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コロナでアカデミー賞がルール変更。だがそもそも授賞式はできるのか?

猿渡由紀L.A.在住映画ジャーナリスト
今年2月、オスカー授賞式直前のハリウッドの風景(筆者撮影)

 米映画アカデミーが、絶対に崩したくない壁を崩した。劇場公開を飛ばし、ストリーミングに直行した映画にも、オスカー候補の資格が与えられることになったのである。新型コロナで映画館がクローズしている状況をふまえてのもので、あくまで今回だけの特別措置だ。

 通常、オスカーの資格を得るためには、L.A.郡の一般向け映画館で、最低でも連続7日間、1日あたり3回以上、上映されることが必要とされる。しかし、西海岸時間28日に送られてきたプレスリリースで、アカデミーは、「COVID-19のパンデミックにより、3月16日からL.A.郡の映画館がすべて閉鎖していることを受け(中略)、今後、新たなアップデートがあるまでは、この第93回授賞式にかぎり、劇場公開を予定していたがストリーミングまたはDVDでリリースされることになった映画にも、作品部門の資格があるものとします」と伝えている。ただし、連邦、州、地方政府のガイドラインに沿って映画館が再オープンした場合、この特別措置は無効になり、それ以降に公開、あるいはリリースされる作品には通常どおりのルールが適用されるとのことだ。

 アカデミーは、リリースの中で、この措置は映画製作にたずさわる会員たちをサポートするためのものだと説明。「映画のマジックは、映画館で見てこそ伝わるものだとアカデミーは強く信じます。その信念は変わっていませんし、揺らぎはありません。それでも、COVID-19が引き起こした歴史的悲劇によって、私たちは、一時的な例外を作る必要に迫られました。この不確かな時期、アカデミーは、会員たちを支えます。これらの人々にとって、自分の作品を見てもらえ、祝福してもらえることがいかに重要か、私たちはわかっています」と、彼らは述べる。

 劇場のクローズで新作映画の公開は続々と延期されているが、現段階で、この恩恵を受けられそうな映画には、パラマウントのロマンチックコメディ「The Lovebirds」と、ディズニーのファンタジー「アルテミスと妖精の身代金」がある。この2作品はいずれも、延期でなく、ストリーミング直行が決められた(リリース日は未定)。しかし、映画館がいつまで閉まったままなのかによっては、先が見えないまま取っておくよりは、さっさと出してしまってコストを回収しようと、この選択肢を取らされる作品も、まだ出てくると思われる。ドリームワークス・アニメーションの「トロールズ ミュージック★ツアー」は、今月上旬、まだ開いていた数少ない地方の映画館で公開されるのと同時にストリーミングデビューした結果、記録的なアクセスを得て、1億ドル近くを稼ぐことになった。この成功例は、待ってでも劇場公開にこだわるか、あきらめてストリーミングに放り出すかの境目にある作品を、そちらの側へ後押しすることになるかもしれない。

カリフォルニア州知事の計画で、授賞式は再開可能な「最終ステップ」

 アカデミーのリリースは、状況によっては今後もルールに変更が生じる可能性はあること、授賞式は先に発表されているように来年2月28日、ABCが放映することを伝えて、締めくくられている。2月28日は、今からちょうど10ヶ月後だ。だいぶ先であるとも言えるし、間近に迫っているとも言える。カリフォルニアで緊急事態宣言が出てから丸1年も経っていない時期であり、おそらく、それまでにワクチンはできていない。

 偶然にもこのリリースが出るのとほぼ時を同じくしてギャヴィン・ニューサム州知事が発表したカリフォルニア州のビジネス再開プランを見ても、来年2月に例年どおりの形でオスカー授賞式を行える可能性は、高いとは言えない。ニューサム州知事による4段階のプランで、オスカー授賞式が当てはまるのは、最終段階。ここでは「コンサート会場、コンベンション会場、観客を入れたスポーツ会場など、リスクの高いビジネスを再開する可能性」が出てくるが、この段階に進めるのは治療法が確立してからだ。また、冬には感染の第2波が来ている恐れもある。ちなみに、現在は「検査を増やし、ビジネスを再開した時のために職場の安全を完備」する、第1段階。第2段階では「ソーシャルディスタンシングを実行しつつ、一部の小売店、学校、工場、オフィス、公のスペースを再開」、第3段階では「ジム、ヘアサロン、映画館、教会、観客を入れずに行うスポーツの試合」が許される。

 このような状況の中、カリフォルニアではすでに7月のコミコンも中止になり、エミー賞も、デイタイム、スポーツ、ドキュメンタリーの授賞式は、ヴァーチャルで行われることに決まった。花型であるプライムタイムについてはまだ発表がないが、予定どおり9月20日に実施するつもりなのであれば、ダウンタウンのマイクロソフト・シアターに7,100人もの招待客を集め、レッドカーペットの脇にぎっしりとレポーターを詰め込んだいつもの形では、行えない。たぶん、ヴァーチャルを含め、例外的な方法が取られると思われる。

 だが、ヴァーチャルの授賞式では、視聴率は期待できない。そこが、頭の痛いところである。エミーも、オスカーも、過去最低の視聴率を記録したばかりとは言え、オスカーは地上波テレビの中ではまだ随一の数字を稼ぎ、広告スポット料金も高く、しかも完売する重要な番組だ。候補者や受賞者だって、人生でまたとない機会、生で人々に祝福されたいことだろう。

 もちろん、全体的に見れば、これらは取るに足らない問題である。今、ハリウッド業界では、製作がすべてストップし、俳優、監督から衣装デザイナー、小道具レンタルビジネス、ケータリングサービス、運転手まで、大勢の人が日々の生活に困っている。この状況が長引けば、次のオスカーはヴァーチャルでしのげたにせよ、その次の年はないかもしれないのだ。まず、望まれるのは撮影再開。いや、新型コロナの収束だ。オスカーという伝統の賞で、映画という文化を祝福できるためにも、心からその日が待たれる。

L.A.在住映画ジャーナリスト

神戸市出身。上智大学文学部新聞学科卒。女性誌編集者(映画担当)を経て渡米。L.A.をベースに、ハリウッドスター、映画監督のインタビュー記事や、撮影現場レポート記事、ハリウッド事情のコラムを、「ハーパース・バザー日本版」「週刊文春」「シュプール」「キネマ旬報」他の雑誌や新聞、Yahoo、東洋経済オンライン、文春オンライン、ぴあ、シネマトゥデイなどのウェブサイトに寄稿。米放送映画批評家協会(CCA)、米女性映画批評家サークル(WFCC)会員。映画と同じくらい、ヨガと猫を愛する。著書に「ウディ・アレン 追放」(文藝春秋社)。

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