【第3回】「HRテクノロジーで人事が変わる!」経済産業省伊藤禎則×弁護士倉重公太朗3
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倉重:働き方改革をやっていくなかでテクノロジーの投資が不可欠だというふうに、今、3年前から思っていたという話が出ましたけれども、これを一般の読者の方向けにもう少し説明をいただきたいんですが。
伊藤:働き方が多様化をする、パーソナイズされる、個人最適化されると、こういうことになってくるわけですけども、そのときにITの力、AIの力、データの力というのは不可欠で、今、日本ではそういうサービスを提供する、ベンチャー企業をはじめとする事業者がたくさん出てきています。ただ、残念ながら企業において人事に関する課題というのはたくさんある。採用から評価、そして労務や人材育成に至るまで、それらをすべて「ワン・サイズ・フィッツ・オール」で解決してくれるようなソリューションはないんですね。
倉重:ないですね。
伊藤:だけれども、それぞれのテーマごとにAIやデータを使って「こんなふうに変えられる」、「こんなふうに日本の人事は変えられる」というサービスやプロダクトを提供している事業者が出てきていて、私は、それらを活用することで日本の人事の現場は変わると。
倉重:例えば幾つか具体例を挙げて頂けませんか。
伊藤:実は、大きなきっかけとなったのが2年前、経産省の主催でHRテクノロジーのソリューション・コンテストをやりました。103社から応募があって、もう極めてレベルの高いソリューションのアイディアばかりでしたけれども、そこで実はグランプリを受賞されたのが前回対談されていたのJINS井上さんの「MEME」でしたね。そういったウェアラブルを活用して個人の集中度を測るようなものであったり、あるいは人材育成でeラーニングを活用することであったり、あるいはいろんなマッチングの仕組みをビッグデータを活用して円滑化することであったり、いろんなテーマがありますけれども、大事なのは、その使う側のユーザー企業において、何の人事上の課題、何の経営課題を解決したいかということを明確にするということなんですね。「イシュー・ドリブン」という言葉がありますけれども、「何がイシューなのか」ということがまずあって、そうすると、そのために必要なソリューションをということになるわけですね。
倉重:採用なのか、評価なのか、配置なのかと。「AIが何かしてくれるらしいぞ」というレベルだとちょっと導入には早いですね。
伊藤:はい。実は、そのイシューを明確化するということ自体が実は日本の人事にとってすごく意味があることで、よく「勘と経験と度胸」、「KKD」と。あるいは「KKE」、「勘と経験とExcel」みたいなやつで言われがちなわけですけど、人事ってそういう意味では日本の企業領域の中では結構古い領域であるのは事実で、やっぱり昔ながらの暗黙知みたいな世界でいろんなことが処理されてきたわけですよね。
倉重:そうですね。経験が代々引き継がれて「秘伝のタレ」状態みたいな。
伊藤:人事部出身者というか、人事にずっと長くいる方が人事のいろんな機能をつかさどるということが割と慣行となっていて、でも、これから働き方が多様化してくるとやっぱり人事部の時代だと思います。だけど、その人事部は必ずしも旧来の人事部出身の人だけではないかもしれないということですね。
倉重:何が一番変わると思いますか。
伊藤:一番変わるのは、マネジメントのやり方として、先ほどの、パーソナイズされた人材運用ということですね。それは、AI・データ、テクノロジーをどう活用していくかということなので、どの仕事をAIにやらせて、どの仕事をプロパーの社員がやり、そして、どの仕事をそれ以外のフリーランスをはじめとするアウトソーシングにしていくか、という業務の振り分けですよね。そこの機能が人事やマネジメントに求められてくるので、単なる労務管理ということとはだいぶ変わってきていて、ある意味では経営にかなり近づいていく世界だと思います。
倉重:それは社員の戦力、パフォーマンスを最大化するという観点で、今までは4月1日一斉異動とか、パズルをはめ込むように異動とかやっていましたけど、そういうことじゃなくて、その方のパフォーマンス、経歴、それから興味・関心、学習内容、そういったところから一個一個最適配置をしていく、こんな人事になっていく可能性があるということですね。
伊藤:はい。一方で、じゃ、みんなデータアナリストにならなきゃいけないとか、データサイエンティストにならなきゃいけないか。もちろんそういう素養も、これからの人事部には相当程度不可欠になってくると思います。
でも、別にテクノロジーを身に付けることだけが、じゃ、人事に必要な素養かというと、それだけではなくて、やや逆説的に言うと、まさに倉重先生があの本の中で触れられていたように、AIやデータによって、人事評価や、特にその不利益処分といったことが起きてくる。それは、じゃ、一体誰が決めたことなのかと。それはデータなのか、アルゴリズムなのかと、こういう話になってくるわけですね。
私自身、今、経産省内のAI政策の責任者として、実はその問題って、AI全般についても、ある意味では本質で、今、世界的にもAIがあらゆる国民生活、あらゆる企業活動に入り込んできているわけですよね。中国では「天網(スカイネットプロジェクト)」と言われ、全土にカメラが張り巡らされて、これは別に国としてまさに必要だということでやっていらっしゃるわけで、そのことの是非をここでは論じませんし、また有名なのは「芝麻信用(Zhima Credit)」といって個人のスコアリングですよね。あらゆる購買履歴とか、寄付をしたことがあるのかないのかとか、信用度についてのスコアリングが今はされていると。そういったことがどんどん起きてくるわけですね。
そういうなかで、じゃあ、そのスコアリング、あるいはその人に対していろんな形で結果としてAIやデータがいろいろな影響を及ぼすことになるわけですけれども、それはブラックボックスになっていませんかということなんですよね。現実には、今、「ディープラーニング」という手法がAIの世界では使われるようになっていて、画期的な訳ですが、これまで以上に実はブラックボックスになっているんですね。
倉重:なぜこう評価されているのか分からんということですよね。
伊藤:分からないんです。そのアルゴリズムについては実は分からないと。囲碁でも将棋でも明らかにそのAIは人間を上回る能力を勝ち得ていますけれども、「なぜその手を指したのか」ということは実は説明できないわけです。
倉重:そのようですね。
伊藤:実は、それは世界的に議論の的になっていて、1つのやり方は、もう規制でそれは縛ると。例えばヨーロッパは「GDPR」という形で個人情報の扱いについての非常に厳しい規制を課したということになっています。もう一つの流れは、むしろテクノロジーの中でAIそのものの正当性、「エクスプレイナブルAI」という「説明可能なAI」という概念が注目をされていて。
倉重:この間、日経に確かそんな記事が出ていましたね。
伊藤:そうですね。私自身は、その概念にすごく関心を持っていて、実は、それは、倉重先生が人事について論ぜられたこととたぶん通ずるものがあって、やっぱりAIやアルゴリズムの正当性や説明可能性を単に規制や制度で事後的に縛るというだけではなくて、テクノロジーによって、テクノロジーに内在するものとしてより説明可能性を高めていく努力をできないかということなんですよね。
倉重:むしろ、これまで何となくやっていた部分が、より説明しやすくなる可能性すらあるわけですからね。
伊藤:だと思います。今まで、逆に言うとAIやデータによって、不利益処分をされて「もうけしからん」、あるいは採用に当たって、そもそもエントリーシートすら見てもらえず、非常に何となく納得いかなかったわけです。
倉重:学歴だけで落とされたかもしれないですしね。
伊藤:でも、じゃあ、人間の人事部の社員がそれを見てそういう結果を出したとして、それについて本当に説明責任が果たされていましたかと。
倉重:そうですね。
伊藤:それはエクスプレイナブルでしたかと。
倉重:鉛筆なめなめじゃないのかと(笑)。
伊藤:会社の配属や昇進に当たっても、本当の意味でそこは納得感があるアカンウタビリティーが満たされていたかと。それは必ずしもそうでもないわけです。
倉重:問題になってから後付けで考えてみたいな例も、なきにしもあらずですよね。
伊藤:あるかもしれないですね。そうすると、実は「AIの説明可能性」を高めることによって、むしろみんながもっとハッピーになれるんですね。
働き方改革でも、内閣官房に各省からチームアップをして、私も働き方改革のチームの一員として参加していましたけども、今、実は、AIについても、各省からチームアップをして「日本のAI戦略」をつくるということを始めました。来年の春を目指して「日本のAIとはこういうものだ」ということをまとめようとしているんです。
倉重:それは、あらゆる分野においてということですね。
伊藤:あらゆる分野です。大きな分野としては例えば人材育成。AIを担う人材っていうのは実は本当は日本人全員ということなのかもしれないんですけれども、人材育成や教育であったり、あるいは研究開発であったり、より本質的なのは、このAIを使って世の中の課題をどう解決できるか。「社会実装」と呼んでいますけれども、それは、したがって、医療・介護の分野からモビリティーと呼ばれるような自動車の自動運転の分野まで、あらゆる分野においてということです。
倉重:そしてその中で、働き方というのも当然、ワンカテゴリーになってくると。
伊藤:当然その中にも働き方というのも入ってくるんですよね。実は、そのAI戦略の中心的な概念が、日本の場合は人間中心であると。つまり、人間対AIが対立するということではなくて、むしろそれは、ある意味ではお互い「ヒューマンオーグメンテーション」という言葉がありますけれども、「増強」とか「拡張」という意味ですね、オーグメンテーションは。それがたぶん日本のAI戦略の中心的な概念になってくる。そのときにさっきの「エクスプレイナルブルAI」という概念も重要で、先ほどのHRテクノロジーの話に戻れば、やっぱりAIやテクノロジーは、むしろ説明責任、説明可能性を高める方向に使われなければいけない。そのためには実は人事部こそ、やや逆説的に言えば、あえて社員に寄り添わなければいけないと。
倉重:結果としては個別対応を突き詰めていくということですからね。
(第4回へつづく)
【対談協力】
伊藤 禎則 氏 経済産業省 商務情報政策局 総務課長
(略歴)
1994年 東京大学法学部卒業、入省。米国コロンビア大学ロースクール修士号、NY州弁護士資格取得。エネルギー政策、筑波大学客員教授、大臣秘書官等を経て、産業人材政策室参事官として、政府「働き方改革実行計画」策定に関わる。兼業・複業、フリーランス、テレワークなど「多様な働き方」の環境整備、リカレント教育、HRテクノロジー推進などを担当。2018年7月から現職。経産省のAI(人口知能)・IT政策を統括する。