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渡辺明九段(40)将棋日本シリーズ決勝進出! 終盤の逆転で稲葉陽八段(36)に勝利

松本博文将棋ライター
(記事中の画像作成:筆者)

 10月12日。大阪府大阪市・Asueアリーナ大阪において、第45回将棋日本シリーズ・JTプロ公式戦準決勝▲渡辺明九段(40歳)-△稲葉陽八段(36歳)戦がおこなわれました。棋譜は公式ページをご覧ください。


 16時35分に始まった対局は18時18分に終局。結果は139手で渡辺九段の勝ちとなりました。


 渡辺九段は11月24日におこなわれる決勝戦への進出を決めました。


 もう一局の準決勝・藤井聡太JT杯覇者(七冠)-△広瀬章人九段戦は11月2日におこなわれます。

強豪対決


 長くトップクラスで活躍してきた渡辺九段は、本棋戦19回目の登場。過去には優勝3回、準優勝1回の実績を誇ります。

 今回は2回戦から登場し、豊島将之九段に勝って準決勝に進みました。

 稲葉八段は本棋戦4回目の登場。2022年度には準決勝まで進みましたが、そこで藤井五冠(当時)に敗れ、決勝進出はなりませんでした。


 今回は伊藤匠叡王、永瀬拓矢九段を連破して準決勝に進出しています。


 本局開始前、両対局者は次のように述べていました。

渡辺「この大会は公開対局でおこなうので。お客さんの前で指すということで、やはり何回経験しても緊張するところはあります。稲葉さん非常にスピーディーな攻めが鋭い将棋を指される印象があって。早指し戦、お得意にしているなという印象を持ってます。準決勝と煮詰まってきたところの対局ですので、決勝に進出できるように精一杯がんばっていきたいと思います。よろしくお願いします」

稲葉「いよいよ準決勝ということで、緊張感が高まってきたなというところですね。(渡辺九段は)非常に戦略家で、序盤にも精通していて。大局観に明るくて。決断力もあって。本当に早指しも強いなという印象ですね。たくさんの方に見ていただける、せっかくの機会ですので、自分なりの力を出し切って、いい将棋が指せるようにがんばりたいと思います」

稲葉八段、逆転で優勢に

 振り駒の結果、先手は渡辺九段。後手の稲葉八段は早めに左端9筋の歩を突き越す趣向を見せます。角交換のあと、稲葉八段は飛車を9筋に移動させ、中段に浮きます。進んでみると、稲葉陣は角交換振り飛車の構えとなりました。

 両者ともに駒組が整ったあとは、互いに角を手持ちにしているため、スキを作らないよう慎重な手待ちが続きます。

稲葉「最初は千日手含みで指してたんですけど」

 62手目。渡辺九段は戦機をうまくとらえ、ついに仕掛けていきます。

渡辺「仕掛けたあとはちょっとペースかなとは思ったんですけど」

 渡辺九段は自陣に角を据えて攻撃の拠点とします。そして美濃囲いに収まっていた稲葉玉を、危険な中段へと引っ張り出し、はっきりとリードを奪いました。

稲葉「うまく指されて、玉形がかなり不安定で、むしろはっきり苦しいかなという感じだったんですけど」

 しかしここから稲葉八段が本領を発揮。渡辺九段の攻めをうまくかわし続けます。

渡辺「中段玉でうまくしのがれてしまったんで。そのあたりでもうちょっといい攻めを繰り出せなかったか」

 稲葉八段の辛抱がみのり、最終盤でついに形勢は逆転しました。

渡辺九段、逆転で勝利

 136手目。稲葉八段は角を打って渡辺玉に王手をかけます。

 早指しの本棋戦。渡辺九段はすでに考慮時間を使い切って、一手30秒未満で指さなければならない状況です。渡辺九段は合駒に桂を打ってしのぎました。自玉を守るため、仕方なく打たされた桂のように見えます。しかし実は、相手玉の近くに利かせ、逃げ道をふさぐ役割も果たしていました。

 稲葉八段は、どう指すか。角を切っていけば、渡辺玉は詰みがあるかもしれない。しかしもし、踏み込んで詰まなければ逆転されます。

稲葉「△4六龍とかで、△4五玉の逃げ道を作って安全に指すか。△7七同角成から詰ましにいくか。どちらもあって。詰んでもおかしくはないぐらい危ないと思うんですけど。かなり危ない格好ですよね」

渡辺「(△7七角成▲同金に)△7九角▲8九玉で、いい手が一手あったら詰むなとは思ったんですけど」

稲葉「(△7九角に代えて△7七)同龍(▲同玉)から△6五桂の筋もけっこう危ないんで。でも読みきれないまま指すのもちょっとなあ、と思ったんで」

 実際、ここでは詰みはありませんでした。

 稲葉八段は相手陣に龍を入ります。渡辺玉に確実に詰めろをかけてよさそうな手・・・と思いきや。コンピュータ将棋ソフト(AI)が示す評価値は急転。なんとこの手が敗着となりました。

稲葉「最後ははっきり勝ちになったなと思った瞬間に、ちょっと安全にいこうと思った手が、全然安全じゃなかったんで(苦笑)」

 歴戦の勇である稲葉八段が、思わぬミスをしてしまう。「将棋は逆転のゲーム」と言われるゆえんです。

「うん?」という感じで盤をのぞきこんだ渡辺九段。25秒まで考え、139手目、ゆったりとした手つきで自陣の飛車を前に進め、稲葉玉に王手をかけます。

 ここで稲葉八段の手は止まり、最後の考慮時間を使いました。がくっとうつむく稲葉八段。なぜその前の手で時間を使わなかったのか、という後悔があったかもしれません。驚いたことに、中段の稲葉玉は上下左右、渡辺九段の駒に包まれるようにして、頓死しています。

 急転直下の幕切れ。秒読みの声が響く中、稲葉八段は次の手を指すことなく「負けました」と投了を告げました。

稲葉「ちょっともう、最後がちょっと、本当に情けない終わり方でしたね」


 局後、稲葉八段はそう苦笑していました。

 渡辺九段はこれで本棋戦5回目の決勝進出。久々の優勝となるでしょうか。


将棋ライター

フリーの将棋ライター、中継記者。1973年生まれ。東大将棋部出身で、在学中より将棋書籍の編集に従事。東大法学部卒業後、名人戦棋譜速報の立ち上げに尽力。「青葉」の名で中継記者を務め、日本将棋連盟、日本女子プロ将棋協会(LPSA)などのネット中継に携わる。著書に『ルポ 電王戦』(NHK出版新書)、『ドキュメント コンピュータ将棋』(角川新書)、『棋士とAIはどう戦ってきたか』(洋泉社新書)、『天才 藤井聡太』(文藝春秋)、『藤井聡太 天才はいかに生まれたか』(NHK出版新書)、『藤井聡太はAIに勝てるか?』(光文社新書)、『棋承転結』(朝日新聞出版)など。

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