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「記者クラブ廃止」「独立機関設立」…国連特別報告者が提言 大手メディアはほぼ無視

楊井人文弁護士
記者会見する国連特別報告者デビッド・ケイ氏(FCCJのYoutube動画より)

表現の自由に関する日本の状況を来日調査した国連の特別報告者、デビッド・ケイ氏が4月19日、暫定的な調査報告(以下「暫定報告」)を発表し、外国特派員協会で記者会見を行った。これについて新聞・テレビの大手メディアがどう報道したか調べたところ、案の定というべきか、肝心なメッセージが抜け落ちていた。

デビッド氏は、日本の「メディアの独立性」が重大な脅威に直面しているとの見解を示したが、「政府の圧力」など外部要因だけに問題があると指摘したわけではなかった。政府与党側の言動や特定秘密保護法などの法制度にも数々の問題があるが、メディア自身にも問題があり、改革すべき構造的要因があることをはっきりと指摘していた。そして、いくつかの重要な具体的提言もしていた。記者クラブ制度の廃止、メディア横断組織の設立、放送法4条廃止、政府から独立した放送監督機関の設置である(参照=デビッド・ケイ氏の暫定報告記者会見動画会見詳報(1)(2))。

国連の特別報告者とは…国連の補助機関の一つである国連人権理事会(UNHRC)が任命する専門家で、独立した立場で特定の国の調査、監視等を行う任務が与えられている。デビッド・ケイ氏は国際人権法などを専門とし、日本における表現の自由の調査報告書を来年提出する予定。(詳しくは国連広報センター外務省参照)

「記者クラブ廃止」提言を報じたのは…

デビッド氏は、暫定報告の「メディアの独立性」(Media Independence)という節で、こう指摘した。

もし日本のジャーナリストが独立、団結、自主規制のためのプロフェッショナルなメディア横断組織をもっていたなら、政府の影響力行使に容易に抵抗することができたであろう。しかし、彼らはそうしない。いわゆる「記者クラブ」制度はアクセスと排除を重んじ、フリーランスやオンラインジャーナリズムに害を与えている。

Indeed, if journalists in Japan had professional media-wide institutions of independence, solidarity and self-regulation, they would likely be able to resist with ease attempts at Government influence. But they don't. The so-called "kisha club" system, or press clubs, value access and exclusion, to the detriment of freelance and online journalism.

出典:デビッド・ケイ氏の暫定報告(日本語の仮訳は引用者)

デビッド氏は記者会見の冒頭発言でも、報道評議会(Press Council)といった「メディア横断組織」の設立を強く奨励すると強調(会見動画14:17〜ハフィントン・ポスト抄訳)。記者クラブについても、「アクセスジャーナリズム」(引用注:取材対象と癒着した不健全なジャーナリズム)を促進し、メディアの独立性を阻害し、国民の知る権利を制約していると批判し、明確に「廃止すべき」(should be abolished)との考えを表明した(会見動画45:09〜)。

ところが、4月25日までの在京6紙の報道を調べたところ、記者クラブ廃止の提言については、東京新聞(20日付朝刊3面)と朝日新聞(デジタル版)が少し触れた程度で、毎日、読売、産経は全く触れていなかった(日経は、デビッド氏の来日調査について報じた記事がゼロ)。朝日はデジタル版記事で、デビッド氏が「記者クラブの排他性も指摘し『記者クラブは廃止すべきだ。情報へのアクセスを制限し、メディアの独立を妨害している制度だ』と批判した」と報じていたのに、なぜか紙面版記事では提言の部分がカットされていた。

「メディア横断組織」設立の提言については、どの新聞も言及していなかった。もっとも、新聞業界に対しては日弁連が過去に何度も、報道評議会のような自主規制のための横断組織の設立を提言してきたが(たとえば1999年決議)、それに呼応する動きは全くみられないのが現状だ。

テレビはどうだったか。NHKや民放の主なニュースを調べたが、デビッド氏の来日調査についてのニュースは扱い自体が非常に小さく、記者クラブ廃止やメディア横断組織の提言を報じたものは一つも見つからなかった。

ただ、20日放送「報道ステーション」(テレビ朝日)がデビッド氏の調査活動について比較的詳しく取り上げていた。記者クラブ廃止の提言はVTRでは触れずじまいだったが、コメンテーターの後藤謙次氏(元共同通信編集局長)が「デビッド氏が日本の記者クラブ制度に触れているんですね。大手メディアを中心に、一定の官庁を含めた政党本部とかに記者クラブを使って取材する、これは非常に、報道の自由なアクセスを阻害しているのではないかという問題提起もありましたので、メディアに携わる我々が改めて、厳しい視線を意識しながら改革に努めていく必要もあると思うんですね」とコメントしていた。一応、メディアの改革の必要性を認めた点は評価できるが、当事者意識が感じられず、今後の改革につながるとの期待をもたせるものではなかった。

無視された放送監督機関設置の提言

デビッド氏は、高市早苗総務相の行政指導や国会答弁で問題になってきた放送法について、「政治的に公平であること」などの番組編集基準を定めた4条の削除や、政府から独立した放送監督機関の設置も提言した(会見動画12:45〜)。すでに放送倫理・番組向上機構(BPO)は存在しそれなりの成果も出しているのだが、それだけでは足りず、総務省主導の放送法規制の抜本的見直しを喚起したものといえよう。

この放送法4条の改廃については、デビッド氏の会見を報じた5紙とも言及していたが、毎日新聞が1面で「国連、放送法改正勧告へ」との見出しをつけて報じた以外は文中で簡単に言及するにとどまった。独立した放送監督機関の設置について触れたのも、毎日だけだった。一方、当事者である放送各局は、放送法に関する2つの提言をどこも報じていなかった。

今回の調査はメディアにとって重要なテーマが調査対象になったにもかかわらず、都合が悪い提言が含まれていたせいだろうか、新聞各社も社説で取り上げたところは非常に少ない。在京6紙のうち社説で論評したのは、今のところ毎日新聞(4月23日付)産経新聞(24日付)の2紙にとどまっている。地方紙も確認できただけで数紙が取り上げた程度だ。

当初、放送法改正の提言に注目していた毎日も、社説では「問題は4条の改廃ではなく、制裁を視野に入れた法的規制とみなす政府解釈の誤りにある」と従来の主張を繰り返しただけで、提言を積極的に評価することはしなかった。産経は「4条は番組に政治的公平や事実を曲げない報道を求めたものだ。公共電波を使う以上、当然だ」と全く取り合わない構えを鮮明にした。

報道を検証して浮き彫りになったのは、大手メディアにはデビッド氏の提言に耳を傾ける姿勢はなく、「メディアの独立性」を高めるための改革が必要であるという問題意識も持っていないということだ。デビッド氏の来日調査によって、大手メディアのプライオリティーが「メディアの独立性」や「国民の知る権利」を向上させることではなく、それらを多少犠牲にしてでも既存の制度のもとで便益を享受し続けることにあるとの疑いは、一層深まった、といわざるを得ない。

(*) 「国連の特別報告者とは」を追記しました。(2016/4/26 19:20)

弁護士

慶應義塾大学卒業後、産経新聞記者を経て、2008年、弁護士登録。2012年より誤報検証サイトGoHoo運営(2019年解散)。2017年からファクトチェック・イニシアティブ(FIJ)発起人、事務局長兼理事を約6年務めた。2018年『ファクトチェックとは何か』出版(共著、尾崎行雄記念財団ブックオブイヤー受賞)。2022年、衆議院憲法審査会に参考人として出席。2023年、Yahoo!ニュース個人10周年オーサースピリット賞受賞。現在、ニュースレター「楊井人文のニュースの読み方」配信中。ベリーベスト法律事務所弁護士、日本公共利益研究所主任研究員。

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