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五輪開会式めぐる『週刊文春』の告発と組織委の圧力の背景は何なのか

篠田博之月刊『創』編集長
『週刊文春』4月8日号に対して組織委が「回収」を要求(筆者撮影)

 このところ知り合いの広告クリエイターを、思わぬ場面で見る機会が続いた。総務省接待疑惑騒動で国会に招致された東北新社の中島信也社長は、「日清カップヌードル」や「サントリー伊右衛門」のCMを制作したクリエイターだし、渡辺直美さんを巻き込んだ開会式演出騒動で統括責任者を辞任した佐々木宏さんは、ソフトバンク・白戸家やサントリーBOSSなど幾つもの人気CMを手がけてきた人だ。両人とも『創』の広告特集に登場いただいてきたし、佐々木さんは2021年4月号にも登場している。その中でこの1~2年はオリンピック・パラリンピックとの関わりについても語っている。

 広告会社でクリエイターが一定年齢に達すると、管理職になるより現場にいたいという意向で退社・独立する人と、会社に残って経営にまで参画する人とがいる。佐々木さんは前者で、中島さんは後者だろう。佐々木さんは電通を退社して自分で会社を立ち上げ、CMディレクターとして幾つもの人気CMを手がけていく。同時に震災後の東北の復興やオリンピックといった社会的活動と広告の仕事を連動させていくのが特徴で、震災後、サントリーの「歌のリレー」やトヨタの「リボーン」など、社会的メッセージを含んだCMを手がけているし、五輪について言えば昨年の池江璃花子さんの[+1]というメッセージイベントも佐々木さんらしい企画だ。

 一方で佐々木さんは、古巣の電通との関わりも続いている。そのあり方が今回の騒動にも影を落としており、この騒動をわかりにくくしている一因でもある。

 一連の騒動は今後の広告界への影響も含めて大きな爪痕を残したと思われるのだが、相当わかりにくいので、ここで整理を試みたい。

五輪組織委が『週刊文春』回収を要求

 騒動の残した爪痕のひとつは、五輪組織委の内部の混乱やその情報の流出に対して、IOCや東京都からガバナンスはどうなっているのかと批判が入り、組織委が情報流出の犯人探しや『週刊文春』に対して雑誌の回収を求める抗議といった強硬措置を取るに至ったことだ。内部の混乱や情報流出に組織の管理強化や強硬措置で対応しようというのは、企業などではありがちな流れだ。4月8日発売の『週刊文春』は組織委からの圧力に対して「橋本聖子五輪組織委のウソを暴く『内部告発』5連発」と、さらなる批判で反撃したが、組織委は同時期、毎日新聞にも抗議を行っており、メディアとの関係が今後どうなるのか懸念される。

 この『週刊文春』への強硬な抗議については、私は4月4日の東京新聞連載コラム「週刊誌を読む」で論評した(北海道新聞や中国新聞などが転載)。以下引用しよう。

《一日発売の『週刊文春』4月8日号と前日の文春オンラインの記事に対して、五輪組織委員会が一日付で激しく抗議。それに対して『週刊文春』は二日、「『週刊文春』はなぜ五輪組織委員会の『発売中止、回収』要求を拒否するのか」という文書を公表した。

 同誌ではこの間、開会式の責任者だった演出振付家・MIKIKOさんとその企画が排除され、CMクリエイターの佐々木宏さんが責任者に就いた経緯を告発してきた。第三弾にあたる今回は、「森・菅・小池の五輪開会式”口利きリスト”」と題して、開会式に特定の人物を出演させるよう政治家などが注文をつけてきた経緯を報じていた。 

 問題になったのは、記事の中で、排除された「MIKIKOチーム開会式案」が詳しく報じられたことだった。抗議文には「開会式の演出内容が事前に公表された場合…演出の価値は大きく毀損されます」とある。  

 『週刊文春』の記事ではお蔵入りになった”幻の演出案”という書き方なのだが、組織委の文書を読むと、MIKIKO案のある部分は継続しており、それを勝手に公表された、という言い方だ。

 そのあたりの事情はわかりにくいのだが、問題は組織委が抗議の中で「掲載誌の回収、オンライン記事の全面削除」などを要求したことだ。一定の権力を持った組織が雑誌の発売中止や記事の削除を求めることは、報道・表現の自由に関わる重大な問題だ。『週刊文春』側は、「開会式の内情を報道することには高い公共性、公益性があります」と反論している。

 率直に言って、雑誌の回収や記事削除といった組織委の要求は居丈高で、全くいただけない。報道された記事に問題があるならもう少し違った批判や抗議の仕方があるのではないだろうか。

 折しも『週刊新潮』4月8日号が「内輪でアイデアも出せなくなる『LINE暴露』騒動のイヤな感じ」という記事を掲載。LINE流出など騒動のあり方に疑問を呈している。

 そういう批判と今回の組織委の抗議は違う。批判や議論はすべきだが、それは言論・表現の自由を封じる方向でない形で行うべきだと思う。》

日本ペンクラブやMICが組織委に抗議声明

 組織委は時期を同じくして毎日新聞にも抗議を行ったが、私が所属する日本ペンクラブでは6日、こうした組織委の行動に対する反対声明を出した。私も文案作成に関わったが、声明自体は吉岡忍会長が書いたものだ。声明全文は下記サイトをご覧いただきたい。

http://japanpen.or.jp/

日本ペンクラブ声明 「東京2020組織委員会は報道統制をしてはならない~マスメディアの多様な報道を求める」

 またマスコミ文化情報労組会議(MIC)も8日に抗議声明を発表した。

http://www.union-net.or.jp/mic/

五輪組織委による言論妨害、出版・表現の自由の侵害に抗議する

 言論表現の自由に関わる大きな問題を残したこの事件だが、組織委がこれほど強硬措置に出たのは、それだけ『週刊文春』の告発報道が影響を及ぼしているからだろう。3回にわたる同誌の報道は、開会式の企画運営責任者が何度も替わったことなど組織の内部に関わることで、しかも内部情報が含まれていることについては、組織委としても危機感を抱いたものと思われる。

渡辺直美さんの容姿問題に収斂された騒動の発端

 さて、一連の開会式をめぐる『週刊文春』の告発だが、第一弾で渡辺直美という人気のあるタレントの実名を出さずに、開会式をめぐる組織のあり方という話だけではこれほど大きな反響を呼ぶことにはならなかったろうから、同誌のプロモーションは当たったといえる。ただ、わかりやすい容姿の話になってしまったおかげで、本質部分がわかりにくくなってしまったのは確かだ。渡辺直美さんの話は取材の過程で、ひとつのエピソードとして出てきたものにすぎないのだが、騒動はそこだけがクローズアップされてしまった。

 これについても私は東京新聞で論評しているので、引用しよう(一部割愛)。

《『週刊文春』は3月25日号でも総務省接待疑惑を追及しているが、この号は別の記事がもっと大きな話題になった。「『渡辺直美をブタに』五輪『開会式』責任者”女性蔑視”を告発する」だ。

 同誌発売前日の十七日に文春オンラインが報じた直後から大騒ぎになり、五輪開会式の総合統括だったCMクリエイターの佐々木宏さんが辞任した。森喜朗さんの発言に揺れた東京五輪がまたもやダメージを受けた形だ。

 『週刊文春』もそこが反響を呼ぶと判断して渡辺直美さんの話を見出しにも打ち出しているが、

これ自体は昨年三月の話。開会式のアイデアを出し合う中で佐々木さんがオリンピックならぬオリンピッグというダジャレを考え、渡辺直美さんの名前をあげてLINEに書いたところ周囲からひんしゅくを買って撤回したというものだ。

 それがなぜ今、噴き出したかというと、『週刊文春』の記事全文を読むとわかるが、オリンピック自体の迷走に伴って開会式をめぐる企画も二転三転。演出責任者が映画監督の山崎貴さん、能楽師の野村萬斎さん、振付家のMIKIKOさんと次々変わった後に佐々木さんが昨年、統合総括となった。

 その経緯に反発する人もいたようで、記事では「佐々木氏による”クーデター”」「五輪開会式の”乗っ取り”」などと表現されている。

 その反発が今回、記事になったもので、渡辺直美さんの話は恐らく取材過程で出てきた一エピソードだったのだと思う。

 佐々木さんは十七日に謝罪文を出して渡辺さんの件について全面的にお詫びしたが、それには長い「追記」が付いており、開会式演出をめぐる経緯についての説明も行っている。『週刊文春』の記事とあわせて読むと、コロナ禍での開会式演出をめぐって相当な混乱があったことがわかる。

 一方の渡辺直美さんだが、十八日にコメントを出した後、十九日夜に自身のユーチューブチャンネルで心境を詳しく語った。この渡辺さんの話は、エンターテイナーとしての覚悟も感じさせる素晴らしいものだ。ネットで見ることができるのでぜひ見て欲しい。》

開会式の二転三転をめぐる経緯の本質は何なのか

『週刊文春』の一連の報道が、振付家のMIKIKOさんの行動をきっかけにしたものであることは既に知られている。昨年5月より組織委からの連絡が滞るようになった彼女は、意を決して10月16日付で電通関係者などに一斉にメールを送り、行動を起こした。その後、組織委との話し合いの過程で不信感を抱いた彼女は11月9日付で辞任。12月23日、佐々木体制への移行が公式発表された。11月25日に森喜朗氏と面談したMIKIKOさんはそこで「ことを荒立てるんじゃないだろうな」と言われ、「荒立てません」と返事したというから、組織委側もこの問題が円満決着とは程遠いものであることは認識していたのだろう。

 MIKIKOさんの後釜として開会式責任者の座に就いたのが佐々木宏さんだが、『週刊文春』第一弾では「佐々木氏による”クーデター”」「五輪開会式の”乗っ取り”」と表現されていた。この記事では何となく、黒幕は佐々木さんという印象が強いのだが、その認識が編集部のものなのか、MIKIKOさんがそう感じていたためなのか判然としない。

 佐々木さんの謝罪文では「前任者の企画を乗っ取ったかのような内容は、事実ではないと思います」「MIKIKOさんは、私にとっては、本当に開会式にはなくてはならない方という認識でした」などと言及されていたのだが、容姿問題の大騒動のなかで顧みられることはなかった。前述したように謝罪文には長い「追記」が付けられ、そこで佐々木さんは、組織委から簡素化という方針を告げられる中でMIKIKO案をどう実現するか、リモートで行うプランなども提出したがIOCが受け入れなかったことなど、開会式企画についての説明も書かれているのだが、報道にあたっては一顧だにされなかった。

 コロナ対策でどう簡素化するかをめぐり、IOC、JOCそれぞれの意見や思惑が交錯し、混乱していたことがうかがえる。そもそもこの半年ほどは世論そのものが五輪を中止せよという声が拡大していった時期で、開会式をめぐっては相当な紆余曲折があったと思われる。

 『週刊文春』の第一弾3月25日号の見出しは「『渡辺直美をブタに』五輪『開会式』責任者”女性蔑視”を告発する」だった。「容姿侮辱」と「女性蔑視」は正確に言えば別の問題で、その後の報道ではこの件は「容姿侮辱問題」と表現されるのだが、最初の報道はそのあたりもいささか混乱していた。実際、当初ものすごい大きな扱いだったスポーツ紙はもっぱら森喜朗さんに続いて「女性蔑視」問題がまた起きた、しかも前回よりひどい内容だ、という報道だった。

 容姿問題それ自体は大事な論点でもあるから、そこで議論が起こること自体は良いのだが、肝心の五輪をめぐる組織問題の方は、開会式をめぐるMIKIKOさん排除がどういうプロセスで起きたのか、新聞などのマスコミでもほとんど掘り下げられなかった。

『週刊文春』が第2弾で電通ナンバー2を黒幕と批判

 『週刊文春』としても、組織問題やその背景は取材しなければいけないという認識は持っていたようで、第2弾の4月1日号「『森会長はボケてる』女性演出家を排除 黒幕は電通No2」は、そこに焦点をあてたものだった。

 第一弾で、佐々木さんが全ての陰謀の黒幕といった印象で描かれていたのに私が少し違和感を感じたのは、佐々木さんは確かに広告のクリエイティブの世界では力を持った人なのだが、開会式全体の人事も含めて黒幕という捉え方はどうなんだろうか、という点だった。冒頭に書いたように佐々木さんはもともと制作現場で仕事をしたいという意向を貫いている人だし、MIKIKOさん排除といった組織に関わる事柄については、もう少し上の意向が働いたのではないかという気がした。

『週刊文春』4月1日号第2弾は電通ナンバー2を「黒幕」と告発(筆者撮影)

 『週刊文春』の第2弾では、その黒幕は高田佳夫・電通代表取締役社長補佐だったことが明らかにされていた。第1弾でも少し言及はしていたから、同誌は取材を進めていたのだろう。記事によれば、同氏は実は佐々木さんと同期入社の盟友で、電通のナンバー2だという。MIKIKOさんが”政治案件”などを持ち込んでも拒否していたため、次第に溝ができていった。記事によると、その結果、自分の盟友である佐々木さんを責任者に就けたいという思惑を持っていたのではないかという。この『週刊文春』第2弾は、今回の騒動の構図がどういうものだったのかを、かなりわかりやすく提示したと思う。

 そして同誌は第3弾「森・菅・小池の五輪開会式”口利きリスト”」で、開会式をめぐってはいろいろな政治家なども介入を行ってきたこと、純粋に演出面をめぐる問題だけでなく、もっと大きな力も開会式をめぐっては働いていたことを明らかにした。

 同時にこの記事は、排除され幻となったとされるMIKIKO案を具体的に提示してみせた。ただどうやらその内容は排除されボツになったわけでなく、現在予定されている開会式にもかなり生かされていたようで、組織委は、それが事前に公表されるのは業務妨害だと反発したわけだ。

 前述した佐々木さんの謝罪文の「追記」でも、自分としてはMIKIKO案を排除どころかできるだけ生かそうと尽力したことが書かれていた。

 コロナ禍で開催そのものが危ぶまれるという状況の中で、開会式をめぐって組織委にも混乱があったことは、一連の報道である程度浮き彫りになった。本当は『週刊文春』だけでなく、そのあたりの事情は新聞・テレビももっと掘り下げて欲しいのだが、このあたりは組織委とマスコミとの関係にも関わる問題で簡単ではない。

今回の騒動が提起したいろいろな問題

 ともあれ一連の騒動がいろいろな問題を提起したのは事実だ。前述したように『週刊新潮』4月8日号が「内輪でアイデアも出せなくなる『LINE暴露』騒動のイヤな感じ」と、『週刊文春』がLINE暴露したことに批判的な報道を行ったが、この問題も影響は少なくない。広告など表現に関わる現場では、企画案のたたき台をざっくばらんに議論する内容がこんなふうに流出して責任を問われるのでは、ブレーンストーミングもできなくなるという声が少なくない。

 佐々木さんは確かに広告界ではそれなりに力もある人なので、これまで思い切った企画も通してきたのだが、今回のバッシングがどう影響するのか危惧される。例えば私も以前ヤフーニュースに書いたが、宝島社の広告で、亡くなった樹木希林さんがアッカンベーしている広告がある。

 葬儀の席で遺族に話をもちかけ、その場で希林さんの娘さんの舌を撮影して、遺影に合成したというものなのだが、これはクリエイターが佐々木さんで、クライアントが宝島社というゲリラ的な出版社だからできた力技だろう。無難を重んじる企業であれば、不謹慎ではないかという意見でボツになる怖れもある。

https://news.yahoo.co.jp/byline/shinodahiroyuki/20190407-00121286/

樹木希林さんのこんなすごい広告を作れるのは佐々木宏さんならではだ

 コンプライアンスが叫ばれ、テレビ局なども広告審査を厳しくしている現状で、この樹木希林さんの広告のようなギリギリの表現はなかなか難しくなっているのだが、今回の騒動がその傾向をさらに強める恐れがあるのが気になるところだ。

月刊『創』編集長

月刊『創』編集長・篠田博之1951年茨城県生まれ。一橋大卒。1981年より月刊『創』(つくる)編集長。82年に創出版を設立、現在、代表も兼務。東京新聞にコラム「週刊誌を読む」を十数年にわたり連載。北海道新聞、中国新聞などにも転載されている。日本ペンクラブ言論表現委員会副委員長。東京経済大学大学院講師。著書は『増補版 ドキュメント死刑囚』(ちくま新書)、『生涯編集者』(創出版)他共著多数。専門はメディア批評だが、宮崎勤死刑囚(既に執行)と12年間関わり、和歌山カレー事件の林眞須美死刑囚とも10年以上にわたり接触。その他、元オウム麻原教祖の三女など、多くの事件当事者の手記を『創』に掲載してきた。

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