「わからないから見ない」渋谷駅の構内図と選択的注意
渋谷駅に東急東横線と副都心線が乗り入れから約3年がたちました。以前はよく乗り換えで利用していたものの、移動時間がタイトな時などは、渋谷駅で乗り換えなくて済む方法を考えます。あらかじめ駅の構造を知っておけば早く乗り換えできるかとHPで構内図を見てみたこともありますが、自分の着く路線、乗り換え先の路線がなかなかみつからず、断念しました。
でも、渋谷駅を日々使い慣れている人は、乗り換えがわからないということはあまりないでしょう。当初は慣れなかったかもしれませんが、今では「自分が駅どのあたりに着き、どう乗り換えるか」が頭に浮かび、あまり意識することなく乗り換えられるのではないでしょうか。そういった慣れている人が構内図を見たら、おそらく必要な情報がすぐわかるでしょう。
そこには、選択的注意という仕組みが働いています。選択的注意とは、目の前にあるものの中から見るべきものを選んで注目する働きのことです。上記の構内図を例に説明すると、選択的注意が働いた場合、例えば以下の図のように必要な情報に焦点が絞られ、それ以外は目に入りにくくなります。選択的注意は、何度も通って「ここは近かった」とか「こっちは不便だ」といった発見を重ねた結果、次第に働くようになります。
一方、渋谷駅に慣れていない人、いわば渋谷駅初心者には、選択的注意は働きにくいものです。慣れた人が持つような経験と知識がないからです。初心者は構内図をとりあえず全部見ます。しかし渋谷駅の構内図は情報が多く複雑なため、消化しきれません。情報を消化するときにかかる負担(認知負荷)が大きいからです。初心者でも時間をかけて構内図を見ればわかるかもしれませんが、構内図を見るような状況では、たいていあまり時間がありません。その結果、「よくわからないから見ない」となることもあります。
だとすると初心者は経験を重ねる以外に方法がないかというと、そうともいえません。「ここに注目してください」という点を絞って情報を見せると、初心者でも注目しやすくなります。ある実験では、情報処理があまり得意ではない人に、映像を見せました。その際、見て欲しい場所だけが目立ち、他の場所が見えにくくしました。その結果、そうやらなかった場合よりも、きちんと理解されました。いわば、慣れている人が頭の中でやっていることを、見える化したわけです。
この実験は、見せる工夫次第で初めての人でも複雑な情報を消化し、行動にうつせる可能性があることを示しています。
渋谷駅の構内図以外にも、私たちの生活のなかにも大盛りの研修資料や長い説明書など「全部大事で必要な、でも複雑な情報」があります。
もちろん、個人の側が「方向だけつかむ」「現在位置だけまず見つける」のように工夫することも必要でしょう。その一方で、例えばスマホで構内図を映すと行きたい方向だけがハイライトされてそれ以外が見えにくくなるなどの方法が利用でき(もうそういうアプリがあるかもしれませんが)、情報の持つ負担(認知負荷)を低くできれば、初めての人でも消化しやすく、より利用しやすいものになっていくと思います。言うのは簡単、やるのは難しいことでしょうけど、そんなふうなものが増えていくといいなと思います。