【宝塚市】記憶を閉じ込めた手づくり革小物―Before Dark
台所の神様に見守られたのどかな参道に、心なごむ工房があります。温もりに満ちたハンドメイドの革製品は、すべてひとりの革職人によってつくりだされたもの。日々の暮らしに寄り添う小物たちが見せる風景とは?
清荒神の駅から、商店街を抜けて鳥居をくぐり坂をのぼって約5分。昔ながらの風情を残す参道沿いに、ハンドメイド革製品の工房兼ショップ『Before Dark』さんがあります。
柔らかな日差しが残る午前中に訪れると、開放的な高い天井とオーガニックなディスプレイに迎えられ、足を踏み入れるだけで長居したくなる心地よさ。
店内ではカバンと財布をメインに、ブックカバーやキーケース、ティッシュカバーなど様々な革小物が展示されています。
手づくりにこだわる
すべて店主である笠井一輝(かさい かずき)さんのオリジナルデザインで、ベジタブルタンニンでなめされた上質のイタリアン・レザーを使い、製造工程のすべてを笠井さんひとりで行うこだわりのハンドメイド。
サンプルを見ながらのセミオーダーや、一部商品はその場での購入が可能です。
革の風合いの変化を楽しみつつ長く使って欲しいという思いから、縫い目を減らすなど修理のしやすさが配慮されたシンプルなデザインは、懐かしさが漂う落ち着いた味わいがあります。
とはいえ、スナップボタンのアクセントや、コンパクトな収納力など、すみずみまで目配りが行き届いたセンスと技術はさすがのプロの技。
自然の色に染められた革と、しなやかに切り出されたフォルムは手に取るだけでしっくりと馴染み、使うたびに癒されそうです。
自分だけの世界を表現したかった
笠井さんは、軽いフットワークと茶目っ気たっぷりの笑顔がとても親しみやすい方。愛犬のカフカくんの愛らしい人懐っこさとともに、工房内の柔らかな雰囲気を作りだしています。
「最初から、表現をしたいという気持ちだけがあった」という笠井さん。
スキルを身につけ、表現する何者かになりたいと願った青春時代に陶芸の世界へ。ところがまったくのめり込めなかったそう。わずか5ヵ月で身を引き「(やりたいこと)リストの2番目にあった」靴職人への道を模索しはじめました。
修業を積み、身につけたスキルで渾身の一足を作ったものの、今度は打ちのめされるほどの強烈な才能に出会い、靴を作り続けることができなくなったのだとか。それでも革に魅力を感じていた笠井さんは、かばんなどの小物をつくる革職人の道を選びました。
忘れられなかった風景
屋号である『Before Dark』は、独立する10年以上も前、カナダ・バンクーバーの坂の上からみた夕暮れの海にインスピレーションを得たもの。
日没前のほんのわずかな時間しかないマジックアワー。青から赤、オレンジ、そして紫と刻々と変わる空の色の美しさとともに、道行く人の誰もが足を止め、じっと日暮れを見つめる表情が忘れられなかったそう。あの瞬間を革製品で表現できたら、との思いが込められています。
笠井さんの手によって生み出された小物たちは、たとえば湖に囲まれた田舎のお城というイメージを背負い、あるいは「影」という名前を持っています。それは、製作する過程で記憶をたどり、革の手触りや匂いを確かめながら紡いだ笠井さん自身の物語と言えるかもしれません。もしかしたら笠井さんは、かつてその持ち主であった動物たちの息遣いを感じているのかも。
お話をうかがって、「人生経験」という言葉が何度か出たのが印象に残りました。きっと笠井さんは、海外生活や仕事で出会ったたくさんの人、モノ、コトの記憶の積み重ねで立ちあがる美しい風景を、革製品に閉じ込めているのです。人も革も年を経て魅力が増していく。未来への旅路に、革製品を相棒にしたくなりますね。
人との出会いを面白がり、また大切にする笠井さん。実は笠井さんを打ちのめした靴作家・森田圭一さんのサンダル展が、2024年5月26日(日)までBefore Darkさんで開催中。レザーがつないだ素敵な縁をのぞいてみてはいかがですか。