闇の伊周、光の惟規の退場で、まひろと道長を待ち受けるのは闇か光か「光る君へ」
白楽天(白居易)が繋ぐ栄枯盛衰 まひろと彰子が読む「百錬鏡」、伊周が回顧する雪(香炉峰の雪)
ふたりも! 主要な登場人物がふたりも亡くなってしまった。第39回「とだえぬ絆」(演出:佐々木善春)では呪詛の凄まじさで注目度があがった伊周(三浦翔平)が序盤に亡くなり、終盤、まひろ(吉高由里子)の弟・藤原惟規(高杉真宙)が唐突に病死した。
さらに、一条天皇(塩野瑛久)が具合が悪くなって不穏な様子。見目麗しいキャラたちが続けざまに亡くなったり具合が悪くなったりで、今後、華やか成分が少なくなってしまうのではと心配だが、敦康親王(片岡千之助)や道長の子・頼通(渡邊圭祐)や双寿丸(伊藤健太郎)という新たな見目麗しい登場人物が控えているので安心ではある。そうはいっても、やっぱり伊周と惟規の退場は惜しい。史実なんだから仕方ないとはいえだ。
とくに惟規の死はショックだった。あらかじめ歴史を調べていれば覚悟ができたことなのだが、物語のなかではそんな気配がつゆほどもなかったので、愕然とした。しかも、やっと出世して父・為時(岸谷五朗)にお供して越後に向かう途中、苦しみ出すとは。ほんとうに唐突で。呪詛されたのかと思ってもおかしくはない。史実ではどうやら虫垂炎だったらしいが、そんなのあまりにも悲しい。
彼の最後の活躍(?)は、賢子(南沙良)が道長の子であることを、為時にうっかり口をすべらせたことである。まあ重要な役割を担ったと言えるだろう。最後まで、あっけらかんとして、ドロドロしたものがまったくない稀有な存在だった。「きっとみんなうまくいくよ」と予言して死んでしまった惟規 。ほんとうに悲しい。糸(信川清順)の泣き声が迫真で、いっそう悲しみが募った。信川さんいい芝居でした。
あれほどお美しく尊かった方々がなにゆえ
ドロドロしたものにまみれていたのは、伊周である。呪詛しすぎて己に返ってきてしまったのであろうか。それほど第38回の呪詛は凄まじかった。
「俺は何をした。父も母も妹も……あっという間に死んだ。俺は奪われ尽くして死ぬのか……」
と病床で嘆く伊周。何をしたって呪詛したじゃんとSNSでは自業自得を指摘する声も。呪詛する前も妙に名誉欲と対抗意識を燃やしていたのが良くなかったのだろう。ただ、死に際は穏やかだった。定子(高畑充希)のことを思い出して、梅の花びらを雪と思いながらの、静かに美しい最期。第38回まで呪詛まみれ、憎悪まみれだったのが嘘のように最後は清らかだった。
「光る君へ」は死をたくさん描くけれど最期はいつも厳かに亡くなっていく。それが大石静さんの優しさではないだろうか。
しかし残された者はすっきりしない。清少納言(ファーストサマーウイカ)は「悔しくてなりませぬ」「あれほどお美しく尊かった方々がなにゆえこのような仕打ちを」と藤原家長男(道隆【井浦新】)の家系の不幸を嘆く。
道隆とその子たちはただただ美しく高貴な身分に甘んじていたことが悲劇を生み出した。たぶん彼らは何も悪くない。広い世界を知らなかっただけなのだ。その点、まひろ(吉高由里子)と道長(柄本佑)は期せずして広い世界を知る経験を味わった。もしかしたら道長はまひろに会わなかったら世界を知らないままだったかもしれないが。
世界を良くしたいと願うまひろと道長はどんどん出世し、ふたりの関係も夫婦でなくてもじつにいい感じである。彰子(見上愛)は男の子を立て続けにふたり生み道長の家は盤石そうだ。
まひろに習って彰子は、白楽天(白居易)の詩「百錬鏡」(新楽府に収録)を読む。「大宗は常に人を以て鏡と為し、古を鑑み、容を鑑みずと。古を鑑み、今を鑑み、容を鑑みずと。四海の安危 掌内に照らし。百王の理乱 心中に懸く 乃ち知る 天子 別に鏡有るを 是れ揚州の百錬の銅ならず」
王たるものは世の状況を常に把握しないといけない。そのための鏡がある、姿を映す銅の鏡ではなく、人や歴史という鏡に照らし合わせよ、というような意味。きれいな声で楽しそうにユニゾンしているが、内容は硬派である。
おりにつけ、貴族たちは白楽天を読んでいる。伊周が死に際に思い出した雪の日の楽しい出来事も、白楽天の「香炉峰の雪」にちなんだものだった。同じ作家の詩に親しみながらも、それを娯楽にだけ費やしてしまった者と教訓を心にしまう者の違い。それが道を分けたのか。
道長が恵まれ過ぎていないか
最近は、いいことしかないまひろと道長より、いいことなしの伊周やききょうのほうについ気持ちを寄せてしまう。幸・不幸をものすごくシンプルに分けて描いていて、わかりやすいのだが、いくらなんでも極端すぎやしないか。昨今のドラマではいいこともあれば悪いところもあるというグレーな表現が好まれる。にもかかわらず、「光る君へ」では、道長はひたすらいい人で、成功もし、まひろは性格はやや毒っぽいけれど成功していく。ふたりには光が降り注いで見える。
ただ、それもここまでで、そろそろ道長とまひろをも黒い雲が覆いはじめるのではないだろうか。ドロドロを一身に引き受けていた伊周が亡くなったいま、道長とまひろもおそらく闇を引き受けなくてはならないだろう。また、これまではまじりっけのない明るさをもった惟規がいて暗さを緩和してくれていたが、彼不在のいま、闇を散らすことも難しい。そのほうが物語としてはワクワクする。悪気なくひたすら誠実な人過ぎる道長はもう十分。柄本佑さんもうずうずしているのではないだろうか(勝手な妄想ですが)。
ほんとうは善なる人が頂点に立つべきと願うが、実際のところ清廉潔白なままで上り詰めた人って歴史上に存在するのだろうか。
大河ドラマ「光る君へ」(NHK)
【総合】日曜 午後8時00分 / 再放送 翌週土曜 午後1時05分【BS・BSP4K】日曜 午後6時00分【BSP4K】日曜 午後0時15分
【作】大石静
【音楽】冬野ユミ
【語り】伊東敏恵アナウンサー
【主演】吉高由里子
【スタッフ】
制作統括:内田ゆき、松園武大
プロデューサー:大越大士、高橋優香子
広報プロデューサー:川口俊介
演出:中島由貴、佐々木善春、中泉慧、黛りんたろう ほか