【権力との戦い方】英ガーディアン紙のベテラン記者「調査報道は世界を変える方法だった」
内部告発サイト「ウィキリークス」の「メガリーク報道」(2010年)にからみ、英国の左派系高級紙「ガーディアン」の調査報道の方針やその実践について、何人かに取材したことがある。権力とメディアの関係性、いかに圧力に負けずに真実を探求してゆくか、実際はどんな感じなのかー日本のメディア報道にも大いに参考になることがあったように思う。
日本の調査報道にエールを送るために、過去記事に補足したものを数本、ここに掲載してみたい。オリジナルは「Journalism」(朝日新聞出版社)に2010年から2011年に掲載され、筆者のブログやキュレーション・メディアなどに転載された。今回は「Journalism」(2010年4月号)掲載のインタビュー記事に加筆した。肩書きや数字は当時のものだが、更新できるものは更新した。
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「調査報道は世界を変える方法だった」
英国で、新聞記者による調査報道はいつどのようにして始まり、実際に調査報道に関わっている記者はどのように取材を行っているのだろうか?そんな疑問を解くために、英高級紙ガーディアンの調査報道エグゼキュティブ・エディター、デービッド・リー氏に聞いてみた。
リー氏はケンブリッジ大学卒業後、スコッツマン、タイムズ、ガーディアン、オブザーバーなどで勤務。1990年代、保守党政権の閣僚だったジョナサン・エイトケン氏の兵器売却契約を巡る収賄疑惑をガーディアン紙上で追及したことで知られる。エイトケン氏は同紙を名誉毀損で訴え、裁判になった。最終的に、同氏は偽証罪で有罪となり、禁固刑を宣告された。リー記者は国際的な汚職問題を暴くことが多く、防衛大手BAEシステムズの賄賂提供疑惑を数年間にわたり報道したことでも知られる。ロンドンシティ大学では英国初の報道担当の教授として教鞭を取る。
一対一で話すと、リー氏はとても温和な感じの人物だ。物静かに話す様子を聞いていると、こんな男性のどこに大きな権力と戦うエネルギーが出てくるのかなと不思議に思う。
ガーディアン内で行われたリー記者のインタビューの紹介に入る前に、「調査報道」(investigative journalism)の解釈について。
ネットで検索してみると、その定義はいろいろあるようだが、日本では、官庁や企業が大手メディアに出すリリースや会見などで得られた情報を基にした報道と対極の位置にあるものと考えられているようだ。
英国では1つの典型として、「政治家、政府、大企業、そのほか権力者が公開したくない情報を暴露する」報道が「インベスティゲティブ・リポート(あるいはインベスティゲティブ・ジャーナリズム)」と同義語として使われる場合が多い。「インベスティゲート」(investigate)は警察などが「捜査する」という意味にも使われる。
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─英国の調査報道の伝統はいつから始まったのでしょう?
デービッド・リー氏:私の記憶では、1960年代にさかのぼります。当時、ノーザン・エコー紙のハロルド・エバンズ編集長が、えん罪事件の真実を解明するための報道を始めました。犯人とされた男性はすでに絞首刑になっていましたが、報道をきっかけにえん罪が晴れました。英国の死刑制度廃止の発端を作った大きな事件でした。
ノーザン・エコー紙の後でサンデー・タイムズ紙の編集長となったエバンズ氏は、大規模な調査報道を開始しました。その1つの帰結がサリドマイド事件(睡眠薬サリドマイドを服用した妊婦から奇形児が生まれた事件)の報道です。
典型的な調査報道でした。たくさんの時間とお金が使われましたし、司法体制への挑戦でした。結果として、多数の奇形児に補償を与えることができたのです。国家権力と戦い、お金を使う用意があり、大きなスキャンダルを世に出したという意味で、私が考えるところの典型的な調査報道(インベスティゲティブ・ジャーナリズム)でした。
サリドマイドは、当時エバンズ編集長が手がけた、たくさんの調査報道の1つでした。非常に大掛かりで、時間を長くかけてやっただけでなく、紙面を一度に4面も5面も使いました。ほかには、二重スパイだったキム・フィルビーの正体を暴露した報道が著名です。
当時、エバンズ氏や彼の指揮の下で「インサイト」という調査報道の連載を担当していた記者たちがインスピレーションを受けたのは、米国のウォーターゲート事件(1972年、米ワシントンのウォーターゲート・ビルにある民主党全国委員会本部に盗聴装置が仕掛けられようとしたことに端を発し,ニクソン大統領の辞任にまで発展した事件)です。私がやったたくさんの調査報道や、米英で行われた調査報道のルーツもウォーターゲート事件にあります。特に、当時は私はまだ若者でしたから、刺激を受けました。
―既存の体制に挑戦するという、時の機運(60年代-70年代)とも一致していたのでしょうか。
そうです。時代背景と切り離すことはできません。権威に対し挑戦する、まさに60年代のスピリットでした。当時若者だった私たち全員が、「世界を変えよう」と思っていたのです。調査報道は、世界を変える一つの方法でした。
―最初の仕事先はスコットランドの主要高級紙「スコッツマン」でしたね?
そうです。大学卒業後、最初はスコッツマンで働き始めました。エディンバラ本社で数年間働き、それからロンドンに来てタイムズ、そしてガーディアンに行ったのです。
―スコッツマンにも体制に挑戦するという雰囲気があったのでしょうか?
いいえ。スコッツマンは非常に保守的な新聞でしたので、見習いをやって、ロンドンに来てから調査報道にやるようになりました。
―エバンズ氏と働いたことはありますか?
私はタイムズで働きましたが、彼はサンデー・タイムズにいまして、当時別々の媒体だったんです。これまでに一緒に働いたことはありません。
調査報道を本格的に始めたのはガーディアンに来てからです。仕事をしながら、情報公開に関わるキャンペーンの本を書きました。これが1980年です。公務員機密保持法や裁判所の秘密保持などをテーマにして、司法に関わる分野も扱うようになりました。
「ライターのための新聞がガーディアン」
―1980年代初期のガーディアンの雰囲気はどんな感じでしたか?調査報道を記者に書くように奨励するような感じだったのでしょうか?
当時は、ライター(作家・書き手)のための新聞でした。ガーディアンの中にいて、ライターであれば、大きな自由がありました。何を書くかを選ぶことができ、いろいろな部署で書くことができました。非常に解放的な雰囲気がありました。
―扇情的な、売れ行きが伸びるような記事を書くような圧力はなかったのでしょうか。
ありませんでした。当時、ガーディアンはお金がない新聞で、いつもお金が無くなるんじゃないか、という心配はありました。でも、扇情的な話を書かなければならないという圧力はありませんでした。論外でした。それはタブロイド(大衆紙)がやることです。ガーディアンは非常にまじめな新聞ですから。
―日々の仕事、つまり調査報道以外の仕事をやる義務はなかったのでしょうか。
ガーディアン内で、私は調査報道ができるとジャーナリストだという評判を作ったので、そういうことはありませんでした。後でガーディアンの日曜版的な存在であるオブザーバーに行って、調査報道のチームを作るようにいわれました。そこで自分の好きなことをやることができました。少人数のチームでやっていましたが、1週間に一度出せばいいわけです。このチームでたくさんの調査報道を行いました。一例はサッチャー元首相の息子マークのビジネス上の友人が関わった事件でした。
―現在でも、オブザーバーには調査報道のチームがあるのでしょうか?
今はありません。20年以上前の話です。週に一回ですので、調査報道が可能だったのでしょう。日刊紙だと、その日の出来事に関わらざるを得なくて、忙しすぎます。仕事の囚人になってしまいます。短期的な見方しかできなくなります。
「批判をすることが仕事だ」
─権威に挑戦すると、裁判沙汰になることも含め、様々なリスクがあります。例えば大企業が巨額の弁護士費用を使って新聞を黙らせようとするかもしれません。新聞社にとっては裁判費用など金銭的負担が大きくなりますが、どうなのでしょうか。
ガーディアンのアラン・ラスブリジャー編集長(当時)から支援を得ています。たとえリスキーでも、調査報道を続けるべきだと編集長は考えています。読者がガーディアンを買うのは、エスタブリッシュメントに挑戦する記事があるからです。エスタブリッシュメントを批判するのが私たちの仕事です。読者は、ガーディアンがトラブルを起こすことを期待しているのです。
―脅しにはどう対処するのでしょう?
いろいろなところから脅しは来ます。政治家だったり、大企業だったり。ガーディアンは大企業からの法的な攻撃をたくさん受けてきました。しかし、ガーディアンには大企業や政府と戦っていく姿勢があります。編集長は、ガーディアンの名声の一部は、こうした姿勢に由来していると考えています。
―若い記者に調査報道を教えることは社内で行われていますか?
今はシティ大学で取材や調査報道にういて教えています。それと、何人かの学生に対して、ガーディアンが奨学金などを出して支援しています。研修の機会もあります。
―調査報道をやるときの倫理について、どう考えていますか?例えば、リー記者が、ガーディアンの特約記者ニック・デービス氏と一緒にやっている、調査報道に関する公開講座を聞きに行ったことがあります。デービス記者は、調査報道の奥の手として、情報源を守るために、取材をした人物の名前ばかりか性別も変える、居住地も変える話をしていました。デービス記者は、非常に珍しいケースであると説明していましたが。また、ジャーナリスト志望の女子学生が官邸に雇用され、そこで得た秘密情報を新聞にリークする事件がありました。この学生をある大手紙がその後雇いました。ジャーナリストとして、見込みがあると思ったのでしょう。これについてどう思われますか?私は倫理面から、おかしいと思ったのですが。それは、(1)読者に嘘をいってはいけないと思うのと、(2)リークをするために官邸に勤務した学生は官邸の信頼を裏切っており、次に雇用された大手紙でも同様のことをしないとは限らないと思うからですが。
名前と地名の変化を読者に言わない、あるいはリークをした人を雇う点について、あなたの見方に賛成です。事実は聖なるもので、読者に嘘は言ってはいけないと私も思います。女子学生の話も、倫理的におかしい。この女性はどうしてもジャーナリストになりたかったのでしょう。それで、これが最後のチャンスだと思って行動したのでしょう。確かに、スクープになりました。それでも、私は彼女の行為には賛同しません。新聞は彼女を雇用するべきではなかったのです。私だったら雇わないでしょう。
「倫理的には怪しい手段も・・・・」
─真実を報道するためには、時には非合法すれすれの手段(「ダークアーツ」)を取ることも可としますか?
そういうこともあり得るでしょう。公開講座の後で、ジャーナリズムと法について考えていました。しばしば、私たちはボーダーラインにいます。真実が隠されており、合法な世界にいるだけでは、何も探し当てることはできないことがあります。非常にしばしば、いわゆる「ダークアーツ」を使わざるを得ない状況にいるのですー倫理的には怪しい手段を。
しかし、そういうときのために、ジャーナリストは道徳上のコンパスをもっていなければなりません。いま自分がやっているのは公益のためかどうかを判断するコンパスです。「公益のためか?」と自問して、答えがイエスだったら、継続してやるべきです。例えばごみ箱をあさったり、他の人が持っている書類を非合法でも入手するなどの方法です。
問題は、 多くの英国のジャーナリストが、「公益かどうか」を自問しない点です。「これで新聞が売れるかどうか?」を自問してしまうのです。
―大多数のジャーナリストがそうなのでしょうか?
おそらく、大衆紙はそうです。サンデー・タイムズもそうかもしれません。
―サンデー・タイムズは「高級紙」(クオリティー・ペーパー)ですよね?
思っているほど高級ではないかもしれませんよ。汚い手を使うこともあるでしょう。あまり公益の意味が分かっていないのではと思います。時として、センセーショナリズムに走っていますーほとんど倫理的な疑問を持たずに、新聞を売ろうとしています。(米メディア大手ニューズ社の会長ルパート・)マードックの新聞で働く人はすべて、非常に堕落した組織に働いているので、その人自身も堕落してしまう、と私は見ています(注:サンデー・タイムズはニューズ社傘下。ガーディアンにとって、ライバルとなるのがニューズ社のメディアである)。
―裁判費用が巨大化しています。この結果、調査報道は難しくなったと思いますか?
調査報道はいつの時代も難しかったのです。最大の障害の1つが大きな裁判費用です。英国の司法体制は、弁護士の利益になるように作られているように見えます。
かなり大きな組織でも、大企業といつも戦うわけにはいきません。何らかの司法改革が必要です。名誉棄損に関わる裁判を簡素化し、もっと安くできるようにするべきです。裁判費用全体がもっと安くなるべきだと思います。
メディア構造の大きな変化
―あなたや数人の調査報道をするジャーナリストがいなくなったら、調査報道はどうなりますか?
それよりも重要なのは、メディアの構造の大きな変化です。印刷メディア自体が大きな危険に瀕しています。消えてなくなってしまうかもしれないーこれが私の懸念です。
ガーディアンは継続するお金をまだ持っていますし、調査報道はここでは優先事項です。しかし、これ以上財政状況が悪化すれば、どうなるでしょう?先は誰にも分かりませんよね。
刻々と変化するメディア環境の中で、ネットで流れているようなニュースが載っている新聞は買わないだろう、とラスブリジャー編集長は考えています。買ってもらうためには新聞には特別なものがないといけない、と。長期的な、権力に挑戦する捜査報道や、ガーディアンでなければ得られない報道がないと駄目だろう、と。
―ネットは敵ですか?
お金の面で言えば、敵です。印刷メディアのビジネスモデルを崩しているのです。非常に恐ろしい問題だと思っています。
―実は、今手にしているガーディアンは、今朝、自分で買ったものです。
どうもありがとう!本当にありがとう!これで家賃が払えます。
日本へのアドバイス
―日本のメディアへのアドバイスと、ジャーナリストの要件についてお聞かせください。
民主主義社会でのジャーナリストの重要な役割は、現実の検証です。どんな社会も嘘や隠し事があっては長続きできません。独裁政権の特徴はすべてに対して常に嘘を言うことです。最後には独裁者は倒れます、現実と公式の現実とのギャップが大きすぎるからです。
優れたジャーナリストたちが、社会の真実、つまり、何が起きていて、何が起きていないのか、何が良くて何が悪いのかを継続して出してゆけば、民主主義社会での自己矯正のメカニズムを作り出すことができます。人々が何が問題かが分かって、これを直すことができます。民主主義社会では、活発なメディアが重要な役目を果たしますー同時に、新聞を売ろうとしているわけですが。
真実の情報を出すニュース媒体が必要です。調査報道がなければ、すべての情報が汚染されてしまいます。企業の広報や政治家のメッセージ、商業的なメッセージは嘘なのです。
広報や政治家の嘘のメッセージに挑戦するジャーナリズムは、民主主義社会が機能するためには必須なのですー多分。まあ、これが私が、自分の仕事を社会的に正当化するときの説明なのですがー。
―しかし、いくらやっても巨大権力の嘘は続くという状態にがっかりしないのでしょうか。
時には非常に疲れて、暗い気持ちになります。悲観的になります。これだけたくさんのことをやっても、どれほどの違いがあるのだろう?違いなんかありはしない、と。
しかし、実際はそうではないのです。政治家や大企業はメディアのことを少し恐れているのです。政治家や大企業をやや違った風に行動させることは可能です。 私たちに力がないわけではないのです。(終)
(初出「Journalism」2010年4月号)