Yahoo!ニュース

「東京五輪」懐疑論にモノ申す

木村正人在英国際ジャーナリスト

本命は東京

2020年五輪の開催都市が7日(日本時間8日)、ブエノスアイレスで開かれる国際オリンピック委員会(IOC)総会で決定される。深刻な財政問題を抱えるマドリード、国内で暴動が吹き荒れ、隣国シリアの情勢が緊迫するイスタンブールを不安視する声が強まる中、東京が本命として急浮上している。

日本が選んだ都市ナンバーワンは?(Ipsos Mori調べ)
日本が選んだ都市ナンバーワンは?(Ipsos Mori調べ)

東京の不安材料は東京電力福島第1原発の汚水漏れだ。東京五輪招致委員会が4日、ブエノスアイレスで開いた記者会見でも汚水漏れに質問が集中し、竹田恒和理事長が「東京の食品、水、空気は安全だ」と不安払拭に追われた。

しかし、現地で取材しているテレビ朝日ロンドン支局のプロデューサー、デービッド・ヒッキーさんのツィートによると、IOCのクレイグ・リーディー副会長は「東京はフクシマの問題に取り組んでいる。五輪が開かれるのは来週ではないだろう」と汚水漏れを問題視しない考えを示したそうだ。

欧州諸国はもともとイスタンブールを推していたといわれている。欧州の建設企業が五輪関連のインフラ整備の受注を期待していたからだ。

トルコが選んだ都市ナンバーワンは?(同)
トルコが選んだ都市ナンバーワンは?(同)

しかし、トルコのエルドアン首相の強権的な政治手法を批判する暴動が吹き荒れたのに加え、隣国シリアのアサド政権が化学兵器を使用したとされる問題で米国が軍事介入する可能性が強まり、トルコへの影響を懸念する声がここにきて急速に広まっている。

一方、スペインの失業率は27.6%、若者の失業率は55%。不動産バブル崩壊で不良債権を抱えた金融機関に公的資金を注入して救済するため、欧州単一通貨ユーロ圏は金融安全網「欧州金融安定化基金」を通じた最大1000億ユーロ規模の支援策を正式に決定している。財政事情を考えると、マドリードは薄いと見るのが妥当だろう。

ちなみに英国の賭け屋の本命は東京で1.66倍、マドリード3倍、イスタンブール4倍。ブエノスアイレスに乗り込む安倍晋三首相が、2005年シンガポールで開かれたIOC総会直前、「料理が下手な人間は信用できない」という失言で自滅したフランスのシラク大統領の轍を踏まなければ、2020年五輪は東京に舞い降りる可能性が強いとみていいだろう。

五輪懐疑論

しかし、日本では東京五輪招致に対する批判的な声が少なくない。

神戸女学院大名誉教授、内田樹さんもブログで「気分が盛り上がらない第一の理由は、福島原発の事故処理の見通しが立たない現状で、国際的な集客イベントを仕掛けることについて『ことの順序が違う』と感じているからである。第二の理由は、招致派の人たちが五輪開催の経済波及効果の話しかしないからである」と疑問を投げかけている。

かくいう筆者も2012年ロンドン五輪開催前、建設が進む五輪公園の見学バスに参加、ロンドン市民が「財政再建に取り組んでいるのに五輪なんて開く意味があるの」と愚痴をこぼすのを聞いて、「先進国は新興国に五輪開催のチャンスを譲るべきだ。ロンドンで3回も五輪を開催する意味があるのか」と思った。

しかし、ロンドン五輪を目の当たりにして考え方が180度変わった。

東京五輪、大阪万博を経験し、プラザ合意以降の円高で海外旅行、海外留学が急増するのを見てきた世代にとっては、「五輪は国威発揚の場。高度経済成長を経験した日本がいまさら五輪を開いてどうなる」という気持ちがあるかもしれない。

内田さんが指摘しているように、2020年東京五輪誘致のメッセージがはっきりしない。1964年東京五輪には「アジアで初の開催」「戦後からの復興」という強烈なメッセージがあった。

今回、マドリード、イスタンブールの脱落に伴って、棚ボタ的に五輪開催を射止めることができたとしたら、そのチャンスを逃すのではなく最大限に活用すべきだと思う。

移民背景を持つ人口割合が5割を超える国際都市ロンドンから見ていると、内田さんの意見はある意味、「内向き」で「後ろ向き」のように思える。フクシマ対策と東京五輪は両立し得ないものでは決してない。

世界は国家間というより都市間で競争する時代になった。都市は国家のショーウィンドーだ。そして、五輪はその都市を活性化させる大きな原動力となる。

東京とイスタンブールの類似性

世論調査機関Ipsos Moriが24カ国1万8147人を対象にアンケートした「世界のトップ都市」の結果が4日、ロンドンの外国特派員協会(FPA)で発表された。

ビジネスがしたい都市は1位ニューヨーク、2位アブダビ、3位香港、4位東京。

住みたい都市は1位チューリッヒ、2位シドニー、3位ロンドン、13位東京。

旅行したい都市は1位パリ、2位ニューヨーク、3位ローマ、7位東京。

総合ランキングは1位ニューヨーク、2位ロンドン、3位パリ、7位東京。

ではスペインは?(同)
ではスペインは?(同)

ここまでなら「ふーん、そう」という内容の調査だが、日本の世論が国際都市をどう評価したかについて、Ipsos Moriのベン・ページ最高経営責任者(CEO)はうれしそうに「ここに日本人の方はいますか」と会見場を見回した。

手を挙げた筆者に、ページ氏は「これをみてください」と言った。ビジネスがしたい都市の1位東京、住みたい都市の1位東京、旅行したい都市の1位東京、総合ランキング1位東京。

手前味噌というべきか、それとも内向き志向、愛国心の故か。

次にトルコの結果に驚いた。日本と同じように1位はすべてイスタンブールだった。日本もトルコも民族の多様性に乏しいという共通項があるものの、日本は愛国心というより内向き志向、トルコはナショナリズムが根底にあるように感じられた。

筆者は「興味深い共通項を持つ東京とイスタンブールはいずれも2020年五輪開催都市の最終候補に残っています。五輪招致に成功したら、どんな変化を起こすことが可能でしょうか」と質問してみた。

パネラーの1人、ロンドン・スクール・オブ・エコノミクスのトニー・トラバース研究センター所長は「土木技術、建築、プロジェクトマネジメントのショーウィンドーになることが五輪効果の1つ。英国を驚くことに米国人のように楽観的にしたことがもう1つ」と指摘した。

これに先駆けて、ロバートソン・スポーツ・ツーリズム担当閣外相も「五輪を開催したことで市民はロンドンが国際都市であることを再発見できた。また、ロンドン自身もモデルチェンジすることができた」と五輪効果を強調した。

失われた20年の転機に

筆者は東京五輪開催が失われた20年ですっかり内向き志向になった若者たちに刺激を与え、世界に目を開かせる機会になればと思う。ロンドン五輪では財政削減のため宝くじ資金の活用、ボランティアの大量動員などの知恵が絞られた。

内向き志向の若者が五輪にボランティアとして参加し、世界中の人々とコミュニケートする。それだけでも日本の将来にとって大きなプラスになる。五輪は「内向き」を「外向き」に変える最大のチャンスだ。

たかがスポーツと思うなかれ。英国は1996年アトランタ五輪の金メダル1個からロンドン五輪では同29個と見事な復活を遂げた。その裏にはスポーツと科学のコーディネーション、マネージメントの妙が隠されている。

「世界第2の経済大国」という幻想に長らく浸っている間に日本は世界の最先端から随分、取り残されてしまった。それにまったく気づかずに「内向き」「後ろ向き」の論調がまかり通っているのが怖い。

世界との競争を避け、東京は1番と信じ込むぬるま湯に浸り続ける風潮をよしとしていいのか。筆者は次の世代に世界最高のアスリートのパフォーマンスをみてほしい。そして、その背後にある世界との格差を感じ取ってほしいと思っている。

「皇室の政治利用」

高円宮妃の久子さまがIOC総会に出席することについて、風岡典之宮内庁長官は「苦渋の決断」「天皇、皇后両陛下も案じられていると推察した」と述べたそうだ。

エリザベス女王は人気スパイ映画「007」シリーズのジェームズ・ボンド役ダニエル・クレイグさんと開会式のサプライズ演出に協力。馬術のモントリオール五輪代表のアン王女も2005年のIOC総会に駆けつけて、ロンドン五輪招致を後押しした。

ソフトパワーとして皇室が五輪招致に協力することが、戦争につながる暗い歴史を思い起こさせるとでも言うのだろうか。マドリード招致ではスペイン王室が全面協力している。宮内庁長官の発言こそ「後ろ向き」の象徴で、グローバルスタンダードから大きく外れている。時代錯誤も甚だしい。

日本はいつから、こんなに「内向き」「後ろ向き」になったのか。

危機的な日本

英国で今年4月からスポーツを取り巻く環境と政策を調査している専修大の久木留毅教授は「日本は安心、安全な国です。IOCは2016年リオデジャネイロ五輪でインフラ整備の遅れや犯罪対策、サッカー・コンフェデレーションズカップ開催中の抗議デモでやきもきしている。次は安心して開催を任せられる東京に投票するのではないでしょうか。日本は非常に内向きになっています。今、流れを変えなかったら、遅れてしまうし、このまま沈んでしまう恐れがあります。日本が危機的な状況であることは間違いありません。東京開催が決まったら、スポーツに取り組む環境を変えるチャンスにすべきでしょう」と話す。

IOC総会は一筋縄ではいかない。水面下の駆け引き、ちょっとした一言で状況が一変する。油断は禁物だ。(おわり)

在英国際ジャーナリスト

在ロンドン国際ジャーナリスト(元産経新聞ロンドン支局長)。憲法改正(元慶応大学法科大学院非常勤講師)や国際政治、安全保障、欧州経済に詳しい。産経新聞大阪社会部・神戸支局で16年間、事件記者をした後、政治部・外信部のデスクも経験。2002~03年、米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。著書に『EU崩壊』『見えない世界戦争「サイバー戦」最新報告』(いずれも新潮新書)。masakimu50@gmail.com

木村正人の最近の記事