迎撃成功率9割。イスラエルのミサイル防衛システム「アイアンドーム」とは?
先日の拙稿、「ガザ侵攻、イスラエル・ハマス双方の事情と国民の選択」でも触れましたが、8日に始まったガザ地区へのイスラエル軍によるガザ地区への軍事作戦”Operation Protective Edge”以降、イスラム原理主義組織ハマスがイスラエルに向けて1000発以上のロケットを発射したにも関わらず、22日現在でイスラエルの民間人死者は1名という軽微な被害に留まっています(1名であっても、イスラエル現政権は国民から非難されていますが)。これはハマスのロケットの精度が悪い事も一因ですが、イスラエルに近年配備されたミサイル防衛システム「アイアンドーム」によって、人口密集地に落ちるロケットのほとんどが迎撃されている事も大きいのです。
迎撃成功率約90%。「アイアンドーム」
アイアンドームは2011年に実戦配備が始まった防空システムで、長距離ロケット弾、迫撃砲弾といった射程4km~70kmの兵器を着弾前に迎撃する事が可能です。アメリカからの資金援助を受け、イスラエル国防軍とラファエル・アドバンスト・ディフェンス・システムズ社(イスラエル)により2007年から開発が進められてきました。
アイアンドームは、ハマスのロケット発射を10秒以内にレーダーで探知し、墜落予想地点を計算してから21秒以内にロケットを迎撃するタミールミサイルを発射します。この時、人口密集地に落ちると判断されたロケットに対してのみ迎撃ミサイルは発射され、砂漠等に落ちるロケットは無視されます。発射されたミサイルは目標に接近すると爆発し、破片を目標に浴びせかけ破壊します。
2012年に行われたガザ地区への軍事作戦”Operation Pillar of Defense”では、ハマスは8日間で1506発のロケットを発射しましたが、そのうち421発がアイアンドームにより迎撃され、人口密集地に落ちたのは58発と、被害を与えるロケット計479発に対して、9割近い迎撃成功率を誇っています。(動画はアイアンドームによる迎撃の様子)
2014年7月現在、アイアンドームは5個中隊が配備されており、現在進行中の”Operation Protective Edge”においても、同様に高い迎撃成功率を維持しています。イスラエルの人口密集地をカバーするには、アイアンドーム13個中隊必要だとイスラエル空軍は述べており、今後も調達・配備が続く事になります。
ここで不思議に思われた方もいらっしゃるかもしれません。こんなに優れたミサイル防衛システムがあり、イスラエル国民の被害も小さいのなら、なんで何百人ものパレスチナ人が死ぬ事になる軍事行動を始めたのか、と。先日の拙稿では、イスラエル国民が攻撃を望んでいる背景をお伝えしましたが、今回の軍事作戦には他にも理由があります。その理由は、このアイアンドームの限界にも関係しているのです。
アイアンドームで迎撃できない長射程ロケットの拡散
今回のガザ地区地上侵攻に至った問題の1つに、アイアンドームで対応できない、より射程の長いロケットがハマスに渡った事があります。元々、ハマスが持っているロケットの射程は短いものでした。ところが、近年になりイラン・シリア経由で長射程ロケットが流入し、射程45kmの「ファジュル3」、射程75kmの「ファジュル5」と年々長射程化していきます。
今年7月には、射程160kmの”M-302”あるいは「ハイバル1」と呼ばれるロケットが、ガザ地区から発射されました。このM-302は、元々は中国が輸出用に開発したWS-1(衛士1)を原型にしており、イラン・シリアでライセンス生産されたものが、地下トンネル経由でハマスに流れてきたと言われています。M-302の160kmという射程は、ガザからイスラエル国土の大部分を攻撃可能になる事を意味しており、イスラエルにとっては非常に脅威となります。
ところが、アイアンドームにとって、M-302は迎撃を想定していないロケットなのです。冒頭に書きましたように、アイアンドームは「射程4km~70kmの兵器」を迎撃対象としており、より長射程のロケット・弾道弾に対しては、開発中の「ダヴィデズスリング(ダヴィデの投石機)」と呼ばれるミサイル防衛システムの完成・配備を待たなくてはなりません。ダヴィデズスリングは2014年開発完了予定ですから、実戦配備にはまだ時間がかかります。イスラエルが軍事作戦を急いだ背景には、ダヴィデズスリング配備前に長射程ロケットの流入と発射を阻止したい意向があったものと思われます。
このような長射程ロケット兵器の拡散が、イスラエルによるガザ侵攻の背景の1つとなっていましたが、長射程・高威力の兵器の拡散は世界的な問題になっています。先日のウクライナでのマレーシア機撃墜事件で、親ロシア派組織によるミサイル発射が疑われていることからも、その事が窺われます。近い将来、もっと日常に近い場所で、これらの兵器が使われない保証は無いのかもしれません。