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他人事ではない「運転中の急死」は死亡事故の1割に上る

佐川健太郎モーターサイクルジャーナリスト

11日、レスリング女子五輪金メダリストの吉田沙保里選手の父、栄勝さん(61)が高速道路で車を運転中、急病で亡くなられたという悲しい知らせが報じられました。死因はくも膜下出血。三重県警高速隊員が到着した時には栄勝さんは心肺停止状態で、運転席にもたれかかるようにしていたそうです。車の右側面に接触の跡があったことから、中央分離帯に当たり、路肩側へハンドルを切って停車したとみられています。自身の体の異常に気付いた栄勝さんは、きっと最後の力を振り絞って車をコントロールして路肩まで持っていったのだと思います。大事故になりかねない状況の中、最後まで責任ある行動をとられたことに敬服の念を抱かざるを得ません。

また、先週も北陸自動車道のサービスエリアで夜行バスが大型トラックに衝突し2人が死亡するという悲惨な事故がありました。当初は居眠り運転という憶測も流れましたが、その後の調査で運転中にすでに意識不明に陥っていた可能性が示唆されています。実はこういうことがけっこうあるようなのです。

新聞記事(注1)などによると、例えば2012年に発生した人身事故のうち、運転中の「発作」や「急病」などが原因と思われる事故が少なくとも262件あったことが警察庁の調べでわかったそうです。主には心臓病と脳血管障害で合計が5割強を占め、昨今の栃木県鹿沼市や京都市・祇園での死亡事故で問題となった「てんかん」を上回っていたとのこと。海外の論文によれば、死亡事故中の10%程度が運転者の病気による体調不良が原因だったとの報告もあります。

つまり、単純な“居眠り運転"で片づけられないケースが多いようなのです。

「運転中の急死」のリスクについては、下記の論文にもあるように、だいぶ以前から指摘されています。

ヒトは心筋梗塞や脳卒中などで急病死することがあるが、明らかな病死以外の死(異状死)のうち、解剖、検査、捜査により外因死の可能性が除外された急死を「内因性急死」という。自動車運転中の内因性急死は、車両のコントロールが急激に失われて交通事故の原因になり得る。 従来、運転中の内因性急死は頻度的に稀であり、人身事故の原因となることはまずないのものと考えられ、あまり重要視されていなかった。しかし、急速な高齢化社会を迎えた現在、高齢ドライバーの内因性急死の増加が危惧されている。

~中略~

自動車運転中の内因性急死が同乗者や通行人の死亡するような重大事故の原因となることは非常に少ない。その理由として、運転中の内因性急死の殆どは心筋梗塞などの心臓疾患によることが挙げられる。例えば、運転中に心筋梗塞を発症した場合、心臓の機能異常が直ちに脳の機能に影響することはないので、ブレーキを踏んだり、車両を路肩に寄せるなどの避難措置をとる能力は残されているからである。

出典:自動車運転中の内因性急死の実態と予防

先に挙げた栄勝さんの例は、まさにこの状況だったと言えます。ただ、重大事故の中には運転者の内因性急死が原因となることも多々あるようです。次に挙げたのはその一例です。

〔事例1:米国〕46歳の男性が飲酒して自動車を高速運転中、脳底部動脈瘤が破裂し、中央分離帯と支柱に衝突した。その結果、同乗者が重大な損傷を受けて死亡した。

〔事例2:米国〕38歳のバス運転士が運転中に心臓発作を起こしてバスが川に転落し、運転士と乗客の合計7人が溺死した。運転士はこの4年前に心筋梗塞の既往があり、その後、職場に復帰していたが、狭心痛が度々あり、事故当時も投薬治療中であった。本事例では、職業運転者の健康管理が問題とされた。

〔事例3:英国〕74歳の男性が自動車運転中に心筋梗塞を発症し、対向車線の乗用車と正面衝突した。その結果、対向車を運転していた32歳の男性が、シートベルトを装着していなかったために、ハンドル外傷による胸部大動脈断裂で死亡した。

〔事例4:ドイツ〕62歳の心筋梗塞の既往のある男性が自動車を運転して赤信号で停車中、心臓発作を起こして意識が無くなった。その男性の左足はクラッチから自然に外れたが、右足はアクセルを踏んだままであったので、車は高速度で道路脇の薬局に突っ込み、薬局の客2名が死亡した。

出典:自動車運転中の内因性急死の実態と予防

このように突発的に運転不能状態になるリスクは誰もが持っていると言っていいでしょう。自分だけでなく他人の生命や財産までも脅かすことになりかねない重大な社会問題でもあります。最近では車も進化して、自動ブレーキなどのいわゆる「プリクラッシュセーフティシステム」の導入が進んできましたが、それだけでは十分とは言えません。特に高齢ドライバーに対しては免許更新時に脳や心臓疾患の既往歴を申告してもらったり、運転中の急死に関する啓蒙活動を行うことでリスクを知ってもらい自覚を促すなどの対応が必要と考えます。もちろん、年齢に関わらず日頃の体調管理はもちろんのこと、運転時に万が一こうした事態に陥ったときに「自分ならどうするか、何ができるか」を考えて備えておく必要があるでしょう。そして、社会全体で「運転中の急死」についての認知を深めることが急務ではないでしょうか。

(注1)参照:毎日新聞

モーターサイクルジャーナリスト

63年東京生まれ。早稲田大学教育学部卒業後、RECRUITグループ、販促コンサルタント会社を経て独立。趣味が高じてモータージャーナルの世界へ。編集者を経て現在はジャーナリストとして2輪専門誌やWEBメディアで活躍する傍ら、「ライディングアカデミー東京」校長を務めるなど、セーフティライディングの普及にも注力。㈱モト・マニアックス代表。「Webikeバイクニュース」編集長。日本交通心理学会員 交通心理士。MFJ認定インストラクター。

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