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少女はなぜ逃げられなかったか、そしてなぜ逃げられたか:監禁事件から考える心の支配と少女の勇気

碓井真史社会心理学者/博士(心理学)/新潟青陵大学大学院 教授/SC
(写真はイメージ)(写真:アフロ)

■監禁事件

埼玉県朝霞市で行方不明になり約2年及ぶ監禁生活から脱出し、保護された女子中学生(15)。報道によれば、少なくとも最近の監禁状態はゆるやかなものだったようです。

また一部報道によれば、監禁したと思われる男と少女は二人で外出し、買い物をしていたようです。また目撃者の証言よれば、たしかに年齢差は気になったものの、二人は普通に歩いていたともいいます。さらに、少女は一人で買い物に出かけることもあったと報道しているメディアもあります。

このようなことがわかってくることで、「少女はなぜ逃げなかったのか」と疑問を持つ人が、さらに増えているようです。私のところにも、なぜ逃げなかったのか、逃げられなかったのかという質問や取材が続いています。

■逃げなかったのではなく、逃げられなかった

まず、これまでの監禁事件等のケースを見てもわかりますが、被害者は逃げなかったのではなく、逃げられなかったのです。世間の人が、その状況なら逃げられるだろうと感じるのは、その人が安全な場所にいて冷静だからです。

路上犯罪などにおいても、男に脅され、「こっちへ来い」と言われて、従ってしまう被害者(特に子ども)がいます。ナイフで脅されなくても、従ってしまう被害者もいます。ヘビににらまれたカエルのような状態になり、逆らえなくなるのです。

ましてや、誘拐監禁するような男は何をするかわかりません。その恐怖と不安の中で脱出行動が取れないのは、弱いからではなく、人として普通のことです。

■逃げる力を奪われる学習性無力感

どんなに努力しても決して良いことは起こらない。そんな体験を繰り返すと、人は(動物も)学習性無力感に陥ります。そうなってしまえば、もう実は逃げられる状況になっていても、逃げる知恵や実行力がわかなくなり、ただじっと苦しみに耐えるようになります。

これも、弱い人ではなく、普通の人が普通に陥る状態です。

■洗脳、マインドコントロール

命令に従わなければひどい目に合わせ、従えば好きなものを与える。このようなアメとムチを巧みに極端に使うことによって、人は洗脳されます。さらに外からの情報が遮断され、絶対に逃げられないとか、一生一緒に暮らすんだ、家族ももう探していないなどの一方的情報にさらされ続けることで、マインドコントロール状態にもなります。

一部報道によれば、今回の男性も、言葉巧みに帰る場所はない、ここにいるしかないと、少女に伝えていたようです。悪質なカルト宗教なども、親も学校も警察もサタンであり、ここにいるしかないと教え込みます。

人の心と行動を支配する方法で、暴力的方法を使うのが洗脳、使わないのがマインドコントロールです。

人は、恐怖に縛られ、無力感に陥り、洗脳やマインドコントロール状態になれば、悪人の指示に逆らえないようにもなるのです。ときには、普通の人から見れば非常識に思えることを、進んで行ってしまうことすらあります。

被害にあう人が弱い人なのではなく、人とは、そういうものなのです。

巨大カルト組織は、そのような支配方法を学んだりもしますが、個人の場合には、人の操縦法を自然に身につけている人もいます。

■なぜ逃げられたのか:少女の勇気を讃えて

おそらく被害者は、力が奪われた部分や時期もあったことでしょう。それでも、少女は心の底の勇気と希望を失いませんでした。生徒手帳を隠し持ち、掃除の途中で見つけた170円を、逃げるときにきっと役立つと信じて握りしめました。

ネットやテレビを通し、部分的に外の世界とつながり、両親が自分を探し続けていると知ったことも、勇気につながったことでしょう。

さらに、男が少女と共に転居したことは、大きなきっかけだったことでしょう。なぜ逃げなかったと言う人がいますが、少女が一生懸命頑張って、従順さを示してきたからこそ、転居後に男の監禁がゆるみ脱出のチャンスが生まれました。被害者の従順は、生き残るための必死に努力なのです。

突然の誘拐監禁、とてつもない恐怖と緊張の中で、絶対に自由になることができない部屋。人の感情は、しばしば場所と結びつきます。電車の事故にあった人が電車に乗れなくなります。学校で苦しい目にあった子が、学校に入こうとすると気分が悪くなることがあります。

被害者少女は、その恐怖の監禁部屋から出ることになりました。そして、外の世界を長い距離移動します。

男は、おそらくもう女性は逃げないと思い込み、鍵もかけなくなります。一方少女は、新しい部屋で心の底にあった勇気と希望が、再び膨らみます。男は、家族気取りで外出先を告げ出かけます。こうして、今回の必死の脱出劇が生まれたのでしょう。

■事件から学ぶこと

男性はまだ容疑段階で、様々な情報も出始めたばかりです。どのことも、確定的ではなく決め付けは危険です。様々な可能性はあります。ただわからないままに、被害者の名誉と尊厳が傷つけられてはなりません。

そして、わからないなりに、事件に注目が集まっている今、伝えるべきことがあると感じています。

人の心と行動を支配しコントロールすることはできること。そして、生き抜いた被害者は勇気を持って戦ったサバイバーであること。その理解を通して、被害者保護と類似事件の防止に努めたいと思います。

*加筆3/30

女子中学生監禁事件、「なぜ逃げられなかったのか」という「理由」を問うことは暴力である」というご意見に対して、下記のページをアップしました。

女子中学生監禁事件、「なぜ逃げられなかったのか」という「原因」を問う意味

「なぜ逃げられなかった!?」と理由を問い詰めるのは暴力的です。しかし被害者を守るためにも、逃げられなかった原因の解説は必要です・・・

社会心理学者/博士(心理学)/新潟青陵大学大学院 教授/SC

1959年東京墨田区下町生まれ。幼稚園中退。日本大学大学院文学研究科博士後期課程修了。博士(心理学)。精神科救急受付等を経て、新潟青陵大学大学院臨床心理学研究科教授。新潟市スクールカウンセラー。好物はもんじゃ。専門は社会心理学。テレビ出演:「視点論点」「あさイチ」「めざまし8」「サンデーモーニング」「ミヤネ屋」「NEWS ZERO」「ホンマでっか!?TV」「チコちゃんに叱られる!」など。著書:『あなたが死んだら私は悲しい:心理学者からのいのちのメッセージ』『誰でもいいから殺したかった:追い詰められた青少年の心理』『ふつうの家庭から生まれる犯罪者』等。監修:『よくわかる人間関係の心理学』等。

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