「AIが発明者」裁判所が初めて認めた衝撃度
AIを発明者として認める――裁判所が世界で初めて、そんな判断を下した。
AIが独自の発明をした時、発明者と呼ばれるのは、人間なのかAIなのか。この問題をめぐって、各国の特許当局、裁判所を舞台に議論が続いてきた。
その議論に対して、オーストラリアの連邦地裁が7月30日、「AIを発明者として認める」との初めての司法判断を下した。
この問題では、すでに欧州や米国の特許当局や裁判所が相次いで「発明者は人間に限る」との判断を示している。
同様の申請は、日本を含む各国で出されている。
オーストラリアに先立って、南アフリカでは6月、特許当局により司法判断を経ずにAIを「発明者」とした特許が認められている。
オーストラリアの判断は、上訴の可能性もあるとされ、議論はなお続くと見られる。
ただ、「AIが発明者」を認めるという司法判断は、かなりのインパクトがありそうだ。
●「AIも発明者になる」
オーストラリア・メルボルン連邦地裁のジョナサン・ビーチ裁判官は、7月30日の決定の中でそう指摘している。
特許の出願には、発明の内容などとともに、その発明をした「発明者」の名前を明記することが必要だ。
通常は、発明をした人の氏名を記入する。その欄にAIの名前を書き込んだことが、この論争の発端になっている。
特許出願をしたのは米ミズーリ州のAI企業「イマジネーション・エンジン」の創業者でCEO、スティーブン・テイラー氏だ。
出願の対象は2件の発明。1つはフラクタルと呼ばれる幾何学的な形状の食品容器で、保温効果、複数をつなげて使う、握りやすい、などの特徴があるという。もう1つは、神経の反応を模した人の目を引きやすい点滅を行うライトだ。
出願の中でこの2つ発明の発明者とされたのが、テイラー氏が開発したAIの「ダバス(DABUS<統合知覚自律起動装置>」だった。
テイラー氏はこのAIの名称を“デイブス”と発音しており、SF映画「2001年宇宙の旅」でAIの反乱に立ち向かう登場人物「デイブ」を思わせる。
テイラー氏は、これらの発明についての知識はなく、発明したのは「ダバス」だ、と主張している。
オーストラリア特許庁に特許申請をしたのは2019年。そして特許庁は、2021年2月に特許を認めない判断をしている。その理由は、同国の特許法が発明者として想定しているのは「人」であり、AIは発明者に該当しない、というものだった。
連邦地裁のビーチ氏は、今回の判断の理由として、オーストラリアの特許法では発明者を具体的に定義してはおらず、人間以外が発明者であることを否定もしていない、と指摘。そして、AIを発明者とすることで、特許性のある発明を保護することができる、と述べる。
AIによる発明の例として、医薬品の開発を挙げている。AIへの依存度が高く、経済規模も大きいこのような分野で、その実態を反映した対応をしなければ、特許が認められないなどのリスクへの懸念から、イノベーションが阻害される恐れがある、と指摘する。
ビーチ氏は、自律的なAIはこのケースに当てはまるだろう、という。そして、このようなケースでAIを発明者と認めなければ、特許の取得が不可能になってしまう、と指摘する。
そしてビーチ氏は、特許庁の判断を破棄し、差し戻し再審査を命じている。
訴訟の原告側代理人を務めたリチャード・ハマー氏らは、その報告の中で上訴の可能性はある、と述べている。
●特許出願、各国で展開
AI「ダバス」の開発者であるテイラー氏は、この特許出願を、世界的な規模のプロジェクト「人工発明者プロジェクト」として展開している。
出願国はオーストラリアに加え、欧州と、米国、英国、ドイツ、ブラジル、カナダ、中国、インド、イスラエル、日本、ニュージーランド、韓国、サウジアラビア、南アフリカ、スイス、台湾の17カ国・地域だ。
このうち南アフリカの企業・知的所有権登録局(CIPC)は6月に特許を認め、7月28日付の公報に掲載している。
テイラー氏のプロジェクトを主導するライアン・アボット教授が所属する英サリー大学のリリースによると、今のところ、AIを発明者として特許が認められているのは、この南アフリカのケースが世界初だという。
このケースで、特許を保有する特許権者は誰になるのか? 特許権者は、出願人であり、「ダバス」の開発者、所有者であるテイラー氏ということになる。
AI「ダバス」が発明者だとすれば、特許を受ける権利はAIが持つことになるが、テイラー氏はその権利を譲渡されたとして、出願人になっている。
会社員が職務を通じて発明をした場合に、特許を受ける権利を会社に譲渡し、会社が出願人になることがあり、その仕組みに似ている。この会社員の立場を、AIに置き換えた考え方のようだ。
発明者をテイラー氏ではなく、なぜわざわざAI「ダバス」にしようとするのか。
オーストラリア連邦地裁のビーチ氏が認定したように、テイラー氏らが主張するのは、人が関与しない自律的なAI主導の発明で、AIが発明者としては認められない場合、特許性のある発明が「発明者不在」として拒否されるリスクがある、という点だ。
これについて、ウォールストリート・ジャーナルの2019年11月の記事の中で、スイスの製薬大手ノバルティスの副社長で知的財産権担当のコーリー・サルスバーグ氏は、「通常であれば人間が行ったであろう仕事をAIが行ったとの理由で、あなたに特許は与えられないと(当局が)いうことになれば問題だ。誰も特許を得られない結果になることを、われわれは最も懸念している」と述べている。
●欧米では相次ぎ否定
オーストラリアと南アフリカのケースを除くと、テイラー氏らの特許出願は相次いで否定されている。
米国では2019年に特許商標庁に出願。AIを発明者とした出願内容は、最終的に却下され、テイラー氏らは2020年8月、バージニア東部地区連邦地裁アレキサンドリア支部に提訴している。
また、英国では2018年に知的財産庁に特許出願し、2019年に発明者を「ダバス」としている。知的財産庁は2019年12月に出願を却下。英国高等法院(特許裁判所)に提訴した。
高等法院は2020年9月、「ダバス」は人ではないため、発明者とはならない、と判断している。
さらに欧州特許庁も2019年12月、発明者が人でなければ欧州特許条約(EPC)の規定を満たしていないとして出願を拒否している。
欧米の判断で共有するのは、発明者の要件として「人(自然人)」であることが求められている点だ。
南アフリカの場合は、紛争になっておらず、発明者をめぐる判断内容はわからない。南アフリカの特許法には、発明者の定義は書かれていないようだ。
オーストラリアの場合、ビーチ氏が示す通り、特許法に発明者の定義はない。
日本の特許法でも、発明者について明文の定義はなされていないようだ
ただ、日本の特許庁はオーストラリア連邦地裁の判断が出た7月30日、「発明者の表示について」という通知を公表し、下記のように述べている。
●AI発明者の不都合
発明者がAIであると不都合なことはおきるのか。
今回のオーストラリア連邦地裁の判断について、同国の弁理士、マーク・サマーフィールド氏は英ガーディアンのインタビューにこう述べている。
国連の世界知的所有権機関(WIPO)は2019年、AIと知的所有権に関するパブリックコメントを募集。この中で、自律的AIによる発明に対し、AIを発明者として認めるべきかどうかについても、問いかけている。
264件のパブリックコメントが寄せられているが、「AI発明者」については、疑問の声が目につく。
「AIによる発明と、AI支援による発明をどう判別するのか」(ドイツ政府)といった懸念や、「(AI発明による)特許権侵害があった場合の責任が不透明」(英国政府、ハーバード大学サイバー法クリニック)などの指摘がある。
また、グーグル、フェイスブック、アマゾン、インテルなどの大手IT企業が加盟する業界団体「コンピュータ・通信産業協会(CCIA)」は、AIが自律的につくり出した成果は、それ自体に特許性はないとして、「AI発明者」容認には反対の立場を示している。
なお議論は続きそうだ。
(※2021年8月2日付「新聞紙学的」より加筆・修正のうえ転載)
※【更新】8月2日12:00 日本の特許庁の通知について追記しました。