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イスラエルのネタニヤフ首相、ウクライナに軍事支援「検討」ドローン迎撃システムのアイアンドーム提供示唆

佐藤仁学術研究員・著述家
フランスを訪問してマクロン大統領(右)と会うイスラエルのネタニヤフ首相(左)(写真:ロイター/アフロ)

「イスラエルはロシアとの軍事衝突は望んでいません」

2022年2月にロシア軍がウクライナに侵攻。ロシア軍によるウクライナへの攻撃やウクライナ軍によるロシア軍侵攻阻止のために、攻撃用の軍事ドローンが多く活用されている。また民生用ドローンも監視・偵察のために両軍によって多く使用されている。そして両軍によって上空のドローンは迎撃されて破壊されたり機能停止されたりしている。

2022年10月に入ってからロシア軍はミサイルとイラン政府が提供した標的に向かって突っ込んで行き爆発する、いわゆる神風ドローンの「シャハド136(Shahed136)」、「シャハド131(Shahed131)」で首都キーウを攻撃していた。12月になってもロシア軍によるイラン製軍事ドローンでの攻撃は止まっていない。連日キーウやオデーサなどの主要都市にミサイルとともに攻撃を仕掛けている。国際人道法(武力紛争法)の軍事目標主義(軍事目標のみを軍事行動の対象としなければならない)を無視して文民たる住民、軍事施設ではない民間の建物を攻撃している。一般市民の犠牲者も出ている。イラン政府によるロシア軍への軍事ドローンの提供が現在でも行われている。

2023年1月14日にイスラエルのウクライナ大使のイェヴガン・コルニチェク氏はイスラエルのメディア、エルサレム・ポスト紙の取材で「残念ながら包帯や常備薬などの人道的な支援だけでは、戦争を勝ち抜くことができません。私たちウクライナはアンチ・ミサイルシステムやアンチ・ドローンシステムのような防衛システムの支援が必要です。ウクライナとイスラエルは民主主義という同じ体制にあると信じています。世界中の主要な民主主義国の中でイスラエルだけが軍事支援してくれていません」と訴えていた。また同氏はウクライナのメディアUkraine Media Centerに出演して「イラン政府がロシア軍に対して軍事ドローンを大量に提供しています。イスラエルにとってイランは一番の敵国です。イランとロシアは軍事ドローン提供で友好関係にあります。ウクライナにとってロシアは敵です。イスラエルとウクライナには共通の敵がいます」と語っていた。そして「イスラエルはウクライナに対して近い将来技術支援をしてくれるでしょう」と示唆していた。

そんななか、2023年2月5日にフランスを訪問していたイスラエルのネタニヤフ首相はフランスのメディアLCIチャンネルのインタビューで、ウクライナに軍事支援を行うことを検討していると明らかにした。「検討している」ということなので決定してはいない。あくまでも「検討」である。イスラエルのウクライナ軍事支援の「検討」や「示唆」はこれまでにも何回かあった。

ネタニヤフ首相は「我々イスラエルはウクライナの軍事支援を国家の利益になるかどうかの観点から調査しています。前の政権ではウクライナ支援は拒否していましたが、他にも検討しなくてはならないことが多くあります。特に、イスラエルの空軍とロシアの空軍のオペレーションは非常に似ています。ロシア軍の戦闘機はシリアの上空を飛行していましたが、ロシアとイスラエルは衝突を回避することができました。イスラエルはロシアとの軍事衝突は望んでいません。イスラエルが関与しなくてはならない地域は他にもあります」と語っていた。

イスラエルの敵国であるイランで製造された軍事ドローンがロシア軍によってウクライナで使用されている。イラン製軍事ドローンはいずれイスラエルも標的にして攻撃をしてくる可能性が高い。2023年1月のイラン国内の都市イスファハンにあるイラン国防省の施設に対して3機のドローンが攻撃して爆発した。これに対してイランのイラバニ国連大使はグテレス国連事務総長らに宛てた書簡で、この攻撃はイスラエルに責任があると訴えていた。

今回のネタニヤフ首相のフランス訪問でもイランへの抑止力強化としてフランスとの中東における協力を推進していくことを発表していた。

イスラエルのネタニヤフ首相がウクライナへの軍事支援を検討していると語った。それを踏まえて欧米やイスラエル、中東のメディアは、イスラエルが所有している「アイアンドーム」「アイアンビーム」といった世界有数のドローン迎撃システムを提供するのではないかという記事がいくつかあった。

▼イランへの抑止力強化としてフランスとの中東における協力を推進していくことを発表するイスラエル政府

フランスを訪問してマクロン大統領と会うイスラエルのネタニヤフ首相
フランスを訪問してマクロン大統領と会うイスラエルのネタニヤフ首相写真:ロイター/アフロ

イスラエルの「アイアンドーム」が"もし"あれば

ウクライナ軍としてはイスラエルが保有している「アイアンドーム」「アイアンビーム」といったドローン迎撃システムが喉から手が出るほど欲しい。歴史に「if(もし)」はないが、もしイスラエルが所有しているアイアンドームやアイアンビームがあれば、もっと多くのイラン製軍事ドローンを迎撃して破壊することができているだろう。

▼イスラエルの「アイアンドーム」

▼イスラエルの「アイアンビーム」

ゼレンスキー大統領「悪に打ち勝って勝利と繁栄を目指しましょう」

2022年12月29日にはイスラエルでネタニヤフ元首相が1年半ぶりに首相に返り咲いた。極右内閣で占領地ヨルダン川西岸のユダヤ人入植地拡大を公約にするなど最もパレスチナに対して強硬な政権と言われている。イスラエルはウクライナ紛争では中立の立場を貫いている。ロシアにもウクライナにも加担していない。

そしてロシアのプーチン大統領、ウクライナのゼレンスキー大統領もイスラエルでネタニヤフ首相が返り咲いたことに祝電を送っていた。ゼレンスキー大統領はSNSでもネタニヤフ首相のアカウントにメンションをつけて「新政権、おめでとうございます!イスラエルにとって幸福で安全な社会になりますように。ウクライナはいつでもイスラエルともっと緊密に協力して、直面している共通の敵と戦う準備ができています。悪に打ち勝って勝利と繁栄を目指しましょう」と呼びかけていた。

さらに2023年1月1日にはゼレンスキー大統領は自身のSNSで「ネタニヤフ首相、就任おめでとうございます。我々は安全保障を含めた2国間での協力について議論しました。ウクライナの平和に向けた防衛に関する取り組みについても触れました」とコメントしていたが、具体的な詳細については言及していなかった。

▼ネタニヤフ首相の返り咲きに祝辞を送るゼレンスキー大統領(2022年12月30日)

▼ネタニヤフ首相との2国間協力を議論したことを報告するゼレンスキー大統領(2023年1月1日)

ユダヤ系のゼレンスキー大統領のホロコースト発言でイスラエル国内から反発

ウクライナのゼレンスキー大統領はロシアがウクライナに一方的に軍事侵攻した直後から、イスラエルに対してアンチ・ドローンシステムの提供を訴え続けている。イスラエルにはドローン迎撃のためのアイアンドームやアイアンビーム、さらには地対空ミサイルなどが既にあり、それらはハマスからの攻撃ドローンやミサイルを迎撃してイスラエルの国土防衛に大きく貢献していた。このようにイスラエルにはドローン迎撃システムですでに多くの実績がある。

ウクライナ軍はイスラエルに対して一方的に秋波を送っているが、イスラエルはロシア・ウクライナそれぞれとの関係を考慮してウクライナ紛争については中立であり、表面上は冷静である。ユダヤ系のゼレンスキー大統領がロシアの軍事侵攻直後の3月に、イスラエルの国会でのビデオ演説で「イスラエルのミサイル防衛システムは世界で一番強いことを誰もが知っています。イスラエルの皆さんは必ずウクライナの人々と、ウクライナに住んでいるユダヤ人の命を救うことができます」と軍事支援を呼びかけたが、イスラエル政府は中立な立場を維持している。

ゼレンスキー大統領はイスラエルの国会でのビデオ演説で、ロシア軍の侵攻をナチスドイツがユダヤ人を大量虐殺したホロコーストになぞらえて「ロシアは、ウクライナへの侵攻をナチスドイツがユダヤ人絶滅の際に使った『最終的解決(Final Solution)』という言葉で表現している」と訴えていた。だがこの演説でホロコーストについて触れたことがイスラエルのユダヤ人たちをウクライナ支援からますます遠ざけてしまった。

ゼレンスキー大統領自身がユダヤ人で、祖父がホロコースト生存者である。だが、このゼレンスキー大統領の演説で、ロシア軍のウクライナ侵攻をホロコーストになぞらえていることに対しては、多くのイスラエルの国会議員や市民が異を唱えていた。彼らにとっては、ホロコーストとはナチスドイツによって約600万人のユダヤ人が殺戮された事件のみであって、他の事件と比較すべきではないというのがイスラエルのユダヤ人としての主張である。ホロコーストは「the Holocaust」(theがついて大文字のHから始まる)と表記されて、ユダヤ人がナチスドイツによって虐殺されたホロコースト以外にはない「世界に唯一のもの」という意識が強いので、ロシア軍のウクライナ侵攻をホロコーストに例えることを許せなかったユダヤ人は多かった。だがイスラエルはウクライナに軍事支援しないからと言ってイスラエルがロシアを支援することもない。

ゼレンスキー大統領、イスラエル国会でビデオ演説
ゼレンスキー大統領、イスラエル国会でビデオ演説写真:ロイター/アフロ

▼ゼレンスキ―大統領がロシアの侵略をホロコーストと比較してイスラエルの議員らに協力を呼びかけたスピーチのニュース

ウクライナ人も加担して起きたホロコースト時代の多くの悲劇を忘れていないユダヤ人

イスラエルには戦後に主に欧州やソビエト連邦(ロシア)からのユダヤ人らがやってきた。ロシアから来たユダヤ人、ウクライナから来たユダヤ人がイスラエルには多くいる。ロシアからは冷戦後にも多くのユダヤ人が移民でやってきた。

彼らは自分たちや祖先が住んでいた国を支援しているわけではない。例えばポーランドやリトアニア、西欧諸国からイスラエルに来たユダヤ人の多くは今回の紛争ではウクライナに同情的である。ロシアから来たユダヤ人はロシア人から迫害、差別されていたし、ウクライナから来たユダヤ人はホロコーストの時代にはナチスドイツだけでなく多くのウクライナの地元住民もユダヤ人殺害に加担していたこともありロシアやウクライナに対する感情もそれぞれの出自や家族の経験によって複雑である。

ウクライナでは1918年~1919年の1年間に1200件ものポグロム(ユダヤ人集団殺害)が行われ、その3分の1以上がウクライナ国民軍によるものだった。そして第二次世界大戦時にはナチスドイツの親衛隊は誰がウクライナ人で、誰がユダヤ人かの区別がつかなかったので、地元のウクライナ人らにユダヤ人狩りをさせて連行させ、射殺させた。ウクライナでは根強い反ユダヤ主義が歴史的に続いていたため、多くのウクライナ人がナチスドイツに協力したし、ナチスドイツの命令を断ることができなかったウクライナ人も多かった。ナチスによって殺害されたユダヤ人の財産を強奪し、彼らの家を占領するウクライナ人が後を絶たなかった。そしてホロコースト時代最大の大量虐殺と言われているバビ・ヤールでは1941年9月に3万人以上のユダヤ人が射殺された。地元のウクライナ人がユダヤ人を処刑場所に連行し、逃げられないように見張っていた。このような組織的大量虐殺も地元のウクライナ人の協力があったからこそ遂行できた。ナチスドイツはウクライナで85万~90万人のユダヤ人を殺したと推定されている。そのためホロコースト時代にウクライナに住んでいたユダヤ人にとっては、ナチスドイツの手先となってユダヤ人殺害に加担していたウクライナ人は大嫌いで思い出したくもないという人も多い。

辛うじて生き延びることができて、ウクライナから命からがらイスラエルやアメリカなどに移住することができたユダヤ人も多い。移住してきた世代はもう高齢化が進んだり他界している。だが、生存者らの経験や証言はデジタル化されて今でも語り継がれている。特にバビ・ヤールでのナチスと地元ウクライナ人による残虐非道なユダヤ人大量殺害の蛮行は映画やドラマ、ドキュメンタリーも多く製作されて、当時の記憶が世界中に継承されている。

2022年9月、ホロコースト犠牲者を追悼するゼレンスキー大統領
2022年9月、ホロコースト犠牲者を追悼するゼレンスキー大統領提供:Ukrainian Presidential Press Service/ロイター/アフロ

▼バビ・ヤールでの蛮行を扱ったドキュメンタリー番組のワンシーン

ウクライナ軍「イランとロシアの2か国は"ならずもの国家"です」

2022年10月にウクライナのキーウ警察はキーウがイラン製の軍事ドローンで攻撃された時にライフル(小銃)で対抗して撃ち落とそうとしていた。イスラエルが保有しているアイアンドームやアイアンビームがあれば精確で効率的に攻撃ドローンは迎撃できる。上空から大量に軍事ドローンがいっせいに標的めがけて攻撃してきたら、地上のライフル(小銃)ではとうてい対抗できない。ドローンの方が圧倒的に優位である。

ウクライナ軍は2022年10月にも、公式SNSで「イランとロシアの2か国は"ならずもの国家"です。イランの軍事ドローンの次の標的になってしまうのはどこの国ですか?今こそ、イランの軍事ドローンの攻撃をやめさせる時です」と訴えていた。次の標的になる国は明らかにイスラエルであることを示唆している。

そして明らかにユダヤ人の出で立ちをした人の写真とともにウクライナ軍はどのようなテロリストにも負けないという意志とユダヤ人国家イスラエルとの友好関係を公式SNSでアピールしていた。

このようにウクライナ軍は首都キーウがロシア軍のイラン製攻撃ドローンによる大量攻撃を受けてからも公式SNSでイスラエルに軍事支援の協力を呼びかけていた。だが、イスラエルは中立を維持してウクライナだけへの肩入れはしてこなかった。

▼イスラエルへの軍事支援を示唆する呼びかけを行うウクライナ軍

▼ウクライナ軍がイスラエルに対して防空システムの提供を要求

▼「イランの軍事ドローンの次の標的はどこの国でしょうか?」と問いかけるウクライナ軍

イスラエルの安全保障を支える「二度とホロコーストの犠牲にならない」

イスラエルの国土防衛と安全保障の根底には「二度とホロコーストを繰り返させない。二度とユダヤ人が大量虐殺の標的にされない」という強い信念がある。イスラエルでは徴兵に行く若者たちがホロコースト博物館でホロコーストの学習をしたり生存者の体験を聞いたりして、ユダヤ人として国家防衛の重要性を学んでいる。

戦後にイスラエルを建国してから、二度とホロコーストの犠牲にならないという強い想いで陸海空サイバーの全ての領域における安全保障と国防、攻撃から防御まであらゆる防衛産業を強化してきた。そのような想いを根底にして開発してきたイスラエルが保有する世界有数の強力な防空システムを、かつてユダヤ人殺害にも加担してきたウクライナが求めている。

だがウクライナ軍がイスラエルに支援を要請することに対して「あの頃、宗教が違うというだけで隣人だったユダヤ人を長年にわたって散々差別、迫害して、さらに大量虐殺に加担してきたのに、今さら何を・・」、「ナチスドイツが侵略してきた時に"助けてほしい"と助けを求めてきた隣人のユダヤ人を無視して、ナチスのホロコーストに加担していたウクライナ人が、ロシア軍が侵略した時には自分たちを"助けてほしい"なんて都合が良すぎじゃないですか?」、「ホロコースト時代にあなた方ウクライナ人に残酷に殺された無実のユダヤ人たちの悲痛な叫び声が聞こえませんか?」、「今、ウクライナ兵がロシア兵に向けて撃っている銃はかつて隣に住んでいた罪のなかったユダヤ人に向けられていました」と露骨に嫌悪感を覚えるイスラエルに在住するウクライナやロシア出身のユダヤ人もいる。

ホロコースト時代のウクライナにおけるユダヤ人迫害と殺害に地元のウクライナ人やウクライナ警察が加担していたことをユダヤ人は今でも決して忘れていない。

▼アイアンドームでハマスからのドローンを迎撃(2021年5月)

アイアンドームでハマスからのドローンを迎撃(2021年5月)
アイアンドームでハマスからのドローンを迎撃(2021年5月)写真:ロイター/アフロ

学術研究員・著述家

グローバルガバナンスにおけるデジタルやメディアの果たす役割に関して研究。科学技術の発展とメディアの多様化によって世界は大きく進化してきました。それらが国際秩序をどう変化させたのか、また人間の行動と文化現象はどのように変容してきたのかを解明していきたいです。国際政治学(科学技術と戦争/平和・国家と人間の安全保障)歴史情報学(ホロコーストの記憶と表象のデジタル化)。修士(国際政治学)修士(社会デザイン学)。近著「情報通信アウトルック:ICTの浸透が変える未来」(NTT出版・共著)「情報通信アウトルック:ビッグデータが社会を変える」(同)「徹底研究!GAFA」(洋泉社・共著)など多数。

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