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米朝首脳会談「北朝鮮もベトナムのようになれる」とのメッセージは北朝鮮と韓国の統一を示唆しているのか

木村正人在英国際ジャーナリスト
昨年6月、シンガポールで会談したトランプ米大統領と北朝鮮の金正恩(写真:ロイター/アフロ)

金正日時代から「ドイモイ」政策に学ぶ

[ロンドン発]今月27、28日、ベトナムの首都ハノイで2回目の米朝首脳会談が開かれます。ベトナムでの開催には「北朝鮮も核を放棄すればベトナムのように経済成長できる」というドナルド・トランプ米大統領のメッセージが込められているようです。

ベトナム外務省は今月11日、北朝鮮の招待に応じ、ファム・ビン・ミン副首相兼外相が12日から14日までの日程で北朝鮮を公式訪問すると発表しました。ベトナムは北朝鮮にとって特別な国の1つです。両国の国交が開かれたのは1950年のことです。

ベトナム革命指導者ホー・チ・ミンと北朝鮮の最高指導者、金日成は1957年と58年、相互に相手国を訪問。北朝鮮は64~69年にベトナム戦争で北ベトナムに軍事物資を供給するとともに空軍を派遣。この際の北朝鮮志願兵の遺骨は2002年、北朝鮮に“帰国”を果たしました。

1978年、ベトナムがカンボジアに侵攻した際に両国の関係は悪化し、北朝鮮は大使を召還しています。関係が改善したのは1984年になってからです。しかしベトナムが92年に韓国との国交を樹立したため、ベトナム・北朝鮮関係は再び冷え込みます。

ノン・ドゥック・マイン共産党書記長が2007年、ホー・チ・ミン以来50年ぶりに訪朝し、金正日総書記に会って関係が改善します。金総書記はベトナム式改革開放政策「ドイモイ」を学ぶと発表。金英逸首相率いる代表団が理論学習のためベトナム企画投資部を訪れました。

ベトナムと北朝鮮の経済成長

ベトナム戦争から40年、かつては夥(おびただ)しい血を流して戦った米国とベトナムの関係も対中警戒という利害が一致し、急激に改善しました。

北朝鮮やベトナム経済に詳しいブレイドリー・バブソン氏は米国の北朝鮮分析サイト「38ノース」に「ベトナムの経験は今日の北朝鮮の助けになるかもしれない」と題して寄稿しています。

経済指標や統計のサイトindexmundiによると、ベトナムの1人当たり国内総生産(GDP)は為替市場の影響を排除した購買力平価換算で1999年の1850ドルから2017年の6900ドルと3.7倍に膨らみました。

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一方、北朝鮮は1999年の1000ドルから2015年の1700ドルと1.7倍の成長にとどまっています。経済成長するためには外資を導入し、貿易を増やす必要があります。

17年12月、米全土を射程にとらえる大陸間弾道ミサイル(ICBM)「火星15」発射実験に成功した北朝鮮は、核・ミサイル開発と経済発展の二兎を追う北朝鮮主体(チュチェ)の並進路線が大勝利を収めたと宣言しました。

核・ミサイル開発が一段落したから、次は経済発展を進めたいという北朝鮮の思惑が浮かび上がります。金正恩・朝鮮労働党委員長が学びたいのはドイモイ以上に、北ベトナムが南ベトナムを打ち負かし、ベトナムを統一したプロセスかもしれません。

人権問題を棚上げ

米国の有力シンクタンク、戦略国際問題研究所(CSIS)のロバート・キング上級顧問は2月7日付のブログでドナルド・トランプ米大統領の一般教書演説についてこんな指摘をしています。

2019年の一般教書演説(たった1段落)

「もし私が米国の大統領に選ばれていなかったら、私の意見では、まさに今ごろ北朝鮮と本格的な戦争になっていただろう。まだ、たくさんの仕事が残っているが、金正恩・朝鮮労働党委員長との関係は良好だ。金委員長と私は再び2月27、28の両日、ベトナムで会談する」

2018年の一般教書演説(全体の1割以上が北朝鮮問題)

「北朝鮮の狂気に満ちた独裁者以上に自らの市民全体を残虐に弾圧している体制はない」「北朝鮮の無謀な核ミサイル開発はもうすぐ我々の本土を脅かす危険性がある」

「オットー・ワームビアは米バージニア大学の勤勉な学生だった。北朝鮮へのツアーに参加し、逮捕され、国家に対する罪で起訴された。昨年6月に瀕死の状態で帰国し、数日後に死亡した」

トランプ大統領は昨年の一般教書演説で脱北者ジウ・ソンホウ氏が子供の頃、鉄道から石炭を盗もうとして空腹と疲労のあまり気を失って列車に轢かれて両足を失った話にも触れ、北朝鮮の非人道ぶりを糾弾しました。

米朝首脳会談の成果を再選の踏み台にしたいトランプ大統領の豹変ぶりに、米国務省で北朝鮮人権問題特使を務めたキング氏は「人権と国際的な行動基準の尊重は米大統領の一時的な利益を得る使い捨ての道具以上のものだ」と批判しています。

ベトナム会談で期待できる成果は

国際シンクタンク、国際戦略研究所(IISS)のマーク・フィッツパトリック客員研究員はブログでこう分析しています。

「2回目の米朝首脳会談が開かれるのは歓迎すべきことだ」「金正恩は自らの体制を維持し、パワーを強める無慈悲な独裁者だ。やっと手に入れた核兵器を放棄することはいずれの目的にもつながらない」

「ベトナムでの首脳会議で期待できるのは、北朝鮮がたとえば非核化の意味は何かを説明し、弾道ミサイルと核兵器の実験中止を文書化することかもしれない」

金正恩が寧辺(ヨンビョン)核施設の恒久的な解体について説明する可能性もあるそうです。

韓国と北朝鮮は2032年夏季五輪の共同招致を目指しています。韓国は韓国側招致都市を首都のソウルに決定しました。金正恩は韓国の文在寅大統領の「太陽政策」を最大限に利用して、すでに多くの成果を手にしています。

(おわり)

在英国際ジャーナリスト

在ロンドン国際ジャーナリスト(元産経新聞ロンドン支局長)。憲法改正(元慶応大学法科大学院非常勤講師)や国際政治、安全保障、欧州経済に詳しい。産経新聞大阪社会部・神戸支局で16年間、事件記者をした後、政治部・外信部のデスクも経験。2002~03年、米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。著書に『EU崩壊』『見えない世界戦争「サイバー戦」最新報告』(いずれも新潮新書)。masakimu50@gmail.com

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