Facebookの利用規定を書き直せ、と「最高裁」がいう
フェイスブックのコミュニティ規約はあいまいでわかりにくいから、書き直せ――フェイスブックの「最高裁」はそう申し渡した。
フェイスブックの「最高裁」と言われる「監督委員会」の初めての審議結果が公表された。
5件ある審議案件のうち4件について、フェイスブックのコンテンツ削除を撤回するよう勧告している。
新型コロナのインフォデミック、イスラム教徒への弾圧、ナゴルノ・カラバフ紛争、ナチスへの言及、そして乳がんキャンペーン。
削除判断の可否だけではない。わかりにくいコミュニティ規約の改定や、AI任せの削除手続きの透明化など、フェイスブックの運営に踏み込んだ改善勧告に、むしろ重きをおいた審議結果だ。
今回の判断は、フェイスブック自体を含めて様々な違和感や批判も呼んでいる。
ただメディアはこれをあくまで“前哨戦”と捉えられている。
フェイスブックがドナルド・トランプ前米大統領のアカウントを永久停止していることの是非についても、監督委員会に諮問をしているためだ。
「秩序」を決めるのは誰なのか、が問われている。
●あいまいで分かりにくい
監督委員会は1月28日に公表した審議結果の中で、そう指摘している。
対象となったのは、フランスでの2020年10月の投稿。新型コロナをめぐり、抗マラリア薬「ヒドロキシクロロキン」と抗菌薬「アジスロマイシン」の併用を認めず、一方で抗ウイルス薬「レムデシビル」を承認・推進した規制当局を批判する内容だった。
フェイスブックはコミュニティ規定「暴力と扇動」の中の「差し迫った暴力または身体的危害のリスクを助長する偽情報」への違反として、この投稿を削除していた。
これに対して監督委員会は、投稿は政府への異議申し立てをしたものであり、さらにこれらの薬品購入には処方箋が必要で、人々の購入・服用を後押しするものではない、として「差し迫った危害」には該当しない、と判断している。
その上で、規定のわかりにくさを批判。このように勧告している。
フェイスブックの判断を覆しただけではない。監督委員会はそのルール策定のあり方そのものを見直すよう指摘しているのだ。
●拘束力を持つ「最高裁」
透明性と説明責任。フェイクニュースなどのコンテンツ管理について、フェイスブックが問われ続けてきた問題だ。
2016年の米大統領選でのフェイクニュース拡散や2018年に発覚したケンブリッジ・アナリティカ事件のプライバシー問題などで、フェイスブックは批判の集中砲火を浴びた。
その中で、フェイクニュース排除のためのコンテンツ管理の判断の妥当性を審議する機関として2019年に設置されたのが監督委員会だ。
委員は、デンマーク元首相のヘレ・トーニング=シュミット氏や、英ガーディアン元編集長、アラン・ラスブリッジャー氏、イエメンのノーベル平和賞受賞者、タワックル・カルマ氏ら、18カ国の外部有識者20人。
ニューヨーク・タイムズのコラムニスト、ベン・スミス氏によれば、委員会には1億3,000万ドルの予算が投じられ、委員の拘束時間は週15時間で報酬は数十万ドル規模、30人のスタッフを配置しているという。
委員会のサイトには、こう説明されている。
このため、メディアでは「フェイスブックの最高裁」とも呼ばれている。
今回はフェイスブックが削除判断をしたもののうち、委員会に申し立てがあった15万件の中から、影響範囲、重要度などを考慮した5件について、審議結果を公表している。
申し立ての地域も、アジア、欧州、北米、南米と広がりを持たせた。フランス以外のケースは以下の通り。
①【撤回】ミャンマーのユーザーが、溺死したシリアのクルド人難民の幼児の遺体写真をもとに、イスラム教徒への反応を、中国におけるウイグル人弾圧とフランスでの風刺画をめぐる殺人事件を対比して言及した投稿を、ヘイトスピーチに当たるとして削除したケース
②【支持】アルメニアとアゼルバイジャンによるナゴルノ・カラバフ地域の領有権をめぐる紛争が続いている中で、アゼルバイジャンに対する差別的表現が、ヘイトスピーチに当たるとして削除
③【撤回】ブラジルにおける乳がんキャンペーンでインスタグラムに投稿された写真に、女性の乳首が写っていたことから、成人のヌードの規定に違反するとして削除
④【削除】ナチスの宣伝相の発言として言及した内容が、危険な人物及び団体の規定に違反するとして削除
フェイスブックは、月間ユーザー27億9,700万人のうち、北米ユーザー(2億5,800万人)の割合はすでに1割を切っており、アジア太平洋(11億9,900万人)だけで43%を占めている。
委員会ではそれぞれのケースについて5人の委員のパネルが審議。その結果を全体で検討するという。
そして、委員会の削除可否の判断については7日以内に反映し、勧告への対応については、30日以内に回答することになっている。削除撤回の判断が行われたものについては、すでにいずれも再掲載が行われたという。
●AI依存で人間が判断していない
ポリシーのあり方だけではなく、コンテンツの削除判断のプロセスについても、見直しが求められた。
ブラジルのケースは、インスタグラムに投稿された女性の乳首が写っていた乳がん対策キャンペーンの写真を、AIが自動的に規定違反と判定し、削除されたケースだ。
フェイスブックは、審議入り前に削除を撤回し、審議の対象ではないと主張していたが、委員会はあえて審議を行って勧告を出したという。
この中で委員会はこう指摘する。
削除の舞台はインスタグラムだが、親会社であるフェイスブックのコミュニティ規定では「乳がん啓発」は除外項目と記載されており、削除判断と矛盾する、とも述べている。
その上で、自動化によりコンテンツ管理を行った場合にはユーザーにそれについて告知すること、インスタグラムとフェイスブックのコミュニティ規定の整合性を取ること、などを勧告している。
●「最高裁」への不満
今回の委員会の判断については、その委員会を設置したフェイスブックからも、違和感が表明されている。
フェイスブックのコンテンツポリシー担当副社長のモニカ・ビッカート氏は、委員会の判断のうち、新型コロナ禍にからむフランスのケースについて、あえてこう述べている。
監視委員会のあり方については、フェイスブックの外側からも懸念の声が上がっている。
フェイスブックが設置した委員会は、その正統性や手続きに問題があるとして、「リアル監督委員会」を名乗るグループも立ち上がっている。
委員は25人。エストニア元大統領トーマス・ヘンドリック・イルベス氏、フィリピンの調査報道メディア「ラップラー」共同創設者のマリア・レッサ氏、『監視資本主義』の著書で知られるハーバード大学名誉教授のショシャナ・ズボフ氏ら、メンバーの知名度では監視委員会にも見劣りはしない。
「リアル監督委員会」は、新型コロナの誤情報、イスラム教徒へのヘイトなどがいずれも削除撤回とされたことなどについて、「人権に対する深刻な侵害であり、問題の多い先例」と批判の声明を公開している。
●トランプ氏アカウント停止の扱い
メディアは、今回の初の審議結果公表をいわば"前哨戦"と位置付けている。
委員会は、ユーザーからの申し立て以外に、フェイスブック自体からの諮問も審議する。
その最初のケースとして1月21日に諮問されたのが、ドナルド・トランプ前米大統領に対するフェイスブックとインスタグラムのアカウントの無期限停止措置だ。
1月6日に起きたトランプ氏支持者らによる米連邦議会議事堂乱入事件を受けた措置だが、これに対しては、ドイツのアンゲラ・メルケル首相らから「問題がある」との批判の声も出ている。
※参照:Twitter、Facebookが大統領を黙らせ、ユーザーを不安にさせる理由(01/12/2021 新聞紙学的)
※参照:FacebookとTwitterが一転、トランプ氏アカウント停止の行方は?(01/08/2021 新聞紙学的)
ソーシャルメディア時代の秩序を決めるのは誰なのか。
審議期間は最大90日。監督委員会によって4月下旬にも出される結論は、どのような判断であれ、議論を呼ぶことになる。
(※2021年2月1日付「新聞紙学的」より加筆・修正のうえ転載)