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Jアラートによる避難や伏せは無意味? 実例から探る

dragonerWebライター(石動竜仁)
テレビで流れる「国民保護に関する情報」(写真:アフロ)

今朝、6時2分。北朝鮮によるミサイル発射に伴い、全国瞬時警報システム(Jアラート)によるミサイル発射警報がなされました。

北朝鮮は29日午前5時57分ごろ、平壌近郊の順安(スナン)地区から弾道ミサイル1発を発射した。韓国軍合同参謀本部が発表した。中距離弾道ミサイルとみている。日本政府は、ミサイルが日本の上空を通過し、北海道・襟裳岬の東方約1180キロの太平洋上に落下したと発表。全国瞬時警報システム(Jアラート)は、北海道、東北、北関東など12道県の住民に避難を呼びかけた。

出典:北朝鮮ミサイル、太平洋上に落下 被害確認されず 政府

幸いにして、ミサイルは襟裳岬の遥か沖に落下し、被害は確認されておりません。

しかし、初めて発令されたJアラートによるミサイル発射警報について、対象地域の住民が取るべき行動について混乱が見られたようです。ミサイル警報が発令された青森県では、このような光景があったようです。

青森県庁近くで客待ちをしていたタクシー運転手の川越義美さん(67)は、Jアラートが鳴っても「ミサイルが落ちてくることはないだろう」と静観していた。だが、10~15分後から県庁職員が次々と自家用車やタクシーで県庁に乗り付け始め、「やばいのかなと思った」。地下への避難を求められても、「青森に地下なんてほとんどない。どこに逃げたらいいのか」と困っていた。

出典:Jアラート、受け手に困惑も 「青森に地下なんてない」

青森に避難する地下なんて無いという切実な悩みです。実際、Jアラートでテレビやネットで配信された国民保護に関する情報は、以下の文面でした。

ミサイル発射。ミサイル発射。北朝鮮からミサイルが発射された模様です。頑丈な建物や地下に避難して下さい。

出典:Yahoo!天気・災害 国民保護情報

この配信された情報が「頑丈な建物や地下に避難」という、ごく短い指示だったことが混乱を招いたのかもしれません。この報道を受けて、「政府の指示は実現不能で役に立たない」といった意見が、ネット上で多く見られました。

ところが、緊急事態の際の行動について紹介している内閣官房の国民保護ポータルサイトでは、ミサイル落下時の行動について、次のように推奨しています。

内閣官房「弾道ミサイル落下時の行動について」
内閣官房「弾道ミサイル落下時の行動について」

屋外にいる場合、可能ならば地下や頑丈な建物に避難というベストの方法に加え、それが無い場所では物陰や地面に伏せて頭を守るといった次善の策を示しています。しかしながら、Jアラートではこの次善の策が配信されていなかったため、地下も頑丈な建物も無い地域では、どうしたらいいか多くの方が困惑してしまったのかもしれません。

Jアラートは多くの国民保護情報に対応しており、配信されるメッセージの多くはあらかじめ定型文で用意されています。今回も北朝鮮のミサイル発射を想定した定型文が流れていましたが、前述したこの定型文に「頑丈な建物や地下に避難」しかないのは問題があったかもしれず、今後の検証が必要になるかもしれません(Jアラートの機能や仕組みについては、拙稿「ミサイル情報だけでないJアラート。どんな時にどう動く?」を御覧ください)。

ところが、この次善の策についても、疑問が唱えられています。生身の状態で伏せて何の意味がある、といった意見のようです。また、警報が鳴ってから、落下までの数分の時間で何が出来るのか、といった意見も多く見られました。

この点については、世界で最もミサイル防衛が進んだ国であるイスラエルを見てみましょう。パレスチナ問題等でイスラエルは国際的な非難を受けているものの、同時にガザ地区からのロケット攻撃に日常的に晒されている国でもあります。イスラエルでは世界でも最も濃密な何重ものミサイル・ロケット防衛システムを構築しており、それらは実際に高い迎撃率を誇っています(詳細は拙稿「迎撃成功率9割。イスラエルのミサイル防衛システム「アイアンドーム」とは?」を御覧ください)。

しかし、ミサイル防衛システムといったハードウェアのみならず、避難についての住民の意識も重要です。システムは100%絶対ではなく、撃ち漏らしや、破片による被害も考えられるからです。イスラエルの多くの家庭では、自宅にシェルターが設置されており、ハード面での対策は進んでいます。しかし、屋外にいる際に警報が鳴った場合、建物などの閉鎖空間に逃げられない人は、手を頭に被せて地面に伏せるべきとイスラエル国防軍は推奨しています。実際に屋外でロケット攻撃に備えるイスラエルの人々の写真を見てみましょう。

ロケット攻撃により、テルアビブで地面に伏せる市民(イスラエル国防軍公式ブログより)
ロケット攻撃により、テルアビブで地面に伏せる市民(イスラエル国防軍公式ブログより)
自身を守るため地面に伏せる市民(イスラエル国防軍公式ブログより)
自身を守るため地面に伏せる市民(イスラエル国防軍公式ブログより)
車を停車させ、物陰に伏せて備える市民(イスラエル国防軍公式ブログより)
車を停車させ、物陰に伏せて備える市民(イスラエル国防軍公式ブログより)

ロケット攻撃に対する経験を世界で最も積んだイスラエルでも、屋外では伏せる避難法が取られています。そしてもちろん、これは必ずしも確実な方法ではありません。しかし、イスラエル南部では警報が鳴ってから着弾まで数分どころか15秒以下の場所もあり、その間にシェルター等に駆け込むのは現実的ではありません。すると、残るのは伏せて頭を守るといった、少しでも被害を減らそうとする行動を取るしかありません。自分の命を守る可能性を少しでも高める行動を可能な限りとるのは、全く自然な行為だと思います。

そもそも、今の我々も数秒で対応を迫られる事態に直面しています。携帯電話にも機能が搭載されている緊急地震速報がそれで、大きな揺れから数秒といった猶予しかない時でも、我々はとっさの対応を迫られます。これはミサイル警報より、ずっと猶予が無いものですが、個人から多くのインフラ企業は、その僅かな瞬間に被害を少しでも減らそうと行動を取ります。これも少しでも命を守るための行動です。Jアラートと何の違いがあるのでしょうか?

ミサイル攻撃は多くの市民にとって、理不尽で厄介なものです。そして、100%の対策は無いと言ってもいいでしょう。しかし、僅かな間で、少しでも生き残る可能性を高めること。そのためにJアラートを始めとした警報はあります。そして、今回の件を通じ、様々な問題も見えてきました。まずはこれを解決し、もしもの時の実効性を高めていくのが、今は重要なのではないでしょうか?

【参考】

イスラエル国防軍公式ブログ"Israel Under Fire: Life Comes to Hal"

Webライター(石動竜仁)

dragoner、あるいは石動竜仁と名乗る。新旧の防衛・軍事ネタを中心に、ネットやサブカルチャーといった分野でも記事を執筆中。最近は自然問題にも興味を持ち、見習い猟師中。

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