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森保ジャパンが鈴木彩艶を先発起用するリスク。GKというポジションの本質とは?

小宮良之スポーツライター・小説家
(写真:ムツ・カワモリ/アフロ)

 ゴールキーパーというポジションは特別である。

 11人の中で唯一、手を使うことを許される。その“特権”と引き替えに、厳しい目を向けられる。失点という宿命を背負いながら、わずかな失敗も許されない。

 何より、たった一つのポジションを巡った争いに身を投じる業を背負っている。他のポジションのように、途中出場の可能性は低い。だからと言って、セカンドGKとして野心をむき出しにするのも禁じ手だ。

 精神的ストレスは相当だろう。

 切迫した世界を勝ち抜いてきたGKだからこそ、尊敬される。たった一人でも、守り切る矜持。それが全軍を鼓舞することにもつながるのだ。

 たった一人、ゴールマウスで守る姿は高潔に映る。

たった一つのポジションを巡る攻防

 世界に冠たるレアル・マドリードは今シーズン、世界最高のGKと言われるティボー・クルトワがケガで長期離脱になって、急遽、プレミアリーグのチェルシーから元スペイン代表のケパ・アリサバラガを獲得している。シーズン序盤はケパをレギュラーで起用。シュートストップに優れ、スーパーセーブも見せた一方、ハイボールへの不安は付きまとい、賛否両論が分かれていたが…。

 昨年11月、チャンピオンズリーグ(CL)のブラガ戦で、ケパは筋肉系のケガで急遽、出場できなくなる。そこでカルロ・アンチェロッティ監督はアンドリー・ルーニンを起用した。

「ケガから復帰したら、ケパを使う」

 アンチェロッティ監督はそう明言していた。

 しかしゴールマウスを守ったルーニンがクオリティの高いプレーを見せ、ケパは呆気なく定位置を失った。過密日程だったことで、年末アラベス戦で久しぶりに出場機会を得たが、正GKはルーニンのまま。そしてスペインスーパー杯準決勝のアトレティコ・マドリード戦で先発してチームは5-3と勝利するも、ゴールキーピングは不安定だった。

 これにより、アンチェロッティ監督はFCバルセロナとの決勝でルーニンを起用した。素晴らしい試合内容で優勝を飾り、序列を確信したのだろう。その後はアルメリア戦でケパを使ったが、3-2で勝利も目立ったプレーがなく、完全にルーニンを上位にした。

 GKというポジションは、残酷なほどの激しい争いに晒される。一つのポジション、一度手放したらなんの保証もない。そうやって、GKたちの競争力は高まるのだ。

鈴木は実力でポジションを与えられるべきだった

 日本代表では、鈴木彩艶(シントトロイデン)がアジアカップで正GKに抜擢されている。

「鈴木のポテンシャルは素晴らしい」

 そう言って、擁護する声が少なからずある。

 しかしポテンシャルなどで評価されているGKは、世界のストライカーたちに打ち込まれる。ゴール前は信じられないほどの修羅場。そこで生き残るには、自らのセービングを恃みにするしかない。

 アジアカップ後も、鈴木はベルギーリーグで似たようなミスを重ねている。

 鈴木は浦和レッズでプロになって以来、1年を通じてゴールマウスを守ったことがない。キャッチングにせよ、パンチングにせよ、ここぞという場面で形がひしゃげてしまい、破れられてしまう。まだ、判断に迷いがあるのだろう。果断なセービングができない。「キックが素晴らしい」と擁護されるが、アジアカップでもつなぎで弱気が出ていたし、試合出場機会が少ないだけに適応が追いつかないのだ。

 ポテンシャルがある、よりも”未完成過ぎる”。ベルギーで1シーズンを戦わせて、パリ五輪でゴールマウスを託し、その上でフル代表。そうした流れで十分にタイミングを見つけられたはずだ。

 一つ言えるのは、GKは体格などのポテンシャルで投資する対象ではない、ということである。

体格を最重要視するべきではない

 たしかに、日本サッカーが新たなフェーズに入るには、GKの大型化を考慮する必要があるのだろう。世界では身長190センチ以上のGKが増えているし、一つのスタンダードである。ただ、日本人には俊敏な動きをできる特性があって、ディフェンスと連携する術にも長け、大舞台を重ねることによって生まれる度胸の良さもある。川口能活、楢崎正剛、川島永嗣はまさに、その系譜だった。

 森保ジャパンはフィールドプレーヤーの登用に関しては、批判される余地は少ない。久保建英、上田綺世、冨安健洋、板倉滉、守田英正、田中碧などをいち早く抜擢し、最近も中村敬斗などはヒットだろう。ただ、GKはカタールW杯レギュラーもJ2への降格を余儀なくされた権田修一、その後も極度のスランプに陥った大迫敬介、谷晃生、鈴木、野澤を重用するなど、どこかズレが見える。

 個人的には、メジャーリーグサッカー(MLS)で定位置を奪い取って、世界の猛者たちと戦い続ける高丘陽平(バンクーバー・ホワイトキャップス)を推す。

 高丘はJリーグのベストイレブンを受賞し、横浜F・マリノスを優勝に導き、MLSでも屈指のGKになった。卓抜としたキックで「攻撃こそ防御」から支え、単純なシュートストップのスピードやパワーも日々鍛えられている。彼のような挑戦者に、チャンスは与えられるべきだ。

「身長183センチの体格がネック」

 そんな意見もあるが、世界でも身長180センチ前半の優れたGKはたくさんいる。スイス代表ヤン・ザマー(インテル・ミラノ)、スペイン代表ダビド・ラジャ(アーセナル)、チリ代表クラウディオ・ブラーボ(ベティス)のような例もある。ドイツ代表テア・シュテーゲン(FCバルセロナ)は187センチ、ドイツ人のシュテファン・オルテガ(マンチェスター・シティ)も185センチ。チームが能動的に攻守を行うプレーモデルを提唱している場合、卓抜とした足技は適合度が高いはずだ。

 森保ジャパンは次のW杯に向け、「能動的な戦いの時間を増やす」と明言している。どんなGKを用いるべきか。その答えは明確に出ているはずだ。

スポーツライター・小説家

1972年、横浜生まれ。大学卒業後にスペインのバルセロナに渡り、スポーツライターに。語学力を駆使して五輪、W杯を現地取材後、06年に帰国。競技者と心を通わすインタビューに定評がある。著書は20冊以上で『導かれし者』(角川文庫)『アンチ・ドロップアウト』(集英社)。『ラストシュート 絆を忘れない』(角川文庫)で小説家デビューし、2020年12月には『氷上のフェニックス』(角川文庫)を刊行。他にTBS『情熱大陸』テレビ東京『フットブレイン』TOKYO FM『Athelete Beat』『クロノス』NHK『スポーツ大陸』『サンデースポーツ』で特集企画、出演。「JFA100周年感謝表彰」を受賞。

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