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『魚屋の森さん』森 朝奈さんインタビュー 「魚にまつわる背景を伝える魚屋さんを目指したい」

秋吉健太編集者

【『魚屋の森さん』森 朝奈さんインタビュー】

YouTubeチャンネル登録者数33万6000人、「魚好きを増やす」ことをテーマに掲げた『魚屋の森さん』。この番組を自ら企画、出演するのは名古屋の鮮魚卸・小売「株式会社寿商店」の常務取締役・森 朝奈さんだ。家業を継ぐ前は楽天で働いていたという森さん。その後、地元名古屋に戻り家業を継いだのだそう。きっかけはどういうものだったのだろうか。

森 朝奈さん(以下:森さん)「新卒で楽天に入社をしました。もともと家業を継ぐのを前提で楽天に入ったのですが、具体的なタイミングといえば父がちょっと体調を崩したので家業へもどることを決めました。タイミングですね」

物心ついた時から魚には慣れ親しんでいる森さん
物心ついた時から魚には慣れ親しんでいる森さん

思い出深い父のエピソード

森さん「私が生まれたときは、もう父が『寿商店』を起業していました。父は二十歳で起業してるんです。物心ついた頃、当時はスーパーの一角で魚屋をやっていたんですが、私は保育園が終わると父と母と父が働いているそこに行って、一緒に店頭で『いらっしゃい、いらっしゃい』ってやって、夕方になったら母と家に帰るみたいな生活をしていました」

『私は父の仕事をすごく尊敬しているんです』と森さん。子供の頃のお父さんとの思い出を聞いてみた。

森さん「私が幼稚園の頃の話ですが、いつも来る常連さんでマグロやタイなどの決まった魚しか買っていかない方がいたんです。父は市場で珍しい魚や安い魚など『これが美味しい』と思っていろんな魚を仕入れて、その日お店でおすすめするんですよね。いろんな美味しい魚と出会ってもらいたいというのが、うちのお店の人気の秘訣だったみたいです。でも、そのお客さんだけは絶対他の魚を買ってくれないっていう話をしていて。ある日、そのお客さんが来たときにその日入荷していたものすごく上質でお値打ちなカレイがあったので、それを是非食べてもらいたかった父は『絶対これは煮付けにしたら美味しいから、いつもより安いし』とお薦めしたんです。『うちの息子、カレイは嫌いだし食べないと思う』というお客さんに、父は『もし息子さんがこのカレイを食べなかったら、返金するから』という形で買っていただいて」

寿商店の運営する「魚屋の台所 下の一色」本店で森さんに話を伺いました
寿商店の運営する「魚屋の台所 下の一色」本店で森さんに話を伺いました

森さん「そうしたら、次の日にそのお客さんはすごい喜んでお店に来られて、『今日はカレイないの?』って言うようになったっていうのを覚えています。子供の頃は父が魚を捌く解体ショーを見ながら『かっこいいな』って思っていたぐらいだったんですけど、父がお客さんに感謝されている姿がすごく印象的でした」

「父の目利きで魚好きになっていくお客様をみて、仕事人としてすごく尊敬するようになりました」(森さん)
「父の目利きで魚好きになっていくお客様をみて、仕事人としてすごく尊敬するようになりました」(森さん)

家業を継ぐのはアルバイトからスタート

森さんは、社長である父の嶢至さんに入社の意思を綴った手紙を書いたのだそう。

森さん「面接してくれる人もいなかったので、父に入社願いを書いたんです、家業への想いもこめて、結構長い手紙。紫色のレターセットに書いて」

寿商店の代表取締役社長・嶢至さんもYouTube『魚屋の森さん』に登場することも
寿商店の代表取締役社長・嶢至さんもYouTube『魚屋の森さん』に登場することも

森さん「節目なので、自分が家業を継ぐことを考えているっていう意志をそこできちんと伝えた上で、入社したいって書いたんですけど、返事はもらえなくて。『入社していいぞ』とも言われていない状態が続きました」

ちなみに、入社後その手紙について嶢至さんから何か言われたことはあるのだろうか。

森さん「ないんですよ。まだ私がアルバイトとして働いていた頃、店の職人さんから『社長が酔っぱらって嬉しそうに朝奈ちゃんの手紙を見せてくれたよ』と教えてくれて。それを聞いて『率直な想いをかいた手紙を別の人に見せないでよ・・・』と怒りもあったんですけど(笑)。いつも財布に入れていると聞いて、嬉しい気持ちもあります」

楽天を辞めた森さん。寿商店では父親に他のスタッフと同様に働きたいと申し出て、最初はアルバイトとして働いた。

森さん「最初はアルバイトとして入社したのですが、そのときは飲食店の現場にでていました。私はずっとデザインも好きだったのもあって、実際に現場で接客するうちに、当時うちの飲食店のメニューやポップがお客様にとってわかりにくいのが気になりはじめたんですよ。当時、父が東海エリアでは珍しいクジラ料理をうちの店で売り出したいといっていたのですが、なかなかうまく打ち出せていなかったり。職人さんや父がすごくいろんな技術や知識をもってお仕事に向き合っていたんですけど、それがお客様に伝わりきっていないのが悔しいという想いもありました。なので、うちのお店の付加価値としてお客様にきちんと伝わるように表現したいなと思って、メニューやPOPの制作ができるようになろうと、Photoshopとかillustratorとかの独学の時間に充ててましたね」

寿商店が経営する「魚屋の台所 下の一色」名物の「くじらのわら焼」
寿商店が経営する「魚屋の台所 下の一色」名物の「くじらのわら焼」

YouTubeを始めたきっかけ

現在は登録者数33万6000人を誇るYouTube『魚屋の森さん』。始めたきっかけはやはりコロナ禍の影響が理由だったのだそう。

森さん「2020年ですね。当時、中部国際空港セントレアの中に天ぷらのお店、フィッシュバーガーのお店、お寿司屋さんの3店舗を出していたんです。そのころ欠便が増えてきたのと、外国からの入国についての議論が出始めていた頃です。なんか、いやな予感するなと思った矢先に緊急事態宣言が出ました。そのタイミングで、ずっと悩んでた『YouTubeっていうのをやってみよう』っていう決断に至ったんですよ」

フォロワー10万人を超えた記念の銀の盾
フォロワー10万人を超えた記念の銀の盾

森さん「もともときっかけは、その前の年のクリスマスにさかのぼるんですけど、YouTubeをされている『きまぐれクック』さんと中京テレビがコラボをして、名古屋のとある広場でお店をやるっていうイベントがあったんですね。このお店の運営をうちがやることになったんです」

「実際、そのイベントがすごかったんですよ」と森さん。『きまぐれクック』さんのYouTubeの影響力に驚いたのだそう。

森さん「人がたくさん来ただけじゃなくて、小学生が千円札を握りしめて商品を買いにくるんです。そこで何を売ってるかっていうと、白子、牡蠣、あん肝たっぷりの『痛風鍋』を売ってたんですよ。その子たちに『痛風鍋って何か知ってるの?』って聞いてみると、『白子でしょ、タラの精巣でしょ』って、みんな言うんです。『きまぐれクック』さんは、様々な世代の方をしっかり食育して、魚好きを増やされている。そのことにすごい感銘を受けて、そのイベント通じてYouTubeっていう媒体に興味を持ちました」

そして2020年2月、YouTube『魚屋の森さん』をスタート。

森さん「コンセプトは最初からクリアにあったんですが、主役は魚で、魚に興味を持ってもらえるようなコンテンツ。最初は動画を1本アップしたら5件ぐらいコメントがつくっていうような感じだったんです。でも、それでもうれしくて。サバをさばく動画を見た人から『サバを食べたくなったから買ってこよう』『こういう食べ方知らなかったから、明日やってみよう』とか、実際に魚の消費につながってるなっていうコメントがうれしかったですね」

「YouTubeはやって良かったことだらけ」

「私、跡取りとして自信なかったんですよ。右腕としては自信があったんですけど」と森さん。

森さん「システム化とかも、結局バックオフィスの仕事なので、とにかくサポート役をずっとやってきて、穴を埋める仕事が多かったんですね」

そんな森さんが、YouTubeを始めたことである可能性に気づいた。

森さん「私がメインになって何かものを動かしていくっていうのをYouTubeで初めて体験していくうちに、YouTubeってネット通販とすごく相性がいいなっていうふうに思ったんです。コロナ禍、YouTubeとうちのECを連動させたときに、ネット通販の売上でうちの会社も体力的にかなり助かりました」

寿商店で人気の「鮮魚ボックス」の魚を使ったレシピを紹介する回では森さんが30分間で全8品の料理に挑戦
寿商店で人気の「鮮魚ボックス」の魚を使ったレシピを紹介する回では森さんが30分間で全8品の料理に挑戦


森さん「通販の仕入れの方が飲食店の仕入れより上回るようになったある日、魚市場に行ったんですがね。いつもは市場のおじちゃんたちが、うちの社長に『社長、今日は何にする?』『いいの入ってるよ』って言ってくるんですけど、その日は皆さん、私の方に来て、『あさ(朝奈)ちゃん、これ買ってくれる?』とか、『あるだけ確保しといたよ』というふうに交渉してきてくれるようになって。そのときにすごい自信がつきました」

「それまでやってきたことが認めてもらえたようで嬉しかったです」(森さん)
「それまでやってきたことが認めてもらえたようで嬉しかったです」(森さん)

スタートから4年、300本以上の動画をアップする『魚屋の森さん』はチャンネル登録者数33万6000人という人気コンテンツとなっている。動画を撮影する際に心がけていることはあるのだろうか。

森さん「結局、皆さん興味持ってくださってるのは『人』だと思うんですよね。ものでなく想いの部分に共感をしてくれると思うので。なので、『誰がどういうふうにつくってるのか』とか、『どういうふうに定置網漁ってやってるの?』っていうのを見せるようにしたり、ものに纏わる「ものがたり」を大切に発信しています」

YouTube『魚屋の森さん』は基本的に週2回更新
YouTube『魚屋の森さん』は基本的に週2回更新

すでに350本以上のYouTube動画をアップしている森さんに、思い出深いエピソードを尋ねてみた。

森さん「愛知県の奥三河で10年間チョウザメの養殖してる方がいるんですが、キャビアってチョウザメが生まれて10年たたないとできないんです。チョウザメをずっと飼育するのってほんとに大変なんですよ。日々の餌やり、水の温度管理、水槽のメンテナンス。その記念すべき10年目にYouTubeの撮影で立ち会ったときに、やっぱりすごい心が動いて。私、キャビアって『高価な食べもの』ぐらいにしか思ってなかったんですけど、初めて『キャビアを食べてみたい』って思って、実際に食べたらおいしかった」

骨が多い魚・鮗(このしろ)を家庭でおいしく食べるための調理方法を紹介した回
骨が多い魚・鮗(このしろ)を家庭でおいしく食べるための調理方法を紹介した回


森さん「そういうプロセスを思えば思うほどその商品に価値がつくし、売り手もそれが伝えたいじゃないですか。商品のラベルだけでは『10年間、僕もこんだけやってきた』っていう想いは言えないじゃないですか、ラベルだけじゃ。そういう想いを話していただこう、YouTubeってそういう場にも使えるんじゃないかなって思いました。そのことに自分はすごく興味がありますね」

日本の漁業の現状について

寿商店での業務やYouTubeの取材、仕入れなどで日本中を回っている森さんに、日本の漁業について感じていることを聞いてみた。

森さん「一番はやっぱり高齢化してるっていうことですね。船に乗って漁をされる方がみんな75歳以上とか。皆さんお元気なんですけどね」

「私はYouTuberじゃないっていうのが自分の一番の強みだと思っいて」と森さん。フォロワーの数を増やすことに焦るのではなく、YouTubeを使って魚に携わる人々を応援したいのだそう。

普段あまり魚を食べていない人へ

普段はあまり魚を食べないような人たちに向けてアドバイスをいただいた。

森さん「いろんな人に聞かれるんですけど、『自分の家の近くか、通える範囲でいい魚屋さんを見つけてほしい』っていうのを言っています。自分だけで選ぶと『なんか苦手だな』『食べたことないい』魚を手に取らないんですけど、魚屋さんにすすめられると『ちょっと食べてみようかな』って思う人って結構多くて、そこから魚が大好きになる人をたくさん見てきてるので、魚のプロの意見、対面販売のお店に行ってみてください。そこでお店の人と会話してほしいなって思います」

鯨料理が自慢の「魚屋の台所 下の一色 本店」。森さんはここで働くことも
鯨料理が自慢の「魚屋の台所 下の一色 本店」。森さんはここで働くことも


森さん「『今日おすすめ何ですか?』とか、気になる魚があれば『どうやったら、食べたらおいしいですか?』とか。いい魚屋さんだと絶対教えてくれるんで」

最後に、株式会社寿商店の二代目として、YouTube『魚屋の森さん』でも活躍中の森さんにこれからの展望について教えていただいた。

森さん「最近では水産資源の不安定さも話題にあがります。そんな貴重な水産資源を扱う魚屋だからこそ、量や数を売ることを軸に会社を大きくしていくというより、水産に纏わるプロセスやものがたりを伝え付加価値付けができる魚屋さんになりたいと思っています。『今日、このマグロを解体していきます。今日は高知県産です』って言うだけじゃなくて、『では、実際このマグロが育っている環境を取材してきたのでその映像をYouTubeでご覧ください!』というように現代のツールをつかえば、わかりやすくプロセスを伝えることもできる。付加価値を知っていただいてこそ、『おいしいな』って思ってもらえると思うので、そういう価値を提供できる魚屋さんとしてこれからもやっていきたいですね」

魚屋の台所 下の一色 本店
住所/愛知県名古屋市中区新栄1丁目49−18
電話番号/052-269-3251
営業時間/17:00〜22:00
休日/水曜日

編集者

編集者としてのキャリアは出版、web合わせて約30年。雑誌「東京ウォーカー」「九州ウォーカー」、webメディア「Yahoo!ライフマガジン」など雑誌・webメディアの編集長を歴任。街ネタやおすすめの新スポットなどユーザーニーズを意識した情報を、それらの合わせ持つストーリーと共にお届けします。

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