上川陽子外相が総裁選候補に急浮上、その理由と初の女性首相への展望は
岸田内閣の支持率が急落するなか、高市早苗担当大臣が勉強会を主宰し、青山繁晴参院議員が総裁選出馬を宣言するなど、「ポスト岸田」ともとれる動きが連日報じられている。来年の総裁選に向けた駆け引きとみるほか、任期途中の総辞職まで可能性があるのではないかとの観測もあり、今後このような動きが内閣支持率の推移を睨みながら緩やかに進むだろう。
次期総裁選の話題では、いわゆる「小石河連合」と呼ばれる、小泉進次郎元環境相、石破茂元幹事長、河野太郎デジタル大臣の名前がのぼるほか、西村康稔経産大臣と高市早苗担当大臣を入れた5人が「当面の候補」と呼ばれているが、これに加えて最近の永田町では、どこからともなく「上川陽子首相待望論」が取り沙汰されるようになってきた。筆者はこの「上川陽子首相待望論」を注目しており、今回は、初の女性首相候補としてはまだまだダークホース扱いでもあるこの首相待望論を論ずる。
上川外相の経歴
上川外相は東大(国際関係論)を卒業後、三菱総合研究所研究員を経て、ハーバード大学ケネディスクールで政治行政学修士号を取得。米上院議員の政策立案スタッフを務め、帰国後は政策コンサルタント会社を設立するなど、特に国際派の政策通で知られている。
政界への初挑戦は1996年、小選挙区制初となる第41回衆議院議員総選挙に静岡1区で出馬し落選するも、2000年の第42回衆議院議員総選挙にて初当選。以来、比例復活や落選も経験しつつ、現在までに当選7回を数える。
閣僚としては異例となる「三たび登板」となった法務大臣のほか、公文書管理担当大臣、内閣府特命担当大臣などを歴任し、現在は外交を重視する岸田政権のもと、外務大臣を務めている。公文書管理担当大臣としては公文書管理法の制定に尽力したほか、法務大臣時代の2018年には、オウム真理教の裁判で死刑が確定した死刑囚13名の死刑執行を命じたことで知られ、このことから法務大臣退任後も警護が必要とされる終身警護対象者であるとされている。
上川外相の永田町での評判
永田町で「上川首相待望論」が支持される理由には、上川大臣の人となりもあるだろう。
上川氏は丁寧な言葉遣いと配慮、そしてこまめな対応で知られている。自民党内でも「急な公務で上川さんの選挙区に入ることになり事前に連絡もできずにいたが、公務を終えて東京に着く前には御礼の電話があった」(中堅議員)、「選挙の時に上川さんに応援に来ていただいたが、選挙区事情などの事前リサーチがしっかりしていて、そのせいか応援の演説も滑らかな語り口のなかに説得力や力強さもあり、支援者の評判がすこぶる良かった」(若手議員)、「ほかの総裁選候補と異なり、コミュニケーションが丁寧であり、明らかな敵がいないのが一番の強み」(閣僚経験者)との声が聞こえる。
また、国際派と評される上川外相は現在、ロシアによるウクライナ侵攻や、イスラエルとパレスチナの紛争という国際情勢の緊迫化に対応しているが、11月の衆議院安全保障委員会では、与党筆頭理事の小泉進次郎元環境相が、外務大臣の委員会出席は答弁を求められた時のみにするという提案を行い、野党側も受け入れるなど、上川外相への期待から、党派を超えた一定の配慮がうかがえる。
「上川首相待望論」はどこから生まれ、本人はどう答えたか
「上川首相待望論」の発生源は不明だが、少なくとも今年夏ごろからその声は聞こえ始めていた。今年6月13日には故・北村誠吾前衆議院議員の国会における追悼演説が衆議院で行われ、故北村議員と当選同期であり、同じ会派「21世紀クラブ」メンバーでもあり、さらに同じクリスチャンという共通点もあった上川衆院議員が演説を行い、高い評価を得た。そして今年9月の内閣改造では林芳正外相を留任せず、上川元法相を外相として抜擢したことが、上川氏の安定性を首相が評価しているとの見立てが強まる要因となった。7月20日には産経新聞が「女性首相候補に変化 注目は小渕氏や上川氏」との記事を配信している。
9月の内閣改造では、女性閣僚が5人登用されるというこれまでにない「女性積極登用」の人事だったが、組閣後に複数の女性閣僚に関する政治スキャンダルが飛び出したものの、かねてから大臣を複数回経験している上川外相にはそのような醜聞は聞こえず、安定性の評価は与野党でも折り紙つきと言える。
そのようななかで、G7外相会合などを終えた上川外相に対する産経新聞のインタビューにおいて、「自民党内には将来の〝上川首相〟待望論がある。首相・総裁を目指すか」との問いがあり、上川氏は「このポストが欲しいと言ったこと一度もなく、巡り合わせだと考えてきた。今回の外相も想像をしていなかった。そのポジションでやるべきことを開拓していく力がない限りは、どこに行ったとしても力を発揮できないし、役割も半減してしまう。いかなる立場であったとしても、その任務に当たる場合にはベストを尽くす」と述べている。積極的な発言こそないものの否定するわけでもなく、また謙虚な姿勢を評価する声が与党内では聞こえている。
上川首相待望論を支える理由
これらの人となりと実績に加え、「女性初の総理大臣」という悲願という大きな外的環境要因があるのも、また上川首相待望論を支える理由の一つだろう。
今月、東京麻布台の飯倉公館で行われたG7外相会合では、G7と欧州連合外務・安全保障政策上級代表の8人のうち、4人(日本、フランス、ドイツ、カナダ)が女性外相であった。またG7の元首をみると、イギリス、ドイツ、カナダ、イタリアは女性首相の経験があり、日本の政界における女性進出が遅れていることからも、早期の女性総理誕生は差し迫った課題であることは明らかだ。
過去の自民党総裁選での女性候補といえば、高市早苗氏(2021年)、野田聖子氏(2021年)、小池百合子氏(2008年)などが出馬に至ったが、野田聖子氏は前回の総裁選で4人中の4着だったこと、小池百合子氏は(二階氏と親しいとされているものの)東京都知事の立場であり自民党総裁選への出馬はできないことから、実質的には高市早苗氏のみが現時点にいたっても有力と言える状況だ。大臣経験もある小渕優子党選対委員長などの名前も上がるが、党四役に就任したばかりでもあり、まだ早いとの声が多い。
上川外相の総裁選への展望
仮に岸田内閣の支持率が低下して(総裁選を待たずして)総辞職するなり、岸田首相の総裁選再出馬が断たれた場合、現在宏池会(岸田派)に所属する上川外相の首相待望論は高まると予想される。仮に総辞職となった場合には総裁選に代わる両院議員総会により、国会議員だけで投票が行われる可能性が高い。その国会議員票を読むと、所属する宏池会のほか、上川外相を評価しているとされる菅義偉元首相のガネーシャの会や、宏池会と近い有隣会(谷垣グループ)などが支持するとされるほか、前回総裁選で野田聖子氏の擁立に動いた二階派の一部重鎮も上川外相を推すとみられており、菅元首相・二階元幹事長と近い森山総務会長率いる森山派も入れることができれば、国会議員票だけで考えても主力候補になりえるだろう。何よりも、人となりの項でも触れた「敵が見当たらない」との評価が強みとなるだろう。
一方、来年9月の自民党総裁選をフルスペックで行う形となった場合には、上川外相にとって党員票が課題となるとみられる。同じ女性候補である高市早苗大臣や、主力とみられる「小石河連合」と比べると、まだ市井の知名度は十分とは言えない。また、外務大臣という重責を担っていることから、テレビなど報道への露出は多いものの、地方行脚などといった活動はしにくいことも課題だろう。岸田政権に対する北風が強まるなか、内閣の一員で首相派閥でもある上川外相に、党員が期待を寄せることができるのか、上川外相の発信力が今後試されるとみられる。