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伝説的なジャズ・トランペッター、ドナルド・バードが80歳で死去

富澤えいち音楽ライター/ジャズ評論家
伝説的なジャズ・トランペッター、ドナルド・バードが80歳で死去   TOWER
伝説的なジャズ・トランペッター、ドナルド・バードが80歳で死去 TOWER

伝説的なジャズ・トランペッター、ドナルド・バードが80歳で死去|TOWER RECORDS ONLINE

トランペット奏者のドナルド・バードが亡くなりました。享年80歳。

彼がシーンに登場した1950年代は、ジャズのスポット・ライトがハード・バップというスタイルに当たっていた時代です。彼はその中心的なグループ“アート・ブレイキー&ザ・ジャズ・メッセンジャーズ”に参加。つまり表舞台の中央に躍り出た存在だったというわけです。

しかし、ミュージシャンとしてのドナルド・バードは、先人たちの築いた“ジャズ”すなわちビバップというスタイルに固執することなく、新たな表現方法を次々と模索していきました。

たとえば、バリトン・サックスのペッパー・アダムスと1950年代後半に結成したダブル・リーダーのバンドでは、ザ・ジャズ・メッセンジャーズのバピッシュ(=ビバップ的なアプローチ)なサウンドとは対極とも言える、アンサンブル重視のクール・ジャズ寄りな活動を展開したり、1960年代にはゴスペルのコーラスをそのままジャズに取り入れようと試みたアルバム『New Perspective』(1963年)を発表したり。

そして1972年の『Black Byrd』ではファンクやR&Bのポピュラリティを大胆に取り込んで、ブラック・コンテンポラリーの先駆け的なサウンドを確立し、大ヒットを記録しました。

また、1970年代の路線は90年代以降のクラブ・ジャズでも大きな注目を集め、多くのDJたちから“ダンス・ミュージックの完成形“と称賛されて現在に継承されています。

♪DONALD BYRD, Fuego

1950年代を総括するハード・バップの代表作と言われることの多いナンバーだが、あえて異を唱えるとすれば、このトランペットはドナルド・バードでなくてもよかったのではないかという疑問がボクにはどうしても残ってしまう。そう思わせるのは、彼のその後の活動が、ハード・バップに縛られていないからだ。

まぁ、なんだかんだ言ってもなお、この演奏はジャズ的にすばらしいのだが……。

♪Donald Byrd- Cute

ドナルド・バードのトランペッターとしての魅力を語るのであれば、前掲よりもこちらを推しておきたい。これだけ速いパッセージを明瞭に吹けるからこそ、シーンは彼にディジー・ガレスピーや夭折したクリフォード・ブラウンなどのイメージを重ねようとしたのだろうが、彼は決してシーンが求めるような“ホットなだけのミュージシャン”ではなかった。バリトン・サックスのペッパー・アダムスとのコラボレーションという意味でも貴重な演奏だ。

♪Donald Byrd- Black Byrd

「ジャズの流れを変えた」と言っても過言ではない、1972年の『Black Byrd』のタイトル曲。ブラック・コンテンポラリーのアルバムだと言っても誰も疑わないだろう。ポピュラー・インストゥルメンタル・ミュージックとカテゴライズされる、ポップでスムースなフュージョン・ジャズの“源流”としても、ドナルド・バードの名前は歴史に刻まれるべきだろう。

♪Donald Byrd- (Falling Like) Dominoes

クラブ・ジャズのシーンで“ダンス・ミュージックの完成形”と称賛されるトラックが収録された1975年のアルバム『Places and Spaces』から。彼が1950年代に担ってきた、いわゆる“ジャズのメインストリーム”と呼ばれるサウンドとは180度方向が違うともとれるが、踊れることがジャズの基本であるとするならば、これを選んだドナルド・バードは理論的に正しかったと言えるのだろう。“メロウ”というテイストをジャズに与えた功績も大きい。

ご冥福をお祈りします。

音楽ライター/ジャズ評論家

東京生まれ。学生時代に専門誌「ジャズライフ」などでライター活動を開始、ミュージシャンのインタビューやライヴ取材に明け暮れる。専門誌以外にもファッション誌や一般情報誌のジャズ企画で構成や執筆を担当するなど、トレンドとしてのジャズの紹介や分析にも数多く関わる。2004年『ジャズを読む事典』(NHK出版生活人新書)、2012年『頑張らないジャズの聴き方』(ヤマハミュージックメディア)、を上梓。2012年からYahoo!ニュース個人のオーサーとして記事を提供中。2022年文庫版『ジャズの聴き方を見つける本』(ヤマハミュージックHD)。

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