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謎の「PPAP」方式を撲滅せよ! ~脱・「仕事ごっこ」~【沢渡あまね×倉重公太朗】第4回

倉重公太朗弁護士(KKM法律事務所代表)

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ここ数年「エンゲージメント」という言葉がよく使われるようになってきました。エンゲージメントとは、「社員の会社に対する帰属意識や、仕事に対する愛着、誇り」のこと指します。企業の関心は、社員のモチベーションややり甲斐をいかに高めるか、ということにシフトしつつあるのです。ところが、国や企業では無駄な事務作業がまだたくさんあり、労働者の時間や精神力、機会を奪っています。古い価値観や常識から抜け出すにはどうしたら良いのでしょうか。

<ポイント>

・ビジネスチャットで大事な3つのポイント

・なくなってほしい煩雑な事務作業ランキング

・PPAPは相手をイライラさせるだけ?

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■ITは社会的なインフラとなっている

倉重:個人的には「全員ヘッドセットをしてください」と常に思っています。やはり雑音が入るとすごくいらいらします。たくさんの人がフリーに話していると、訳が分からなくなってしまうので。

沢渡:そこも柔軟な選択肢があるといいですね。私はヘッドセット苦手なんです。ずっと付けていると頭が痛くなってきたりしますから。最近はヘッドセットレスでも雑音が少なく、高音質で通話できるデバイスもあるのですよ。私が愛用しているヤマハのYVC-200はとても良いです。その人が発している声と周りの雑音を学習して区別してくれますし、大声を出さなくても聞こえます。

倉重:とてもいいですね。買おうと思ったら在庫切れでした。今超人気なのですね。

出品者から出ているものは、もう3倍の価格になっています。

沢渡:ヘッドセットなども今品切れが続いていますよね。やはり3.11や大型台風などを経験した後に、いかに前もってIT投資していたか、環境投資していたかの差がここでつくという話なのです。

これを機に、どんどんITやテクノロジーを使えるようにして、人材の育成にもきちんと投資していってほしいと思います。

倉重:やはりある程度投資しないといけないですよね。

誰もが知っている有名な企業でも、時短するときの一番の悩みは、「Windows XPを仮想で動かしているのですごく遅い」というようなことがありました。

やはり、「インターフェースが変わることをおじさんたちが嫌がる」という理由で変えられないのです。

沢渡:日本はこの失われた30年間、ITに投資してきませんでした。リーマンショックでコスト削減をした結果、ITをコストとしてみなしてしまった。IT

部門ごと、切り出して別会社にしてしまったり。一方できちんとITに投資してきたところが、今まさに差をつけているわけです。

倉重:本当ですね。今回のコロナで特にそれを認識したと思いますよ。

沢渡:ITはもはや電気、水道と同じぐらいの社会インフラです。

社会としても、各企業としてもきちんと投資していく必要があります。都市部の企業で言えば、いままで鉄道に多大なお金を払って、鉄道依存の出社(通勤)主体のやり方を続けてきたわけです。

それはリスクでしかないと今回のコロナ騒動で分かりました。そもそも、満員電車の通勤を強いるのも人道的にどうかと思います。毎日が労災のような状況じゃないですか。これからは鉄道インフラよりも、通信インフラに投資する。その考え方が全体の幸せにつながるのかなと思っています。

倉重:ちょうど私は1月に家のWi-Fiを増強していたのですが、本当によかったなと思います。

沢渡:素晴らしい先見性です。コロナの最中に一生懸命ネットワーク増強をしてくださるインフラエンジニアやネットワークエンジニアたちが、きちんといい条件で働けて、リスペクトされるような社会構造に変えていかないと、国力が下がるという危機感を私は持っています。

倉重:沢渡さんがいつもおっしゃっているのは、「国のために」という話ですよね。

私も「労働法を変えるのは国力のためだ」と思っているので、同じ想いです。

沢渡:格好いいですね。弁護士なども2タイプに分かれると思っています。法を守ることが基本的に弁護者の本義だとすると、1つは「明らかにこの判例はおかしい」と思っていても、そう言わざるを得ないからと守りに入ってしまう弁護士。

2つ目は倉重さんのように、「今の法律ってバグだよね」ときちんと言っていくアップデート型です。

倉重:弁護士も既成概念にとらわれては終わりだと思っています。最高裁は今までの判例も変えられる特徴がありますから、絶対に今までの概念で諦めてはいけないなと思っています。

沢渡:こう言ったら怒られるかもしれませんが、弁護士になるのはすごく大変ですから、絶対にクビになどなりたくないはずです。あえて反発するのは、相当勇気があると思うのです。公認会計士もそうですが、なるのが難しくて、給料もいいでしょう。だから「絶対におかしい」と思っていても、暴れる人って少ないはずです。こういう業界や職種って、中から浄化されにくいんですよね。自浄作用が働かないですから。

倉重:5~6年前に私も『東洋経済』の記者に、「会社側の弁護士として、労働法について発信する人が全然いません。倉重さんが始めればきっと後輩もついてきますよ」と言われてやったのですが、今のところ誰もついてきていません(笑)。

沢渡:そういう暴れん坊が世の中を変えるのです。

■ビジネスチャットで大事な3つのポイント

倉重:テレワークの流れで、チャットを使う機会も増えてきたと思います。

ビジネスチャットのコツも教えていただけますか。

沢渡:サマリーにするならば3点挙げておきたいです。

1つ目が、短くシンプルに。メールのような長文を書く人がいるのですけれども、とにかく早くオープンに用件を伝えます。オープンにコラボレーションをしていくのがビジネスチャットの得意技でもありますから、1行から3行くらいの細かく短い文章で、相手がリアルタイムでその場にいれば、キャッチボールをしながら会話をしていきます。

結論は何なのか、言いたいことは何なのかを早めに伝えて、相手が考える時間を奪わないこと。画面をスクロールさせる手間を与えないことが大事です。

相手がその場にいない場合は、もう少し長めの文章で書き置きのような形もありだと思いますけれども、基本はリアルタイムにキャッチボールをしやすいようにします

倉重:なるほど。可能な限り相手を待たせないで早く送ってあげるということですね。

沢渡:2点目が先ほどのオンラインミーティングのやり方と同じですが、ビジネスマナーを持ち込み過ぎないこと。

メンションを付けるときに役職順にしなければいけないとか。

倉重:それはもうギャグですね。

沢渡:

3つめが雑をよしとすること。「てにをは」や誤字脱字にこだわり過ぎない。

とにかく早く情報を共有する、用件を伝えること。そこでキャッチボールをして解決につなげていくことをよしとします。

倉重:もう絵文字で済むものは済ませたっていいですしね。

沢渡:そうです。絵文字って素晴らしいですよね。すぐボタン1個で意思表示ができるわけなので。リモートだからこそ、相手が何を考えているのか分からなくて不安になるのは当たり前です。手短に表現できるツールはどんどん使ったほうがいいのかなと思っています。

倉重:今まで常識とされてきた考え方もアップデートしないと、この先テレワーク2.0には行けないという感じですね。

沢渡:そうですね。今はギャップがあって当然です。今までの統制型のやり方とオープン型のやり方で、求められている考え方が違ってきているので。

その差を埋めていくアップデートが必要です。

■なくなってほしい事務作業は?

倉重:本当に、何が合理的かというだけの話ですからね。

アップデートすべきものもあれば、一方では滅ぼすべきものもあると思います。

なくなってほしい煩雑な事務作業ランキングは、沢渡さん的にはいかがですか。

沢渡:まずマイナンバー関係の手続きです。

事業者の多くが、マイナンバー情報の提出書類を書留で送ってきます。書留の時点で、指定された場所、時間にいなければ受け取れないので、ハードルがあります。さらに「所定の用紙に手書きで住所とマイナンバーを書いてください。本人確認として、マイナンバーカードの写し、ないしマイナンバー通知カードの写しと、身分証明書の写し、運転免許をコピーして貼ってください」と書いてあります。それを書留で送るのです。

倉重:2重3重の手間が入っていますよね。

沢渡:一方で、NTTデータが展開しているMN収集というツールは、ダウンロードしてスマホなどで写真を撮って番号を入れるだけでOKです。書留を送る手間やお金もかかりません。みんなこのやり方に合わせればいいのにと思っているのですけれども。だって、マイナンバー情報の提供に各社の独自性なんて出す必要ないでしょう? それこそ仕事ごっこですよ。

確定申告もマイナンバーである程度把握して、納税者は承認と確認と補正をするだけというような形に持っていければだいぶスリムになりますし、このコロナ下の外出なども防げると思うのです。日本は、事務作業が、プロがプロ本来の仕事に集中する邪魔をしすぎです。私たちの価値は、そこじゃない(苦笑)

倉重:企業においてはいかがですか。

沢渡:見積もりや提案など、その辺の紙の手続きですね。

■PPAPに意味はあるのか?

倉重:それからぜひPPAPの話をお願いします。

沢渡:さすが倉重さん。

PPAP方式とは、メールの添付ファイルをZIP圧縮して、パスワードを掛けて別メールで送るという習慣です。

【P】asswordつきzipファイルを送ります

【P】asswordを送ります

【A】n号化(暗号化)

【P】rotocol

の頭文字をとったもの。詳しくは書籍「仕事ごっこ」で解説しました。

倉重:これがセキュリティー対策になっていると本気で思っている人がいるのです。全く意味がないぞという話を、ぜひ沢渡さんにしていただきたいです。

沢渡:はっきり言って面倒くさいだけで、むしろセキュリティーリスクを高めるという専門家の意見も多いです。

そもそもメールとパスワードって同じ通信手段と方式で送っているわけですから、ハッキングされていれば意味がないですよね。

倉重:どちらも見られてしまいますから。

沢渡:バックドア攻撃のようなもので何か仕掛けられて、通信そのものが傍受されたり、通信機器などがハッキングされたりすればまったく意味がありません。

さらに言ってしまえば、パスワードが掛かっているファイルはウイルススキャンが通りにくいという話もあります。

もし圧縮されているものが悪意を持ったマルウェアの場合、スキャンをすり抜けて相手方の環境に入り込み、そこからウイルス感染が始まるという報告もあります。かえってセキュリティーリスクを高めている可能性もあるのです。

あえてセキュリティー的なメリットを言うとすれば、一通目の圧縮したファイルを別の人に送ってしまって、そのパスワードをまだ送っていない状態で誤送信が発覚した。あるいは相手が悪意を持っている人だと発覚したケースにおいて情報が守られる可能性があるぐらいです。

倉重:それは超レアケースですね。

沢渡:みなさんは、それで救われた経験がありますか? ないでしょう。

倉重:本にも書いてありますけれども、スマホで見られないのがすごくいらいらします。

沢渡:普段オフィスのデスクトップPCでしか仕事をしていない人は、相手が外出先で、スマートフォンで見て仕事をする可能性があるということに気付かないのです。

モバイルデバイスではパスワードを付けたファイルは開けません。まさにコラボレーションを邪魔する「仕事ごっこ」になってしまうのです。

一番イラっとするのは、金曜日の夕方に相手がPPAP方式でメールを送ってきて、パスワードを送信せずに帰ってしまうケースです(笑)。

倉重:結局週明けまで待たされると。

沢渡:中が見たいメールが送られてきたのに開けず、土曜日と日曜日をもんもんと過ごすのは嫌でしょう。これも時間泥棒、精神力泥棒です。

倉重:それはだいぶ相手の時間を奪っていますね。

そういう企業が1つでも減ってくれるとうれしいなと思います。ちなみにPPAPをやめるとしたらセキュリティーはどうしたらいいですか?

沢渡:PPAPをするほうが、セキュリティーリスクが高いという調査結果も出ていますから、まずやめたほうがいいですね。

難しいのは、Pマーク制度です。あれも「仕事ごっこ」の最たる悪だと思いますけれども。

「たいせつにしますプライバシー」なんて謡っていますが、私に言わせれば「たいせつにしません、あなたの時間と集中力」ですよ。

Pマークの認証は、そのやり方を最適化してしまっているところがあります。

ただ、あれも「メールをするときにZIPファイルにしてパスワードを掛けろ」とは言っていないわけです。

倉重:会社によっては担当者が口頭で、パスワードだけ伝えてくるところもあります。

沢渡:そのほうがまだマシかもしれません。モバイルでの仕事を阻害するので、セキュアーなクラウドサービスを使ってファイルのやりとりをするほうがいいと思います。

最終的には個々の企業や事業者の判断になりますけれども。メールサーバーが本当にセキュアーかというと、そもそもそこは疑ってかからなければいけません。

倉重:御社のサーバーはGoogleよりも強固なのですかという話ですよね。

沢渡:10年20年前の古い技術で作られたメールサーバーのメールのやりとりに依存していて本当にいいのですかと。最新の技術で守られているクラウドサービスのほうが、より安全という論拠も可能だと思います。

倉重:そこら辺をきちんと判断できる経営者がいるかが大きいですよね。

沢渡:いわゆるCIOのような役職をきちんと立てているとか、そういうカルチャーや組織の部分に投資してきたかが大きな差になることは、これから間違いないです。

(つづく)

【対談協力:沢渡あまね(さわたり あまね)さん】

1975年生まれ。あまねキャリア工房 代表(フリーランス)、株式会社NOKIOO顧問、株式会社なないろのはな取締役。作家、業務プロセス/オフィスコミュニケーション改善士。浜松/東京二重生活。

日産自動車、NTTデータ、大手製薬会社を経て2014年秋より現業。経験職種は、ITと広報(情報システム部門/ネットワークソリューション事業部門/インターナルコミュニケーション)。

『人事経験ゼロの働き方改革パートナー』を謡い、ITやコミュニケーションの観点から組織改革を進める。300以上の企業/自治体/官公庁などで、働き方改革、マネジメント改革、業務プロセス改善の支援・講演・執筆・メディア出演を行う。趣味はダムめぐり。

<著書>

『仕事ごっこ』『仕事は「徒然草」でうまくいく』『業務デザインの発想法』『職場の問題かるた』『職場の問題地図』『マネージャーの問題地図』『働き方の問題地図』『仕事の問題地図』『システムの問題地図』(技術評論社)、『チームの生産性をあげる。』(ダイヤモンド社)、『働く人改革』(インプレス)、『新人ガール ITIL使って業務プロセス改善します!』『ドラクエに学ぶ チームマネジメント』(C&R研究所)など。

『職場の問題地図』は"ITエンジニアに読んでもらいたい技術書/ビジネス書大賞2018"で、ビジネス書部門大賞受賞。

弁護士(KKM法律事務所代表)

慶應義塾大学経済学部卒 KKM法律事務所代表弁護士 第一東京弁護士会労働法制委員会副委員長、同基礎研究部会長、日本人材マネジメント協会(JSHRM)副理事長 経営者側労働法を得意とし、週刊東洋経済「法務部員が選ぶ弁護士ランキング」 人事労務部門第1位 紛争案件対応の他、団体交渉、労災対応、働き方改革のコンサルティング、役員・管理職研修、人事担当者向けセミナー等を多数開催。代表著作は「企業労働法実務入門」シリーズ(日本リーダーズ協会)。 YouTubeも配信中:https://www.youtube.com/@KKMLawOffice

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