【ライヴ短評】弾き手がピアノと共振した稀有なステージ(ブルーノ=レオナルド・ゲルバー@東京文化会館)
“今世紀最も偉大なピアニスト”のひとりと言われるブルーノ=レオナルド・ゲルバーの来日公演。
クラシックは“業務範囲外”を理由にチェックをサボっていたので、かろうじて記憶している現役ピアニストのなかに彼が入っていなかったことを、あらかじめ告白しておかなければならない。
♪ “天才”にふりかかった天の采配
アルゼンチン生まれのブルーノ=レオナルド・ゲルバーは1941年アルゼンチン・ブエノスアイレス生まれ。3歳からピアノを始めて、5歳でリサイタルを開く。
いわゆる“早熟の天才”だ。
しかし彼がさらなる天の才を発揮するのは、そのあとからだった。
7歳になるころ、重い小児麻痺に罹ってしまう。そして、1年以上も寝たきりの状態で過ごさなければならなくなってしまったのだ。
運動機能を阻害することから、ピアニストを夢見ていたであろう子どもには残酷な病気であったと想像するが、彼はピアノから距離を置こうとはしなかった。
リハビリにもなると考えたのだろうか、親御さんもベッドに横たわったままの彼のためにピアノを改造し、まさにピアノを弾きながらの療養環境を整えてくれた。
その後は、19歳でパリに奨学生として留学。1961年のロン=ティボー国際コンクールでは3位入賞。その3位も、「彼こそ1位だ!」という異論が噴出したほどの演奏だったそうだ。
これは、彼の病気や振舞いによる先入観と、現実の圧倒的な演奏による感動を、受け手が上手く合わせて消化できないために起きたエピソードと言っていいのではないだろうか。
♪ 聴いたことのない音に幻惑される
さて、当夜のプログラムは、ベートーヴェンの「月光」と「ワルトシュタイン」、2部はシューマンの謝肉祭とショパンのアンダンテ・スピアナートと華麗なる大ポロネーズ。
歩くのが不自由で、介添えされて登場したときは、「これからベートーヴェンの、しかもピアノ・ソナタを続けて弾けるんだろうか?」と思ったのは正直なところ。
しかし、そんな“邪念”は、最初の1音でぜんぶぶっ飛んでしまった。
「月光」だから、ピアニッシモで始まる。ところが、その音の密度が凄い。
一方の「ワルトシュタイン」は、弾けるような強さ。
ピアノを観ていて“閃光”を感じたのは、初めてかもしれない。
高音の粒立ちが半端ないだけじゃなくて、低音は弦の共鳴がしばらく残ってジーっと、ピアノの周辺を旋回しているような感じなのだ。
最初はその音が、機器の不具合かなにかかと思っていた。
でも、PAのないクラシック・ホールに自分がいたことをすぐに思い出した。そんな電気的なノイズが発生するなんて、ほぼありえない。それに気がついて、「あ、ピアノの音なんだ!」と理解できた。
この音響には、多分に東京文化会館小ホールという“場所”も関係している。
世界的にも最高と言われている音響で、世界の至宝を観る機会は、弦の鳴りまで見えた至宝のひとときになった。