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伊豆半島が世界ジオパークに認定:本州へ突き刺さる「伊豆衝突」が再現する地球創世期のドラマ

巽好幸ジオリブ研究所所長(神戸大学海洋底探査センター客員教授)
(ペイレスイメージズ/アフロ)

 「世界ジオパーク」は、地球や大地の営みを記録する地質遺産を保全し、教育やツーリズムに活用することで地域社会の活性化を図ろうとする国際的なプログラムだ。地球上で最も活発な「変動帯」である日本列島では、2009年に洞爺湖有珠山(北海道)、糸魚川(新潟県)、島原半島(長崎県)、10年に山陰海岸(京都府・兵庫県・鳥取県)、11年に室戸(高知県)、13年に隠岐(島根県)、14年に阿蘇(熊本県)、そして15年にアポイ岳(北海道)が世界ジオパークに認定されている。伊豆半島は15年に初挑戦したが「保留」の結論が出され、今回再挑戦していた。伊豆半島と言えば、富士、箱根、天城連山などの火山と駿河湾、駿河湾が生み出すダイナミックな絶景や温泉、それに豊かな食材が魅力だが、これらは、伊豆諸島が本州へ突き刺さるように衝突するという大変動が生み出したものである。

へこむ地質構造、盛り上がる丹沢山地:伊豆衝突帯

 今後30年の発生確率が80%を超えた「南海トラフ巨大地震」は、フィリピン海プレートが南海トラフ(「トラフ」は海溝の一種でやや浅いもの)から沈み込むことが原因で起きる。震源となる南海トラフは四国沖ではほぼ東西に延びているのだが、中部・関東沖では大きく曲がって駿河湾から上陸し、再び相模トラフから海底へ続いている(図)。同様に、西南日本を走る大断層「中央構造線」も湾曲している。それだけではない。このあたりでは地質構造も大きく「へこんで」いる。例えば、数千万年前にプレート運動によって日本列島に付け加わった「四万十帯」。この地質帯は九州から紀伊半島までは列島に沿うように東西に分布するが、伊豆半島の周辺では大きく屈曲する(図)。

伊豆衝突帯の地質構造と断面図。伊豆諸島の海底火山が次々と本州へと衝突して、南海トラフや地質帯が湾曲した。筆者作成。
伊豆衝突帯の地質構造と断面図。伊豆諸島の海底火山が次々と本州へと衝突して、南海トラフや地質帯が湾曲した。筆者作成。

 この大屈曲の謎をとく鍵は、伊豆半島とその北部地域の地質(図の緑色)にある。この地域には海底に噴出した溶岩やマグマの破片が大量に分布し、かつては海底火山であったことが分かる。さらにその周辺には、サンゴの化石も見つかる。したがってこれらの地層は、現在よりもずっと南に位置した海底火山とサンゴ礁が、この地域に「くさび状」に打ち込まれたものと考えられる。この海底火山はどこからやってきたのだろうか?

 現在の伊豆半島から南へ伸びる伊豆・小笠原諸島にも数多くの海底火山が並ぶ。伊豆大島や三宅島はその頭の部分が海面上へ顔を出したものだ。中には富士山を凌ぐ高さ4000メートルを超える巨大火山もある。このような海底火山列と先に述べた伊豆半島北側の地層の特徴を考えると、南海トラフや地層の屈曲は、伊豆諸島が北上して本州にぶつかったために生じたと考えられる。だからこのあたりは「伊豆衝突帯」と呼ばれる。

 この衝突の原動力は、フィリピン海プレートにある。伊豆諸島の火山列を乗せたこのプレートが、年間4〜5センチメートルの速さで北西方向に移動して南海トラフから沈み込んでいるのだ。プレート自体は沈み込んでしまうのだが、その表面の「突起物」である海底火山は剥ぎ取られて本州の地盤へ突き刺さる。

 海底火山が次々と衝突すると、本州側では地盤が圧縮されて盛り上がることになる。神奈川県北西部に広がり、尾根と谷が急峻な地形をなす壮年期の丹沢山地は、伊豆諸島の衝突が原因で激しく隆起しているのだ。

大きくなる日本列島:大陸成長の再現

 伊豆諸島の衝突による日本列島の「拡大」は今後も続く。単純に計算すると、あと1000万年もすると、長野県1つ分の陸地が広がることになる。な〜んだ、そんなにゆっくり! ほとんどの人はがっかりするに違いない。でもこのような陸地の拡大は、地球にとってはとても重要な出来事だ。なぜならば、太陽系惑星の中で「大陸」、すなわち高地が存在するのは地球だけなのだ。そしてこの大陸は、おおよそ40億年前に始まったプレートの運動によって、火山列島同士が衝突して生まれた。今、伊豆衝突帯で起きている地質現象は、地球創世期に起きたダイナミックなドラマを再現していると言えよう。

伊豆衝突の恩恵と試練

 伊豆諸島が本州に衝突することで、南海トラフや相模トラフなどの海底の窪みが陸に向かって屈曲する。実は駿河湾や相模湾は、地球上でも珍しい「陸に近い深海」なのだ。だから、これらの海域は深海魚の宝庫である。昆布締めの刺身や煮物が絶品の金目鯛はその代表格だろう。

 また、毎年日本人を楽しませてくれる桜(ソメイヨシノ)も伊豆衝突の恩恵である。もともと本州に分布したエドヒガンと伊豆諸島の固有種であったオオシマザクラが、伊豆諸島の北上と衝突によって交配して誕生したのがソメイヨシノなのだ。

 さらには、富士山ができたのも伊豆衝突のおかげだ。先に述べたように伊豆・小笠原諸島には巨大火山が並んでいる。本州の火山に比べると数倍〜数十倍も大きい火山になるのは、この地域の地盤が本州に比べると若くて薄く、マグマが地表に噴出しやすいからだ。伊豆衝突によってこのような地盤が本州に突き刺さったために、衝突帯のど真ん中にある富士山(図)は日本一の大きさ(ただし、陸上の火山では)になったのである。

 しかし伊豆衝突ほどの大変動は、当然私たちに大きな試練も与える。衝突帯には、南海トラフの延長をはじめとする活断層が密集する。これらの断層はいつ直下型地震を引き起こしてもおかしくない。このような地震は過去に富士山の山体崩壊を引き起こしてきた(「山体崩壊」、大噴火だけではない富士山の脅威)。また陸に近い相模トラフでは、フィリピン海プレートの沈み込みよって幾度も海溝型巨大地震が発生してきた。例えば、1703年の元禄関東地震、それに10万人以上の死者・行方不明者を出した1923年の大正関東地震(関東大震災)などである。

 ぜひ伊豆半島ジオパークを訪ねて、「変動帯」日本列島を実感いただきたい。

ジオリブ研究所所長(神戸大学海洋底探査センター客員教授)

1954年大阪生まれ。京都大学総合人間学部教授、同大学院理学研究科教授、東京大学海洋研究所教授、海洋研究開発機構プログラムディレクター、神戸大学海洋底探査センター教授などを経て2021年4月から現職。水惑星地球の進化や超巨大噴火のメカニズムを「マグマ学」の視点で考えている。日本地質学会賞、日本火山学会賞、米国地球物理学連合ボーエン賞、井植文化賞などを受賞。主な一般向け著書に、『地球の中心で何が起きているのか』『富士山大噴火と阿蘇山大爆発』(幻冬舎新書)、『地震と噴火は必ず起こる』(新潮選書)、『なぜ地球だけに陸と海があるのか』『和食はなぜ美味しい –日本列島の贈り物』(岩波書店)がある。

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