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名ピアニスト、ラン・ランが情熱を注ぐ音楽教育「音楽で、世界中の若者の人生を変えることができれば」

田中久勝音楽&エンタメアナリスト
(C)Gregor Hohenberg

朝の情報番組『スッキリ』に出演、生演奏を披露し、話題に

『ピアノ・ブック』(2枚組デラックス・エディション 通常ジャケット/3月29日発売)
『ピアノ・ブック』(2枚組デラックス・エディション 通常ジャケット/3月29日発売)

2月19日、世界で活躍する人気ピアニスト、ラン・ランが、日本テレビ朝の情報番組『スッキリ』に出演。その独特かつ大胆な演奏スタイルと圧巻のテクニックで、「きらきら星変奏曲」と「エリーゼのために」のスペシャルメドレーを披露し、すぐにネット上では「ホントに音ひとつひとつが丸い粒のよう」「鳥肌もの…」と絶賛の声が飛び交った。ラン・ランは、3月29日に全世界で同時発売されたニューアルバム『ピアノ・ブック』のプロモーションで来日中だったが、世界的なピアニストが朝の生番組でパフォーマンスするということで、注目を集めていた。番組出演後、インタビューする機会に恵まれ、出演の感想、ニューアルバムについて、そして自らの活動について話を聞かせてもらった。

今、なぜ小品集『ピアノ・ブック』なのか?

「朝の生番組に出演して、演奏するというのは、最近はなかったですが、アメリカでは何度かやりました。朝の番組を観ている人は、夜の番組とはちょっと違っていて、よりクラシックや文化に興味を持っている人たちが多いので、そういう意味でも朝の番組に出演することは、面白いと思います」。

(C)Gregor Hohenberg
(C)Gregor Hohenberg

そう柔らかな笑顔で答えてくれたラン・ラン。ニューアルバムは、名門ドイツ・グラモフォンレーベルへの復帰作で、意外としかいいようがない内容だ。それは世界的なピアニストが、ツェルニーの練習曲やクレメンティのソナチネをはじめとする、ピアノ学習者向けの小品を中心にしてアルバム制作するのというのは、前代未聞のことだからだ。今なぜ『ピアノ・ブック』だったのだろうか。そこには彼のライフワークにもなっている、若者たちへの教育という大きなテーマが存在している。

「今回は、自分が子供時代に練習した曲、思い出に残った曲をレコーディングしたいと思ったのと、それを、クラシック音楽にかかわらず、ピアノが大好きなあらゆる方々に聴いてほしいと思ったからです。私は子供の時、今回取り上げた素晴らしい小品を演奏しましたが、それらの録音を聴く機会がなかったんです。自分の中の挑戦のひとつとして、こういう小品を自ら録音することで、難易度が高くなかなか子供たちが弾けないツェルニーのエチュード(『40番練習曲 第1番』)や、バッハの小品とかを聴いてほしいのです。それが、みなさんが今練習している作品のリバランスになったり、インスピレーションになったり、アイディアをそこから受け取って、さらに想像力を生かせる題材になってほしい、という思いで作りました」。

「モーツァルトの『ピアノ・ソナタ(第16番)』は、5歳の時に、最初のリサイタルで演奏した曲」

1982年生まれのラン・ランは3歳の時にピアノを始める。父親と<ナンバーワンになること>を合言葉に、厳しいトレーニングを積み、チャンスをつかみとっていった。そんな幼少時代の自身の姿、原点を、今回のレコーディングで思い返す時間でもあったのだろうか。

『ピアノ・ブック』(ピーナッツ・コラボ・スリーヴ・ケース付 スタンダード)(C)2019 Peanuts
『ピアノ・ブック』(ピーナッツ・コラボ・スリーヴ・ケース付 スタンダード)(C)2019 Peanuts

「確かに、色々な作品がそういう感じでした。モーツァルトの『ピアノ・ソナタ(第16番)』は、5歳の時に、最初のリサイタルで演奏した曲です。ツェルニーは音楽的に面白くなかったので、子供の頃好きではありませんでしたが(笑)、テクニックを伸ばすという意味では、本当に素晴らしい作曲家です。なので、そういう作品も、より音楽的に聴いたときどうなのかという思いも込めて、今回選びました。今、ピアノは、本当にグローバル化されている楽器だと思います。例えば19世紀の小品を取り上げたとすると、きっとヨーロッパの音楽だけがクラシックのレパートリーと思われたかもしれませんが、現在は色々な国のレパートリーが、ピアノ音楽のレパートリーになりました。今回坂本龍一さんをはじめとした、色々な国のアーティストのレパートリーを入れました。その中で、『乙女の祈り』(バダジェフスカ)には、たくさん助けられました。私が普通の学校に行っていた時に、モーツァルトの曲を弾いても誰も反応しないのに、この作品を聴くとみんなが心を開いてくれました。この作品はアジアでは有名ですが、ヨーロッパではあまり知られていないのですが、そういう作品もピックアップしています」。

「『メリー・クリスマス・ミスター・ローレンス』は、坂本龍一さんご自身が、私の演奏用に新たに編曲してくださいました」

ラン・ランのどこまでも情感豊かなピアノにより、坂本龍一の「メリー・クリスマス・ミスター・ローレンス」がどんな作品に映るのか、楽しみにしていたが、繊細かつ、大胆で力強さも感じるその演奏は、原曲よりもよりせつなさが増し、心に響く。その豊かなイマジネーションはどの曲も陰影に富んだ音で、楽曲自体の美しさをより際立たせている。

(C)Gregor Hohenberg
(C)Gregor Hohenberg

「坂本龍一さんは本当に素晴らしい作家であり、作曲家です。メロディも素晴らしく、音楽自体にもすごく重みがあり、人の心を動かす作品だと思いました。実は『メリー・クリスマス・ミスター・ローレンス』は一番最初にレコーディングしました。この作品のおかげで、レコーディング全体にもいい影響を与えてくれました。実は坂本龍一さんご自身が、私の演奏用に新たに編曲してくださいましたので、それに対しても心から感謝しています。それとともに、今回(2枚組の日本盤のみのボーナストラックとして)収録されている、菅野よう子さんの『花は咲く』は、ドイツの作曲家が編曲してくれました。この作品に馴染みのある方が、オリジナルと比べてどのように感じていただけるか興味深いです」。

「常に他の音楽に興味がある。ピアノを使っているからこそ面白くなるコラボを、どんどんやりたい」

ラン・ランはこれまで2014年のグラミー賞授賞式でメタリカと、翌年はファレル・ウィリアムスと共演したり、フリオ・イグレシアス、ハービー・ハンコック、そして韓国のグループ・2PMのボーカリストJun.Kなど、ジャンルを問わず、様々なアーティストとコラボレーションしてきた。まさに音楽に国境もジャンルもないということを伝えてくれているが、やはり他の音楽家との共演で刺激を受けることも多いのだろうか。

(C)Gregor Hohenberg
(C)Gregor Hohenberg

「常に他の音楽のことを知りたいという興味はあります。違ったタイプの音楽を知りたい。これから先、例えばEDMのアーティスト・Zeddさんとコラボできたら面白そうです。ポップスの方達とコラボすると、想像していたよりも、意外と面白みに欠けることも多いのですが、でも2PM・Jun.Kさんとのコラボに関しては、アレンジが素晴らしかったので、弾いていて楽しかったですし、『REAL LOVE feat. Lang Lang』という曲は、ジャズとクラシックがミックスされたような感じで、とてもいい作品でした。コラボする中で一番大切にしていることは、相手がピアノという楽器について、理解してくれているかということです。なぜなら、ピアノはとても個性のある楽器ですが、ただの伴奏やバックグラウンドの音楽になってしまうとコラボの意味がないと思います。ピアノをうまく引き立たせるというか、ピアノを使っているからこそ面白くなるもの、それから音響のボリュームや想像力の拡大、そういうものに携われるコラボを、これからもやっていきたいと思っています」。

「世界中の子供たちに音楽をもたらし、音楽の喜びを共有することが“第二の仕事”」

ラン・ランは、「第二の仕事」という、世界の子供たちに音楽をもたらし、音楽の喜びを共有し、あらゆる人々にピアノに接する機会を提供する活動に、ますます力を入れている。「ラン・ラン国際音楽財団」や自国・中国の深センに開校したミュージックスクールなどを通じ、熱心に後進の指導とバックアップに注力している。

(C)Gregor Hohenberg
(C)Gregor Hohenberg

「「ラン・ラン国際音楽財団」は、まず才能のある子供たちに奨学金を与え、世界的な音楽学校に入学し、指導を受けられるようにします。それと世界各地で演奏会の機会を作ったり、ヨーロッパにキャンパスを作って、世界中の学生たちを集めるという企画も行っています。また、アメリカ・ニューヨークが財団のベースとなっているので、アメリカの、そんなに豊かではない都市の学校に、音楽の授業を確立し直そうという運動も行っています。今はiPadとか電子ピアノとか、スマートピアノを寄付して、ネットとかも使いながらゲーム感覚で、今まで音楽に触れてきたことがない子供たちに、音楽に触れる機会を作っています。さらに、「ラン・ラン ピアノメソッドブック」というものがあり、ゲーム感覚でスケールとかペダルの使い方を教えていますが、子供にとっては遊んでいる感じで、でも実はちゃんとした教育になっていて、テクニックが身につきます。1月には中国の厦門(アモイ)のスタジアムで777台のピアノ1554人のピアニストの連弾と一緒に、シューベルトの「軍隊行進曲」を演奏して、ギネス世界記録を打ち立てました。私自身もそうだったように、音楽を通じて、誰かの人生をガラッと変えられる、音楽に携わったことがない貧しい子供たちに、楽器を与えることによって、今までチャンスがなかった子供たちに、自信と新しい生活、新しい人生をもたらすことができると気づきました。それが財団を作りたいというインスピレーションの素になりました。アメリカも含め多くの国々では、公立の学校システムにおいては、音楽の授業が全然ないというところもまだまだあります。クラシックやピアノなどの音楽を通じて、何か手助けできることはないかと考え、始まった支援です」。

「情熱を持ち続けることが大切」

36歳、名実ともに世界を魅了するスーパースターとなったラン・ラン。音楽家として、これから最も大切にしていきたいことを最後に聞かせてもらった。

「情熱を持ち続けるということです。生きていれば苦悩というものはつきものですが、そうした中でも、音楽を通じてインスピレーションを与えたり、何かに情熱を持つことの大切さを、みなさんに思い出させたい。それは音楽でなくてもいいんです。自分がやっている仕事、とにかく何をしていても、常に情熱を感じられるものを見つけて欲しい。私は子供たちに音楽を通じて、情熱を感じてもらいたいと思いますし、希望というものをずっとみなさんが持ち続けていただけたらと、いつも考えています」。

ユニバーサルミュージック ラン・ラン特設サイト

音楽&エンタメアナリスト

オリコン入社後、音楽業界誌編集、雑誌『ORICON STYLE』(オリスタ)、WEBサイト『ORICON STYLE』編集長を歴任し、音楽&エンタテインメントシーンの最前線に立つこと20余年。音楽業界、エンタメ業界の豊富な人脈を駆使して情報収集し、アーティスト、タレントの魅力や、シーンのヒット分析記事も多数執筆。現在は音楽&エンタメエディター/ライターとして多方面で執筆中。

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