板谷由夏さんインタビュー「自分の生活にホームと言える場所を持つことのありがたさ」
春になり進学や就職など新生活が始まる時期、「気軽に行けるお店が欲しい」そう思ったことがある人は少なくないのではないでしょうか。九州から上京してきた筆者もその一人。
俳優の板谷由夏さんは福岡から上京、25歳の頃から20年あまり通い続けている東京・三宿にあるレストランカフェバー「Kong Tong(コントン)」と出会えたことを「ラッキーだと思う」と言われています。その理由を板谷さんに教えていただきました。
国道246号沿い、世田谷区三宿の交差点にあるビルの5階にある「Kong Tong(コントン)」。同ビルには香港麺で人気の「新記」やクラブなどがあり、返還前の香港・九龍の“混沌”としたイメージを連想させることから、その響きをとって名付けられたのだそう。板谷さんは03年のオープン当時からこちらの店に通い続けている。
板谷由夏さん(以下:板谷さん)「たまたまなんですけど、私はここのすぐ近くに住んでいたんです。25歳くらいの時、福岡から上京したばかりで。このお店があるビルから3つ目のマンション」
元々知り合いだった人たちがお店を三宿にOPEN、家からも近いこともあり、当時は毎日のようにお店に顔を出した。
板谷さん「ほとんど食堂って言うか、自宅のリビング化してましたね(笑)」
いまから20年前、当時20代の板谷さんは毎日ここでどのように過ごしていたのだろう。
板谷さん「昔、隣のビルがない頃はここから素晴らしい夕焼けが見られたんですよ。夕焼けを見にビールを飲みに来てました」
「Kong Tong」でバーを担当する福田達朗さんはその話を聞いて「よく夕焼け見ながらワインを一本空けてましたね」と教えてくれました。
板谷さん「(笑)。そうしていると大体誰か知り合いがこのお店に来るんです。そこから誰かが誰かを呼び、どんどん人が増えてみんなで飲んじゃう。私の家が歩いてすぐ近いから、コンビニでアイスクリームを買って食べながら帰るとか、そういうことをやってましたね」
「Kong Tong」はランチ、ディナー、バーといろんなシチュエーションで楽しむことができ、俳優、ミュージシャンなどの常連客も多い。
板谷さん「谷中(敦)くんとか、東京スカパラダイスオーケストラのメンバーは昔から仲良かったし、ここで会うと軽く乾杯したり。このビルの地下にあったクラブ『Web』でイベントをやっていて、みんなここに上がって来るの。2階の『新記』で中華を食べるか、5階のここに来るか(笑)」
「私の20代、特に夜はほとんど毎日このお店にいました」と板谷さん。ちなみに週のうち何日ここを訪れていたのか回数を聞いてみると、、、
板谷さん「週4くらいここにいたような、、、働けよって感じですよね(笑)」
現在は神奈川の郊外で生活されている板谷さん、実は10年ほどは前のように「Kong Tong」を訪れることはできなかった。
板谷さん「結婚して、子供を生んでしばらくここには来れなかったんですけど、ここ数年子供達が大きくなり私も一人でご飯を食べに行けるようになって、また復活してきた感じです。いまはお仕事で毎日東京には来ているんですが、こちらのお店には2か月に一回くらいのペースで来ています。最近は子供達が主人と留守番できるようになったてきたので。『ちょっとママ行ってくる』みたいなことができるようになったのはここ2、3年のことですね」
「ただいま」と言いながらドアを開ける
福岡からひとりで上京してきて、この場所と出会えたことについて訊ねてみた。
板谷さん「東京での生活が全然違ったものになっていたでしょうね。私はここに来るときはいつもドアを開ける時に『ただいま』って言いながら入ってくるんです。行くというより、帰ってくる場所というか」
俳優という仕事柄、いろんな場所を訪れている板谷さんにとって、なぜ「Kong Tong」は特別な場所なのだろう。
板谷さん「私はお店は人だと思うんですよ。お店って、やっぱりそこにいる人に会いに行く気がしませんか。このお店に通い始めた20代の頃、私は東京に出てきてまだ数年で『ただいま』って帰る場所が欲しかったんだと思うんですね。そういう場所があることで、自分の東京ライフを充実させてるっていう何か気負いもあっただろうし。たまたまそこに、『Kong Tong』の彼らがいてくれた。だから感謝しています」
カウンター席で会話を楽しむ
板谷さんの印象を「Kong Tong」のスタッフに訊ねてみると「誰が相手でもあまり壁を作らず、いつの間にか人の懐に入っている」のだそう。
板谷さん「ひゅるひゅるっとね(笑)。大体、私はカウンターの左から2番目の席に座るんですよ。そこで隣に座っている方やお店から紹介された方と話したりすることはありますね」
板谷さん流の楽しみ方などあるのだろうか。
板谷さん「お友達とかをここ連れてきて、一緒に食事したり飲むのも好きだけど、私は一人でフラフラ来るのが一番好きですね。お店で誰かと『ああでもない、こうでもない』って喋って、最近の近況を話して。『今こういう状況で、そうなのね』とブーブーって言ったりして帰る。そういう感じ」
初めて「Kong Tong」を訪れる人のために、板谷さんはどんなメニューをよく注文するのか教えていただいた。
板谷さん「昔はハンバーグをよく食べてましたね。それと、私はここのカレーが好きで、ランチとかでよくいただいています。お酒は『サッパリしたものが飲みたい』という風にその時の気分を伝えて出していただく感じですね」
大人になって気づいたこと
自分にとってのホームと呼べる場所があることについて話を聞いているうちに、「定住することが苦手だった」と板谷さん。それは子供の頃に何度も転校を繰り返したことが要因なのだそう。
板谷さん「子供の頃は何回も転校をしたので、自分のホームと呼べる場所がほとんどないんです。親の仕事の関係でいろんな学校に転校したので、そこに定住するっていうのがすごい苦手で、2年ぐらいすると父の転勤が始まるような気がして引っ越さなきゃいけないという気分になってきたり。そういう意味で自分のホームというと、ここしかないかもしれないですね」
インタビューの途中、「大人になってから気づいたことがあるんです」と板谷さん。
板谷さん「最近すごく思うんですけど、毎日同じ場所、同じ時間にお客さんを招くためにそこに居続けなきゃいけないって、相当大変なことだと思うんです。大人になってその大変さがようやくわかってきました。私たちは行きたい時に行けばいいし、自由じゃないですか」
板谷さん「お店でお客さんをお迎えして、さよならする人達の心境って私には計り知れないけれど、なんだか切ないというか刹那な感じがあって。その刹那な感じに会いに行きたいという思いがあるのかもしれません」
40歳の誕生会を「Kong Tong」で行ったという板谷さん。現在はいつもどのようなタイミングでここを訪れるのだろう。
板谷さん「飲兵衛のよくある話で、『2軒目、あたしがいいとこに連れていくぜ!』っていう感じですね(笑)。特別なイベントごとっていうよりも、当日電話して『今から入れます?』という感じで利用させていただいていますね」
「役者同士で『初めまして』という時に『以前、Kong Tongでお見かけしました』と言われたこともあると板谷さん。これまで、ここでいろんな出会いがあったのだそう。
板谷さん「誰かに会える場所が一つでもあるのは、自分の自信に繋がるというか、心に安心感を与えてくれる気がします。そこで誰かに出会えたら、それを大事にすれば育めるし、ネクストが生まれる。でも、このお店があっても、この人たち(スタッフの福田達朗さんと田島大地さん)がいないとここには来ない。やっぱり人ですね。ここにくる度に、良くも悪くも自分が全く変わっていないことがよくわかります。移り変わりの激しいいまの世の中で、変わらないでいてくれてありがたい、自分が帰る場所があってありがたいと思います」
人に興味を持ったらそれを伝えてみる
最後に、どうやったら板谷さんのように自分のホームと呼べるようなお店に出会えるのか訊ねてみた。
板谷さん「一人で行動してみるといいかもしれないですね。そこが気に入って、どんな人がこのお店をやってるんだろうと人に興味を持ったらそれを伝えてみる。そういうところからお互いに愛情のようなものが生まれて、いつの間にかホームと呼べるようになるんじゃないかなと思います」
撮影:SHOTA YOKOKURA
『Kong Tong(コントン)』
2023年3月9日にオープン20周年を迎えるレストラン&カフェ・バー。お店に縁ある様々なアーティストのイベントを3月より開催。
住所:東京都世田谷区池尻3-30-10 三旺ビル5F
電話: 03-5431-7329
営業時間: 月〜金(平日)11:30〜深夜2:00(L.O.)、土日祝12:00〜深夜0:00
Kong Tong HP http://garlands.jp/kongtong/
<東京のなぜか文化人が集うレストラン&カフェバーのお話し>
東京スカパラダイスオーケストラ・谷中 敦
大宮エリー
竹中直人