由は二つある。
一つは、被害者の権利回復のためだ。加害者が刑法違反で有罪判決を受けたとしても、被害者に対する補償は別問題だ。民事訴訟をしても、加害者個人に請求できる損害賠償の「相場」は、残念ながら十分に高いものではない。加えて賠償額を本当に回収できるのかという懸念もある。
これに対し、もし被害が業務上の災害であると認定されるならば、加害者の賠償以外に、国の労災保険制度によって治療費や休業補償などが支給される。また、会社の責任が認められるなら、会社に損害賠償を払わせることもできる。「労働問題」であればこそ、被害者の受けられる補償はより確かなものとなるのだ。
いじめを労働問題として考えるべきもう一つの理由は、同様の被害の再発防止である。もちろん暴力やハラスメントについて、加害者個人のパーソナリティや人権意識の低さの影響は否定できないだろう。しかし、職場の暴行の背景には、労働問題が影響していることが多いと考えられる。
本記事では、今回の事件をもとに、この二つの論点を通じて、労働問題という視角から同僚による暴力やハラスメントについて考えてみたい。
同僚による暴行が労働災害になる「基準」とは
まず、職場の暴力やハラスメントが、どのような場合に労災として認定されるのかをみていこう。
最近では、ファミレス大手のすかいらーくグループで起きた店長による部下への傷害事件での負傷が、三田労基署により労働災害として認定されている。同事件では現在、精神疾患についても労災保険を申請中であるという。
参考:ジョナサンの傷害事件で「労災」認定 店長の暴力で肋骨骨折も「休むな」
では、今回のアート引越センターの件ではどうだろうか? 本記事執筆中の報道をみる限り、労災決定における重要な判断基準である「業務に起因する」被害であると言い切れるかは、「グレー」な印象を受ける人も多いのではないだろうか。
ここで参考になるのが、厚労省が2009年7月23日に出した通達「他人の故意に基づく暴行による負傷の取扱いについて」(基発0723第12号)である。
「業務に従事している場合又は通勤途上である場合において被った負傷であって、他人の故意に基づく暴行によるものについては、当該故意が私的怨恨に基づくもの、自招行為によるものその他明らかに業務に起因しないものを除き、業務に起因する又は通勤によるものと推定することとする」
ここからさらに踏み込んだ判断根拠として代表的なものが、同僚による暴行の労災認定をめぐって2012年に大阪高裁が出した判決だ。
より具体的にイメージするために、この判決で労災認定が争われた被害の概要をみてみよう。競馬場で馬券を購入する客にマークシートの記入方法などを案内する担当係員の女性が、同僚の警備員男性によるストーカー行為について上司に苦情を申し出たところ、男性から逆恨みされて勤務中に殺害されたという事件だ。
裁判所は、非常に男性労働者の多い職場において、「マスコットガール的存在」と扱われてしまう女性係員の業務に言及し、「男性警備員が良識を失い、ストーカー的行動を引き起こすことも、全く予想できないわけではない」「それぞれの採用条件や配置状況等に照らすと、単なる同僚労働者間の恋愛のもつれとは質的に異なっており」「職務に内在する危険性に基づくものであると評価するのが相当である」と判断し、この殺害が労災にあたると認めている。
同僚間の暴力やハラスメントについて、労災として認められる範囲の広さが窺えよう。
アート引越しセンターの事件の詳細はこれから判明していくだろうが、単純に就業時間外の行為だから、事件現場が加害者の自宅だから、ということだけでは労災を否定しきれないだろう。
一部メディアでは、同社では不規則な勤務のため、従業員の家に集団で宿泊しての出退勤がよくあること、中心的な加害男性が以前も同社で暴行をしていたことなども報道されている。どこまでが業務に起因する行為として認められるかは、このような事情も考慮されるものと思われる。
そのため、職場でいじめにあった場合、労災申請を最初からあきらめるべきではない。また、労災が認定されれば、後述するような経営者への損害賠償も請求しやすくなることも指摘しておきたい。
過酷な労働環境が「大人のいじめ」を生み出す
次に、職場のいじめの背景としての労働環境の影響について考えていきたい。
厚労省が2020年に行った調査では、現在の職場でパワハラが起きている労働者のうち「残業が多い/休暇を取りづらい」と回答したのは30.7%で、過去3年間にパワハラを経験しなかった労働者の回答(13.4%)の2倍以上に及んでいる。長時間労働の職場において、よりパワハラが起きやすいといえる。
こうしたデータや豊富な相談事例をもとに、坂倉昇平著『大人のいじめ』(講談社現代新書)では、劣悪な労働環境の影響でハラスメントが発生し、かつ温存されやすいと分析しており、ハラスメントによって過酷な職場環境に労働者が「適応」するようになっていくという効果を指摘している。
同書によれば、仕事のストレスを加害者が同僚に対して発散する場合、労働条件に対する不満を逸らすことにつながる。また壮絶ないじめは、どのような理不尽な指示に対しても従うように労働者の意識を変えてしまい、長時間労働を促進してしまう。いじめと過酷な労働環境は「相性が良い」というわけだ。坂倉氏はこれらを「経営服従型いじめ」と呼んでいる。
逆に、劣悪な労働環境にメスを入れずにいくら「教育」だけ繰り返しても、いじめは減っていかない。できるだけ人件費を安くし、できるだけ労働者を長く働かせるという労務管理そのものの改善を、経営者に求めていくことが重要になってくる。
また、職場のいじめについて、会社が労働環境に負うべき「安全配慮義務」に違反しているとして、会社に損害賠償を請求できる可能性もある。こうした責任追及は、前述のような被害者救済という観点はもちろんのこと、賠償を繰り返したくない経営者が労働環境を改善し、いじめ対策を推進するための強い「動機」につながっていく。
このように、職場環境の改善や経営者の責任を追及することが、いじめの再発防止に大きく影響することになるというわけだ。
以上のように、「職場のいじめ」・「大人のいじめ」を「労働問題」という観点から考えるべき2つの理由から述べてきた。第一に、被害者が十分な金銭的補償を得られるために、労災保険の申請を考えることが非常に重要だ。第二に、いじめの根本的な再発防止のためにも、労働環境を改善させることは決定的な効果がある。
ぜひ、職場の暴力やハラスメント被害に苦しんでいる方がいたら、労働問題の専門家に相談してみてほしい。
なお、11月は国の「過労死等防止啓発月間」に当たる。これに合わせ、本記事で紹介した『大人のいじめ』著者の坂倉昇平氏が講師となって、ハラスメント被害者や家族・友人のためのオンラインセミナーが無料で開催される。興味のある方は参加してみてはいかがだろうか。
「職場のパワハラ・いじめへの対処法 ~家族・友人が被害にあったときにできること~」
日時:11月20日(日)14時〜
講師:坂倉昇平(『大人のいじめ』著者)
参加費:無料
NPO法人POSSE
03-6699-9359(平日17時~21時 日祝13時~17時 水曜・土曜日定休)
soudan@npoposse.jp
公式LINE ID:@613gckxw
*筆者が代表を務めるNPO法人。訓練を受けたスタッフが労働法・労働契約法など各種の法律や、労働組合・行政等の専門機関の「使い方」をサポートします。
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*個別の労働事件に対応している労働組合。労働組合法上の権利を用いることで紛争解決に当たっています。
*個別の労働事件に対応している労働組合。労働組合法上の権利を用いることで紛争解決に当たっています。「ブラック企業」などからの転職支援事業も行っています
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