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【高杉晋作】「びた一文、領土や賠償金は払いません!」戦争に大敗も、激怒の欧米を納得させた驚愕の交渉術

原田ゆきひろ歴史・文化ライター

ときは幕末、1863年。

過激な尊王攘夷に傾いた長州藩は、なんと江戸幕府でさえ手を出せなかった

欧米列強の船を、次々と砲撃。

「腰ぬけ幕府に代わり、われらが攘夷を実行するのじゃ!」

アメリカ・フランス・オランダの船は、とつぜんの不意打ちに死傷者を出して

逃げ去って行きました。

しかし当然ながら、こんなマネをしてタダで済まされるはずがありません。

翌年、イギリスも加えた欧米4か国の連合軍、黒船の大軍が長州藩へ襲来!

世にいう、下関戦争の勃発でした。

結果は・・日本の1地方勢力と、とうじ世界最強レベルの4か国では、

もはや勝負になりません。

海岸の砲台は壊滅させられ、4か国連合軍は、たやすく上陸してきました。

そして陸上でも完膚なきまでに叩き潰され、長州藩は降伏しました。

どう落とし前をつける?

さて、その後イギリスの戦艦で両者の、交渉の場が設けられることになります。

しかし当然ながら、にこやかに会談しましょう・・などと、なるはずがありません。

「どう落とし前つけてくれる?」という話し合いに、決まっています。

長州藩の交渉役の心境を例えるなら、ヤクザの一味を襲撃して、抗争で敗北。

組の事務所に単身、詫びを入れに行くような、恐ろしさです。

ちなみに長州藩は前年、京都で江戸幕府とも戦って、大敗していました。

武力も資金もボロボロ、そのうえ朝廷からは「長州藩は逆賊じゃ!」とまで宣言され、

助けてくれる味方など、ほぼどこにも存在しません。

交渉で切れるカードは何もなく、まさに絶望のどん底。

とうじ日本中の誰もが、こう思った事でしょう。

「長州藩、終わったな」

この、どう見ても超貧乏クジでしかない交渉役に「オレが何とかしよう!」

そう言って名乗りをあげた人物が、高杉晋作でした。

彼はこれまで、藩の上層部と揉めて罪人扱いだったので、下関戦争に参加していません。

しかし、この狂気ともいえる難易度の交渉を、乗り切る術などあるのでしょうか?

炎の志士・高杉晋作

ふつう戦いの敗者ともなれば、こうべを垂れて、できる限り穏便に

少しでも軽い賠償にと、努めようとするものです。

ところが高杉晋作は、その真逆。

高杉「はっは。これは皆様方、早々とおそろいですなあ、たいへん結構!

では、さっそく始めるとしますか!」

あまりに堂々とした態度に、欧米列強の軍人たちは、こう思いました。

「えっ、なんでこの人、こんなにエラそうなの?」

とはいえ話の主導権は、とうぜん勝利者側にあります。

さっそく賠償の話が、次々と切り出されました。

欧米「さて、あなた方は卑劣な攻撃で、われわれの大切なものを

たくさん奪い、壊してしまいました。」

欧米「それだけではない!周辺の海域を封鎖して、多大な経済的ダメージも与えた!」

欧米「今回の武器・弾薬の費用、兵隊の人件費、とうぜん支払って頂けますね?」

・・高杉は、即答しました。

高杉「はっはっ、それはムリだ。」

欧米「えっ?」

高杉「あいにく我が藩は壊滅状態、もう何もない!無いものは出せませぬな。」

欧米「いやいや、あなた、そんなの通るとお思いですか?」

高杉「ふうむ。どうしても賠償金を求められるか。でしたら、その請求は徳川家にされるが良い。」

欧米「えっ、なぜ?」

高杉「わが国は徳川将軍家こそ、正当なる支配者にして責任者。

それに今、もしムリに長州から絞り取れば、間違いなくつぶれるでしょう。

そうなれば支払われる額はゼロ。だが幕府に請求すれば、お金は得られ、あなた方の犠牲も報われる。」

欧米「うぐっ・・ううむ!」

高杉「さあ、はたして賢い選択は、どちらでしょうな?」

欧米「くう。仕方ありません、では賠償請求は、幕府の方へさせて頂きましょう」

・・ちなみに、この賠償金はのちに、本当に江戸幕府が支払う事になりました。

払いきれず足りなかった分は、のちの明治政府が支払うことになりました。

長州の領土は渡さない!

欧米「では次に、領土のお話をしましょう。でも恐がらなくて大丈夫、われわれはとても優しい」

高杉「優しい?」

欧米「私たちは、むやみに他国の土地を奪いません。ただ、貸してもらうだけです」

欧米列強は、長州の周辺海域を、安全に航行したいといった理由で

“彦島”と呼ばれる地域の“租借”を提案。

占領ではなく、あくまで借りるだけ。いっけんマイルドな提案に思えますが・・

高杉晋作は、かつて大英帝国に租借された、上海を訪れたことがありました。

そして当地がほとんど、占領地と変わらない事実を、目の当たりにしていました。

高杉は思います。「さては長州を上海と同じにする気だな。そうはさせんぞ!」

日本は神々の国

高杉は会談の場でいきなり、古事記の文言を暗唱し始めます。

高杉「しん、やすまろが、もうさく。それ、こんげんすでにこりて、きしょういまだあらわれず。なもなく、わざもなし。たれかそのかたちをしらん。しかれども・・。」

その場の全員があっけにとられる中、高杉は言いました。

高杉「このとおり。わが日本国は神が創り、与えたもうた土地。それを、われら人間が勝手に貸し借りなど・・およそ、出来ぬ相談にございますな」

欧米「なっ、そんな話が、通るわけないでしょう!!」

高杉「どうしても彦島を?それは何とも・・悲しい」

欧米「えっ、悲しい??」

高杉「いかにも。神々の土地を勝手に扱えば・・どうなるか?彦島の民は狂ったように、あなた方へ襲い掛かるでしょう。いったいどれほどの犠牲が出るか。それを思うと・・ああ、悲しい!」

会談はまさかの、敗者が勝者を脅すという、前代未聞の展開となりました。

通常なら、苦しまぎれのハッタリと、容易に切って捨てられる所ですが・・

しかし目のまえの高杉晋作は、あきらかに尋常でないオーラを、放っています。

そもそも日本の1地方勢力が、4か国に戦いを挑むこと自体、フツウではありません。

もしかすると“この男のいうことは本当かも”・・そう思わせる、迫力がありました。

ここで高杉は、すかさず切り込みます。

高杉「しかし皆様方!われわれもご迷惑をおかけしたこと、心を痛めております。

今後は決して艦船を攻撃できぬよう、海岸の砲台は撤去し、封鎖も解きましょう。」

高杉「また貴国らの船が立ち寄られた際は、食糧や石炭も売り渡し

自由な通行を約束いたす。そういう事では、いかがですかな?」

会談の場は、すっかり高杉のペースに、飲まれてしまいました。

「ああ・・それなら、まあ良いか?」といった流れになり、ついに交渉は成立。

長州藩は、これだけのことをやらかしながら、まさかの賠償金ナシ、

領土もいっさい失わないという、とんでもない条件を、飲ませてしまいました。

ここで彦島が欧米の拠点になったり、長州藩が潰れたりしていたら

幕末の歴史は、大きく変わったと思われます。

そうした意味でも、高杉晋作が残した成果は、もはや計り知れません。

理想のリーダーとは?

清く正しい善人から見れば、脅しやハッタリに、はぐらかし・・

高杉晋作の手段は強引で、とんでもない男に写るかもしれません。

ですが「何をしようとゼッタイに長州を守る!」という目的を果たすには

この常識を超えた荒業を使わなければ、とうてい不可能だったに違いありません。

世間一般において、表立って称えるのは、はばかられる手段かも知れませんが・・

しかしリーダーや政治家たるもの、もう後がない危機の時こそ

このくらいの揺るがぬ意志で、駆け引きも出来る人間こそ、必要とされるのかも知れません。

ここまでお読み頂き、ありがとうございました。

歴史・文化ライター

■東京都在住■文化・歴史ライター/取材記者■社会福祉士■古今東西のあらゆる人・モノ・コトを読み解き、分かりやすい表現で書き綴る。趣味は環境音や、世界中の音楽データを集めて聴くこと。■著書『アマゾン川が教えてくれた人生を面白く過ごすための10の人生観』

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