一日に野沢菜を18kg使う老舗町中華! 40年の歴史に幕を下ろした「築地やよい軒」復活の軌跡
2022年7月25日、中央区築地に一軒のラーメン店が開店した。「東京築地やよい麺」である。
看板メニューは店名を冠するラーメン「やよい麺」。
炒めた野沢菜と豚肉が大量に乗ったボリュームのある一杯。なかなか他ではお目にかかれない一品だ。
早くもオープン日には160杯、その後も一日平均140杯を売り上げるほどの人気だ。
実はこのお店は純粋な新店ではなく、老舗の町中華を継承したお店。
2022年5月27日に40年の歴史に幕を下ろした「築地やよい軒」の継承店なのである。
「築地やよい軒」は店主の村田健治さんと妻の春江さんが1982年に創業。
ビルの地下一階という町中華としてはあり得ない立地ながら、多くの常連客のいる人気店だった。
昨年末に引退を決意した春江さんが、ある常連客に相談を持ち掛けたところ、知人の料理人である山本高志さんを紹介してもらった。店にも何度か食べに来たこともあった山本さんに店を継承し、「築地やよい軒」は「東京築地やよい麺」として復活を遂げることになったのだ。
40年間夫婦二人で切り盛り
まずは「築地やよい軒」の歴史を見ていこう。
健治さんはもともと中華料理の出身で、名店での修業経験もある料理人だった。
創業当時はラーメンのほか、ルースー麺やちゃんぽんなど中華系のラーメンが中心で、その後一品料理も増えていった。「売れるためなら何でも作る」というモットーで、メニューはどんどん増えていった。しかもそれを全て手作りで提供していた。
お店の売り上げが伸び悩んでいた頃、一つのメニューの誕生が店の救世主となった。「やよい麺」である。
修業先の“まかない”で食べていた青菜と豚肉を炒めたものをヒントに、それをラーメンに改良して作り上げた。
野菜は青菜ではなく、健治さんの故郷・長野の名産である野沢菜を使った。
この「やよい麺」が大ヒットとなり、一気に人気店となった。どんなに人気になっても40年間夫婦二人で切り盛りし、一度も人を雇ったことがないというのも凄い。
筆者もこの店のファンの一人だったが、お店は取材拒否を貫いていて、何度も取材を試みるも一度も実現したことがなかった。それは、常連客を大事にしたいという健治さんの思いだった。
ただでさえ人気店で、今来ているお客さんですらお待たせしている状態。その中でこれ以上お店が流行っても困るからだった。
レシピだけでは同じ味にならない
店を継ぐことになった山本さんは、今年の5月、一ヶ月間健治さんと一緒に働き、「やよい麺」のレシピを頭に叩き込んだ。
「食材や調味料の分量は決まっておらず、すべて先代のさじ加減でした。先代の言葉を言語化してレシピにしていくのが一番大変でしたね。
『やよい麺』は野沢菜と豚肉を中華鍋で炒めますが、鍋の火加減が大事になってきます。火加減も人が調整するものでレシピ化できません。レシピだけでは同じ味にならないんです」(山本さん)
町中華は店主のこの「さじ加減」が味のポイント。同じような食材で、どこでも手に入る調味料を使っていても、店主の「さじ加減」が個性となり、ここでしか食べられない一杯が完成するのだ。
7月のオープン後は、山本さんは常連客のアドバイスを大事にした。
「オープンの時は『ちょっと違うかな』と言っていたお客さんが、一週間後には『前と変わらない味になった』と言ってくださいました。お店を継承するからには、今までのお客さんに変わらず美味しいと言ってもらえることが絶対に必要だと考えます」(山本さん)
ゴワゴワ麺の量がどんどん増えていった理由
「やよい麺」は具材だけでなく麺も特徴的だ。
極太で平打ちのゴワゴワ麺は、台東区東上野にあるタチバナ製麺所の特注麺だ。町中華でこんなに太くて強い麺は殆ど見たことがない。
「もともとは築地の製麺所の麺を使っていましたが、閉業してしまったようで、タチバナ製麺所さんの麺に切り替えることになったそうです。前の製麺所のレシピがなかったので、何度も何度も試作を重ねて今の特注麺が完成しました」(山本さん)
麺量も物凄く多い。健治さんは1玉190gで仕入れていたが、その都度麺をほぐして1玉の量を増やして提供していたそう。「やよい麺」の注文が8人分入ると、麺を10玉茹でていたそうだ。
「今は1玉220gで仕入れています。先代がお客さんにお腹いっぱい食べてほしいということでどんどん量が増えていったそうです」(山本さん)
野沢菜、豚肉も1杯あたり100gとたっぷりだ。野沢菜は一日になんと18kgも使う。こんなに野沢菜を使う町中華も珍しいだろう。
味だけでなく“人柄”を大事にしたい
「築地やよい軒」の閉店が発表されると、TwitterやInstagramに思い出や閉店の悲しみの書き込みが溢れた。それを見て山本さんは涙が止まらなかったという。
「先代は『味は継がなくてもいい』『好きにやってくれたらいい』と言ってくれましたが、それではダメで、味だけでなく“人柄”も大事にしたいと思いました。
味はもちろんですが、お二人の人柄に惹かれてお客さんが集まっていた。そんなお客さんのためにもしっかり受け継がなければいけないと強く思っています」(山本さん)
後継者のいない町中華の閉店が後を絶たない中、店主が閉店を考えていたとしても、常連客が動いて事業継承に繋げるパターンは数多い。町中華の味と雰囲気をそのまま受け継ぐことはなかなか難しいと思うが、「築地やよい軒」はその好例といえるだろう。
東京築地やよい麺
東京都中央区築地2丁目1−16
03-3543-0798
※写真はすべて筆者による撮影