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生まれながらの健全な行動:イスラエル軍の激しい爆撃に晒されるレバノンからの避難民を受け入れるシリア

青山弘之東京外国語大学 教授
(写真:ロイター/アフロ)

イスラエル軍は9月23日、ヒズブッラーの地盤地域であるレバノン南部、ベカーア県などに対する大規模な「北の矢作戦」(Northern Arrows Operation)を開始した。

作戦は、同地にあるヒズブッラーの「テロ標的」、具体的には武器を貯蔵している建物、ロケット弾発射装置や砲台、指揮所などを標的とした大規模なもの。イスラエル軍は9月24日までに3,100ヵ所(23日の爆撃で1,600ヵ所以上、24日午後3時頃時点で1,500ヵ所)を爆撃、ヒズブッラーのミサイル・ロケット部隊のイブラーヒーム・ムハンマド・クバイスィー司令官を殺害したと発表している。

これに対して、レバノンのフィラース・アブヤド保健大臣が9月24日に発表したところによると、9月23日以降のイスラエル軍の爆撃によって、子供50人と女性94人を含む558人が少なくとも死亡、1,835人が負傷している。

シリアへの避難

「北の矢作戦」が地上侵攻を伴うのかが、目下の最大の注目点だが、こうしたなか、イスラエル軍の攻撃を避けるため、多くの人々がレバノンからシリアへの避難を開始した。

AFP通信は9月24日、Xを通じて、レバノンに対するイスラエル軍の爆撃激化を受けて、レバノンから約100人が越境し、シリア領内に避難したと速報で伝えた。

また、シリアの日刊紙『ワタン』も同日、テレグラムを通じて、正午までにレバノン人約2,000人とシリア人約3,000人がジュダイダト・ヤーブース国境通行所(ダマスカス郊外県、レバノン側はマスナア国境通行所)を経由してシリア領内に避難したと伝えた。

al-Watan、2024年9月24日
al-Watan、2024年9月24日


反体制派もシリアへの避難の動きを報じた。英国で活動する反体制派系NGOのシリア人権監視団は、避難が9月23日から増加し、ジュダイダト・ヤーブース国境通行所に多くのレバノン人が押し寄せていると発表した。また、反体制派系ニュース・サイトのイナブ・バラディーも、100人あまりが国境通行所を経由せず、レバノン領内からシリア領内に避難したと伝えた。

こうした動きを受け、シリアの保健省はフェイスブックなどを通じて、レバノンからシリアに入国する市民への医療サービスの提供、救急患者受け入れ、病気の診断や検査、自動への予防接種状況の確認を24時間体制で行っていると発表した。

この措置は、シリアとレバノンを結ぶすべての通行所、ジュダイダト・ヤーブース(マスナア)国境通行所、ジスル・カマール(タッルカラフ、ワーディー・ハーリド)国境通行所、ジュースィーヤ(カーア)国境通行所、ダブースィーヤ(アッブーディーヤ)国境通行所、マトリバー(ハムラー)国境通行所、タルトゥース(アリーダ)国境通行所で実施されているという。

保健省広報局、2024年9月24日
保健省広報局、2024年9月24日

また、シリア・アラブ赤新月社もフェイスブックを通じて、同様の声明を出した。

シリア・アラブ赤新月社、2024年9月24日
シリア・アラブ赤新月社、2024年9月24日

シリア人権監視団や、シリアの俳優やドラマについての情報を発信するシリア・スターズなども、シリア政府が、各自治体や関係機関に対して、レバノンからの避難者を収容するためのセンターの設置を準備し、入国にかかる手続きを省略化して、住民を受け入れるよう指示したと伝えた。

クルド民族主義組織の動き

一方、シリア北東部を実効支配するクルド民族主義組織の民主統一党(PYD)が主導する自治政体の北・東シリア地域民主自治局も9月24日にフェイスブックなどを通じて声明を出し、シリア難民の帰国を促進するために必要な支援を行う用意があると表明した。

北・東シリア地域民主自治局、2024年9月24日
北・東シリア地域民主自治局、2024年9月24日

生まれながらの健全な行動

イスラエル建国や第3次中東戦争での占領地拡大によって生じたパレスチナ難民、湾岸戦争やイラク戦争で発生したイラク難民、そして2006年のレバノン紛争によるレバノンからの避難民を受け入れてきたシリアは、2011年の「アラブの春」波及を契機とするシリア内戦で300万人以上のシリア難民が発生し、彼らを受け入れた一部の周辺諸国での差別や排斥の動きに直面しながらも、難民を受け入れるという姿勢に変化は見られないことが改めて確認された。13年にわたる紛争で、国土が荒廃し、困難な生活が続いているにもかかわらず、こうした「生まれながらの健全な行動」をとることができるシリア人の姿勢は注目に値する。

とはいえ、レバノンからの避難民の流入を嫌う声がないわけでもない。

シリア人権監視団は、ダルアー県ジャースィム市の地元武装集団が、イスラエル軍の爆撃激化に伴い、レバノン人がシリアへの避難を開始したことを受けて、レバノンのシーア派住民の受け入れを拒否すると宣言、受け入れた場合はバアス党員のメンバーを殺害するなどと脅迫したと発表した。

また、「北の矢作戦」開始に先立って、9月17日と18日にイスラエル軍がレバノンとシリアで行ったとされるページャーと無線機を使った一斉爆破攻撃を喜ぶ声もある。例えば、「シリア革命」最後の牙城とされるシリア北西部で活動を続け、市民ジャーナリストとして日本でも知られているハーディー・アブドゥッラー(ハディ・アブドラ)はXを通じて、「喜べ…。あの犯罪者どもの殺害を喜ぶことは、生まれながらの健全な行動だ」などと述べる映像をアップしている。

シリア内戦の中で醸成された怒り、憎しみ、遺恨が、レバノンに対する『生まれながらの健全な行動』に揺さぶりをかけている現状こそ、紛争に苛まれ続けている中東情勢の複雑さを映し出していると言える。

東京外国語大学 教授

1968年東京生まれ。東京外国語大学教授。東京外国語大学卒。一橋大学大学院にて博士号取得。シリアの友ネットワーク@Japan(シリとも、旧サダーカ・イニシアチブ https://sites.google.com/view/sadaqainitiative70)代表。シリアのダマスカス・フランス・アラブ研究所共同研究員、JETROアジア経済研究所研究員を経て現職。専門は現代東アラブ地域の政治、思想、歴史。著書に『混迷するシリア』、『シリア情勢』、『膠着するシリア』、『ロシアとシリア』など。ウェブサイト「シリア・アラブの春顛末記」(http://syriaarabspring.info/)を運営。

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