地域振興とは「働くこと、集うこと、助かり合うこと 」~信州・上田の「やどかりハウス」の試み
人口減少や高齢化が深刻化する中で、地域の衰退が大きな問題となっている。自治体の中には、若い世代の移住定住の促進を行うために、イベントの開催や大型商業施設誘致、工場誘致、定住活動など様々な取り組みを起こっている。もちろん、外部から人を呼び込むのも大切だが、その地域からの流出を防ぐことも重要なことだ。
若い世代の中には、その地域で生きやすくすることが大切だと考える人たちも出てきている。多くの若者が感じる「生きづらさ」を軽減することが、その活動が結果的に定住者を増やすことに繋がるのではないかという発想からだ。 長野県上田市の商店街に、「サードプレイス(第三の場=家庭・学校や職場とは別の場所)」を自分たちで運営する試みを見てきた。
・家出を推奨するのは不謹慎か
「家出を推奨するなんてと批判されて」そう笑って話すのは、長野県上田市でやどかりハウスを運営するNPO法人場作りネットの元島生氏だ。家出を推奨すると批判されたのは、このNPOの活動の成果として協働で事業を行っているゲストハウスが独自に販売を始めた 「家出チケット/お助け家出チケット」のことだ。上田市にあるゲストハウス犀の角のドミトリールームの宿泊とモーニング(トーストセット)またはドリンクがセットになったチケットが3枚組になっており、12,000円(税込)というものだ。
このチケットがユニークなのは、購入者が自分で使えるのはもちろん、やどかりハウスに預けておいて、誰かのための宿泊チケットとしても使ってもらうということもできる。つまり、家出してきた誰かが、そのチケットを使ってゲストハウスに泊まるのだ。
やどかりハウスとは、NPO法人場作りネットとゲストハウスと劇場を運営している民間文化施設犀の角が協働で行っている困りごとを抱えた主に女性のための気軽に泊まれる宿だ。元島氏は次のように話す。
「家出を奨励するのかと批判されたこともあります。しかし、私たちはネガティブにとらえるのではなく、なにか疲れてしまった人に、ふと家を離れて何もしない時間を過ごしたり、映画や演劇を観たり、誰かと話をしたりする時間を持ってもらいたいということで、家出チケットという名称にしたのです。」
・困ったら息抜きを
上田市の商店街にある「犀の角」は、2016年に荒井洋文氏が演劇など何かを表現する人たちの活動の場として、劇場、カフェスペース、宿泊施設を合わせ持つ民間文化施設として、「一般社団法人シアター&アーツうえだ」が開設した。
コロナ禍によって、演劇などの活動もストップした2020年に、生活相談と伴走支援を行っているNPO法人場作りネットと共同で支え合いの活動「のきした」を始めた。悩みや困難を抱える人たちを、犀の角の宿泊施設に一泊500円で受け入れるということも始まった。(※現在は一泊1000円)
「犀の角にあるゲストハウスに、年齢や性別に関係なく、誰でも困った時、あるいは困りごとがなくても息抜きをしたいという時に1泊500円で泊まることができるというものです。宿泊の申し込みは、やどかりハウスの公式LINEで簡単にできます。」元島氏は、そう言う。
・共感するよりも、応答する社会へ
元島氏は、様々な人から多くの相談を受けている。「いろいろな方の相談にのったり、お話をしていく中で、自分のすぐそばに困っている人がこんなに多いのだと思ったのが、きっかけです。」
コロナ禍の犀の角には、行き場を失った女性や母と子、学生などが集まるようになった。
やはり場作りネットの秋山紅葉氏は、「DVで警察やシェルターに行くということも選択肢です。子供や学生の場合は、児童相談所もあります。しかし、制度の壁が厚く、簡単に支援に繋がらない現状があります。また制度を利用するに至らず社会的に孤立してしまっている層が多いことが相談の中で分かってきました 」と話します。
元島氏も秋山氏も、「共感するよりも、応答する」ことが大切だと言う。現代の社会において、社会の問題や他者に対して人々が応答しなくなっている。つまり、無関心社会の拡大である。
2000年代に入り、「生きづらさ」がキーワードとして浮上してきた。特に若者世代で、「生きづらさ」を感じる人の割合は、様々な調査でも増加傾向にある。
2023年の自殺者数は、厚生労働省と警察庁の発表によればは2万1,837人となり、前年度比では微減となったものの、高止まりの傾向を見せている。2023年は前年と比べ、9歳以下、40歳代、70歳代及び80歳以上が減少したもの、その他の年齢階級は増加している。また、その理由として「親子の不和」や「うつ病」、「失恋」など、対人関係の悩みや精神疾患が増えている。また、警察庁が2024年3月に発表した2023年の警察などへのDV相談件数8万8600件と過去最多を記録している。
・流出する女性だけが悪いのか
出生率が低下している、女性が都市部に流出しているなどと問題を指摘する声は多い。しかし、それらの多くは、結婚、出産しない若者が悪いなどといった話が多い。若者や女性、子供が抱える問題に対して無関心な大人が増えれば増えるほど、彼らは生きる場を失っていく。
「地方だと大家族で、地域の中での人間関係が濃密だと思われがちですが、もうそんなことはありません。むしろ高齢者が多く、若い世代は孤立してしまい、逃げ場がない状態に陥りやすい。私たちは、街の中にお互い支え合える場をインフラとして作りたいと考えています」と秋山氏は言う。
地域振興に関する議論では、中高齢者、それも男性中心の発想になりがちだ。流出する女性や若者にばかり責任を押し付け、彼らを追い詰めている原因を見過ごしてがちになってはいないだろうか。
・自分の家の軒下をちょっと提供する。そんなイメージ
しかし、500円で一泊できるという情報だけでは、勘違いして安く宿泊できると来る人はいないのだろうか。秋山氏に聞いてみた。
「ネット経由で予約をしてもらいますが、その際に理由を書いてもらい、さらに宿泊前には必ず電話で直接お話をします。その段階で、勘違いしていた方は理解していただいています。」
DVなどで配偶者などが追いかけてきてトラブルなどは起きていないのか。
「これまでそうした問題は起きていません。相談を受けて、深刻なケースの場合は、警察や県の担当部局に連絡するほか、私たちの中の弁護士など専門職が対応します。未成年の人が来たこともあるので、地域の警察官の方とも密接に連絡を取とっています。私たちの施設はネットに掲載されています。シェルターとしては不充分です。深刻なDVのケースに対応するシェルターの場所などは徹底して秘密にされています。」
犀の角を利用したことをきっかけに、上田市に移住し、NPOの活動に参加するようになった人もいるそうだ。
元島氏は、次のように話す。「利用者の大半は、女性です。男性もいますが少数です。多くは、親との関係や配偶者との関係、学校や職場での人間関係に悩み、疲れた人たちです。いつもいる場所から離れて、私たちに話したり、相談することでクールダウンし、元の場所に戻っていく人たちが大半です。雨が降ったり、吹雪いたり。風が強かったり、暑い日差しに疲れた人たちに、自分の家の軒下をちょっと提供する。そんなイメージなのです。」
・街で人と人がつながっていくこと
やどかりハウスの利用は、3年間で延べ1700泊を超え、宿泊を通じて、伴走型支援につながった人は約200名を超した。
元島氏は、「困難なことに直面していても、誰にも相談できず、支援も受けられないままになっている人が多い。誰でも受け入れ、相談があれば、みんな考えることをやってきました。社会的な孤立から、街で人と人がつながっていくことが、伴走型支援です。上田は、いろいろな人が集まり、そしていろいろな団体が活動しています。そうしたつながりが、人を支えていくし、街を活性化していくのだと思います」と言う。
秋山氏は、「確かに上田って、おもしろいところですねとよく言われます。私たちは普通に思っているのですが、社会的な活動をしている人や団体が多いよう思います」と言う。上田という街がこうした連携を育ている。それは、そこで育まれた風土や気質から来るのかもしれない。
・「お互い助かり合う私たち」という関係
さて、コロナ禍も終息し、街には活気が戻ってきた。上田を訪れる観光客も増えているし、演劇活動も再開されてきた。
しかし、元島氏や秋山氏は、次なる挑戦をしなくてはならなくなっている。それは、これまで3年間、1千万円近くあったやどかりハウス事業などに対して行われてきた助成金制度が終了したからだ。犀の角ゲストハウスの宿泊料との差額や経費の捻出が難しくなるため、5月からはこれまで500円だったやどかりハウスの宿泊料を1,000円に引き上げた。しかし、活動資金の確保は大きな課題だ。
通常では、助成金が終わった段階で、事業が終了してしまう事例が多い。ところが、元島氏も秋山氏も事業は続けると言う。
元島氏は、「長野県でも生活に困窮したり、DVや子育てで行き詰まった女性たちの支援制度はあるが、利用者は年間十数名、面談も20名程度しかいない。一方で、やどかりハウスには年間500泊の利用があり、面談も300回以上行っている。だからこそ、誰でも困ったり、疲れたりした時に安心して泊まれる場所を提供するというのは、非常に重要だと思うのです」と話し、秋山氏は「応援してくれる人たちをサポーターとして活動してもらったり、クラウドファンディングを始めたり、今までとは同じ額ではなくても、一泊でも二泊でも泊まってもらえるように、みんなで作っていきたいと考えています」と言う。
地域の衰退が止められない理由を、中高齢者たちが若者を批判し、今度は若者たちが中高齢者を批判する。一部の人たちが、地域の中の対立関係を煽ることが、さらに多くの人に生きづらさを感じさせている。
そうした中で、元島氏と秋山氏が考えるのは、「支援する人と支援される人」という関係ではなく、「お互い助かり合う私たち」という関係だという。
・地域振興は、企業活動や観光振興だけでは完結しない
元島氏も秋山氏も、「働くこと、集うこと、助かり合うこと 」が。これからの街のインフラとして必要だという。
人々が、互いに応答するようになることは、自分の住む地域や街に関心を持つことに他ならない。地域振興というと、企業活動や観光振興などばかりに目が行きがちだが、若い世代が「生きやすい」地域作りは、その基盤として不可欠だ。
「働くこと、集うこと、助かり合うこと 」が地域振興そのものだということに、若い世代は気が付きはじめ、上田だけではなく各地で、世代を超えた連携を創出する様々な活動を始めている。その胎動の一つを上田の街で感じるために、この夏、訪れてみるのはどうだろうか。
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【参考資料】「令和5年中における自殺の状況」、厚生労働省自殺対策推進室・警察庁生活安全局生活安全企画課、2024年3月29日。