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東京六大学開幕!東大生はなぜ応援部に入り、1勝が遠い野球部の勝利を信じるのか?

上原伸一ノンフィクションライター
東京大学運動会応援部の主将兼リーダー長の長尾翼(写真提供 東京大学運動会応援部)

野球部員も超難関の入試を突破

本格的な球春が到来し、明日(4月13日)より、東京六大学春季リーグ戦が幕を開ける。

慶應義塾大学が昨年秋に続く連覇を目指すなか、今シーズンも「1勝の重み」と向き合っていくのが東京大学だ。

東大の昨秋までの通算成績は、257勝1728敗63引き分け(勝率は.129)。過去10シーズンで、勝ち点(1カードで2勝)はなく、この間に積み上げた白星は4(引き分けは7)にとどまる。

なかなか勝てないのが「現実」ではあるが、むろん、選手たちは勝利を信じて戦っている。


そのスタンスは、スタンドから後押しをしている東京大学運動会応援部も同じだ。今年度の主将兼リーダー長を務める長尾翼(4年、県浦和)は、きっぱりとこう言う。

「今日負けても明日は必ず勝てると心から信じてます。試合途中でどんなに大差をつけられても、勝利を疑ったことは1度もありません」

野球部の勝利を信じて神宮球場で応援を続ける東大応援部(写真提供 東京大学運動会応援部)
野球部の勝利を信じて神宮球場で応援を続ける東大応援部(写真提供 東京大学運動会応援部)

なぜ、なかなか勝てないチームをそこまで信じ切ることができるのか?長尾は「これは自分の考えですが」と前置きしつつ、2つの理由を伝えてくれた。

「1つは東大生だからだと思います。あまり表面には出しませんが、東大生は受験競争に勝ち、日本一の大学に入ったプライドを持っています。自己肯定感も強いです。当然ながら野球と勉強は別物ですが、自分たちは勉強で勝ってきたのだから、野球でも絶対に勝てるという根拠のない自信があるのです」

もう1つは、野球部員も応援部員も、まったく同じ条件で入学したからだという。

「(東京六大学の)他校には野球で進路を切り拓いた選手がいますが、東大の野球部には、入学試験をパスしなければ、入れません。ですから、同じ立場、同じ学生という意識が強く、言わば同志のような存在。同志だからこそ、勝ち負けを自分事として捉えることができますし、相手の一方的な展開になっても、まだまだ、と、心から応援ができるのだと思います」

1学年先輩に高校の同級生が

東京六大学の応援部(または応援団)は基本的に、リーダー、吹奏楽、チアリーディングの3部で構成されている。そのなかで、応援を先導する役割を担っているのがリーダーだ。「学ラン」を身にまとい、「テク」と呼ばれる特殊な腕の振りで観客を惹きつける。世間一般的に、応援団という言葉から想起されるのは、このリーダーだろう。

長尾は高校まで野球一筋だった。応援部のリーダーになった契機はいくつかあるが、決め手になったのは、高校の同級生がいたことだった。

「リーダーの世界は特殊という先入観があり、入るのにやや躊躇(ちゅうちょ)していたところもあったんですが、高校で3年間同じクラスだった友達がいると知り、一気に敷居が低くなりました。ただ、自分は一浪したので、高校では下の名で呼んでいても、応援部では先輩。はじめはその切り替えに戸惑いました」

東大応援部のリーダー。前列左が主将の長尾(写真提供 東京大学運動会応援部)
東大応援部のリーダー。前列左が主将の長尾(写真提供 東京大学運動会応援部)

いざ入ってみると、待っていたのは、想定していた以上に厳しい日々だった。上下関係はもとより、古くから続いているリーダー特有の習わしも多い。

「下級生(1、2年生)時代は辛かったですね。何をやっても、先輩からダメ出しをされてしまうので…この練習から逃げ出したい、と思ったこともあります。もう1度、入部当時からやり直せるか?と問われたら、即答はできないです(笑)」

古典的な練習にも意味がある

例年、春と夏に行われる合宿も過酷だ。東大のリーダーには「大出走」という、伝統的な練習がある。フルマラソンと同じくらいの距離を、大声で応援歌を歌ったり、テクや拍手などの演舞をしながら走るのだ。

1年生は夏合宿で「大出走」をクリアすると、正式な部員として認められる。だが「大出走」はその1回で終わりではなく、リーダー部員は引退するまで、計7回経験しなければならない。学年が上がれば、それ相応の責任と役割が課せられる。

今年3月の春合宿で「6回目」を終えたばかりの長尾は「何度やってもきついです」と明かす。

一方で、こうも言う。

「リーダーである以上、何年生であっても、その学年に見合う成長をしなければならず、その大きなきっかけにもなってます」

長尾は続ける。

「応援部は運動会(体育会)です。野球部が練習で追い込んでいるのなら、方法は違っても、ふだんから運動会にふさわしい練習をしないと…そうでなければ、チケットを買って入場されているお客さんの前で演舞する資格もないと思っています」

応援部に入って本当に良かった

ただし、これまでこうだったから…と続いている慣習は見直しが必要と考え、改革にも取り組んでいる。「下級生時代から、違和感を覚える慣習はすべてメモをしてきました」。

例えば、リーグ戦時の校旗の運搬。昨年までは部員がケースに入れて、神宮球場まで電車で運んでいた。神聖なもの、という認識をされているからだ。しかし、電車は公共の乗り物である。他の乗客の迷惑になっていたのを踏まえ、今年から運搬車に載せることにしたという。

3部合わせて66名の部員(1年生は除く)の先頭に立つ主将は、時代の変化に合わせていくことも必要だと思っている。

「コロナを境に(東京六大学の)リーダーに対する、世の中の目が厳しくなったと感じています。(応援席の心を1つにするための)「学生注目」にしても、これまではユーモアを交えながら、対戦校をいじるのが定番でした。ですが、お客さんから『相手に対して失礼だ』『不適切』といったお叱りを受けるようになりまして。応援部員のなかからも、そういう意見が出ました。いまは必ず対戦校を持ち上げるようにしています」

バケツの水をかぶって応援席を盛り上げることも、東京六大学応援団連盟の取り決めで、昨年から禁止になったという。

長尾が愛用している現在ではあまり見られなくなった学生カバン。主将就任を機に購入したという(筆者撮影)
長尾が愛用している現在ではあまり見られなくなった学生カバン。主将就任を機に購入したという(筆者撮影)

「そこに何の意味があるのか?」と問われる時代にあって、言わば、その対極に位置しているのが、古き時代を受け継いでいるリーダーだ。一見、意味がないように映ることに価値を見出すリーダーが存続していくためには、時代を意識することも必要なのだろう。

女子のリーダーも増えている。男子のリーダー不足に悩んでいるところが多いなか、女子のリーダーを採用していない法政大学、現在は採用していない早稲田大学、そして不祥事によりリーダー部を廃部にした慶應義塾大学以外の3校には女子のリーダーがいる。東大も11名(四年2人、三年3人、二年6人)のうち2名が女子だ。かつてとは異なり、男女混合の部として歩んでいくことも求められている。

長尾は東大応援部に入って本当に良かったと思っている。

「性格も社交的になりました。高校時代はほぼ、野球部の友達としか付き合わず、コミュニケーションも得意ではありませんでした。友人関係も狭かったんですが、大学で一気に広がりました。東京六大学応援団連盟を通じて、他校にも友人がたくさんいます。自分が変わったのは、リーダーは外にベクトルを向けて伝えることが大きな役割だからでしょうか。人生が明るくなった気がします」

応援部での活動は、就職活動でも役立っているようだ。「言語化して、相手に伝わるように伝える力が養われたので、面接にも臆することなく臨めています」。

長尾は東大の応援部で養われた力が就活でも役に立っているという(筆者撮影)
長尾は東大の応援部で養われた力が就活でも役に立っているという(筆者撮影)

東大応援部には、「不死鳥の如(ごと)く」という応援曲がある。高校野球応援でもよく使われているが、これは東大応援部のオリジナルである。死んでも蘇り、永遠の時を生きるといわれる「不死鳥」(伝説上の鳥)は、どんなに負けても前を向く東大野球部そのものかもしれない。

今日は絶対に勝つ―。東大応援部はぶれない心で、野球部を応援し続ける。

文中敬称略。

ノンフィクションライター

Shinichi Uehara/1962年東京生まれ。外資系スポーツメーカーに8年間在籍後、PR代理店を経て、2001年からフリーランスのライターになる。これまで活動のメインとする野球では、アマチュア野球のカテゴリーを幅広く取材。現在はベースボール・マガジン社の「週刊ベースボール」、「大学野球」、「高校野球マガジン」などの専門誌の他、Webメディアでは朝日新聞「4years.」、「NumberWeb」、「スポーツナビ」、「現代ビジネス」などに寄稿している。

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