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プチデモン州首相に逮捕状 緊迫するカタルーニャ 12月州議会選は独立派が再び勝利する 分裂怖れるEU

木村正人在英国際ジャーナリスト
カタルーニャ州政府の閣僚が拘束されたことに抗議する市民(写真:ロイター/アフロ)

プチデモン州首相は「卑怯者」か

[ロンドン、バルセロナ発]欧州連合(EU)本部のあるブリュッセルに逃亡したスペイン北東部カタルーニャ自治州のプチデモン州首相に、 EU加盟国に適用される欧州逮捕状が発布される見通しとなりました。11月2日、マドリードにあるスペイン全国管区裁判所の召喚命令に応じなかったためです。

同裁判所は逃亡と証拠隠滅の恐れがあるとしてプチデモン州政権の閣僚8人を拘束しました。独立宣言に反対して閣僚を辞任した1人について検察官は5万ユーロで保釈を認める方針です。最高裁判所で行われるフルカデイ州議会議長ら議員6人の審理は1週間延期されました。

独立宣言を承認した後の州議会を村長や町長が支持した(ANC提供)
独立宣言を承認した後の州議会を村長や町長が支持した(ANC提供)

9割が独立に賛成した10月1日の「非合法」住民投票を受け、27日に州議会が独立宣言を承認したことに対し、スペイン中央政府は自治権を剥奪、州議会を解散し、プチデモン州首相やフルカデイ州議会議長ら計20人を国家反逆罪、扇動罪、公金不正使用罪で起訴するという強硬手段に打って出ました。

現行のスペイン憲法下では一部地域の独立は認められておらず、有罪になると最長で計51年も投獄されるという重罪です。11月2日夜、バルセロナの州議会周辺には2万人が集まり、拘束中の市民組織・カタルーニャ国民会議(ANC)リーダーら2人も合わせ全員の即時釈放を求めました。

プチデモン州首相は「非常に深刻な民主主義への攻撃」「12月の州議会選に対するクーデターだ」と非難しました。プチデモン州首相ら5人は口封じを怖れてフランス経由でブリュッセルに逃亡し、「EUの首都」から独裁者フランコ(1892~1975年)の思想と人脈を受け継ぐ国民党とラホイ首相の横暴を訴える戦略です。

プチデモン州首相には「分離・独立主義者」「反逆者」「逃亡者」「臆病者」といろいろなレッテルが貼られていますが、独立運動を扇動しながら自分は助かりたいために分離・独立派の市民を見捨てて逃げ出した「卑怯者」なのでしょうか。

昨年7月以降、3回にわたってバルセロナでカタルーニャ独立問題を取材してきた筆者は、カタルーニャ州の自治権と富を次々と奪ってきたラホイ首相より、時間をかけて無抵抗・非暴力の民主的独立運動を進めてきた分離・独立派にどうしても共感を覚えてしまうのです。

「カタルーニャ愛」で見た独立派vs統一派

独立派と、独立に反対するスペイン統一派のデモを取材した筆者は統一派デモの後、路上に散乱するビールの空き缶やゴミを目の当たりにし、統一派の「カタルーニャ愛」に大きな疑問を感じました。

独立派のANC関係者に尋ねると、「もちろん独立派デモの後もゴミは出るが、みんなで片付けるようにしているよ。スペイン国家警察に軽犯罪法で引っ掛けられる恐れがあるからね」と教えてくれました。「カタルーニャ愛」の深さで比べると、独立派に統治を任せた方がカタルーニャは間違いなくよくなります。

独立派は土着主義のナショナリストと批判されていますが、両派を取材して分かるのは独立派の方が圧倒的に英語をはじめ語学が達者だということです。統一派デモの参加者で英語が通じたのはブラジル出身の2人と女子学生だけ。それに対して独立派は理路整然と英語で話すのです。

これはプチデモン州首相とラホイ首相の語学力を比べてみても明らかでしょう。大学でカタルーニャ語の古典を学んだプチデモン州首相はカタルーニャ語、スペイン語、フランス語、ルーマニア語を話します。これに対してラホイ首相は今でも英語の習得に悪戦苦闘しているそうです。

フランコの死後、制定された現行憲法が「スペインの統一」を明記していたとしても、ラホイ首相率いる国民党とそれ以外では解釈が大きく違います。国民党は「スペインにはスペインという唯一不可分のネーションしか存在しない」と主張しています。これがスペイン・ナショナリズムです。

国民党が2000年の総選挙で絶対過半数をとってから再中央集権化の動きが強まり、それに対抗するように「カタルーニャはネーション」と前文でうたったカタルーニャ州の新自治憲章が06年に制定されました。国民党はこれが許せなかったのです。国民党の提訴を受けて憲法裁判所は10年、カタルーニャの新自治憲章を違憲とする判決を下しました。

これでカタルーニャはスペインから独立しないことには本当の自由を手に入れることはできないと考える人が増えたのです。下はカタルーニャ州世論調査研究所データをもとに筆者が作成したグラフです。05年当時は13%を下回っていた独立派は10年の違憲判決を境に急増し、一時は50%に迫る勢いでした。

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スペインに「司法の独立」は存在しない

日本では憲法は絶対善ですが、カタルーニャ独立派は、憲法裁判所は国民党政権によって政治化されていると考えています。「スペインが唯一不可分のネーション」という国民党の主張にお墨付きを与えた憲法裁判所は、カタルーニャの主張をことごとく退けるようになりました。

独立派は州議会選や住民投票に力を入れるようになり、票を積み重ねてきました。先の住民投票では治安部隊の妨害によって77万票が紛失したものの、独立賛成票はついに204万4038票に達しました。

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最高刑期30年の国家反逆罪の構成要件には「暴力的」に独立が宣言されることが求められています。独立派は窓ガラス1枚割らない平和的で民主的な運動を展開してきました。それなのに州政府の閣僚は、スペイン全国管区裁判所の召喚命令に応じて出廷したにもかかわらず拘束されてしまったのです。

なぜ、でしょうか。プチデモン州首相のように逃亡する恐れがあるからというのが拘束の理由です。しかし、ラホイ政権の意を汲んだ選挙妨害が狙いと筆者はみています。12月の州議会選で独立派が再び勝利を収める可能性が強まってきたため、影響力のある独立派幹部は隔離しなければならないとラホイ政権は考えたのでしょう。

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住民投票に参加した独立派市民は治安部隊の暴力に屈しませんでした。直近の世論調査では独立派が勢いを取り戻しており、州議会選で204万票にさらなる上乗せが期待できます。独立派はこれを正当な独立住民投票とみなし、得票率の50%超えを目指して積極的に選挙戦を展開する方針です。

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水面下でEU首脳から圧力を受けているラホイ首相は住民投票以降、軍や治安部隊による実力行使を控えていました。州議会選で再び独立派政権が樹立されたら、また自治権を剥奪すると国民党が支配する上院の副議長は宣言。ラホイ政権は公権力を使ってカタルーニャの州議会選に介入し始めたのでしょう。

スペインに「法の下の平等」も「司法の独立」も存在しないと筆者は思います。司法はスペイン・ナショナリズムをカタルーニャに押し付けるラホイ国民党政権のツールになってしまったのです。

独立派と統一派の違い

第2の国歌とも言われるヒット曲「エ・ビバ・エスパーニャ」を流すと、独立派と統一派を簡単に見分けることができるでしょう。無邪気に踊りだすのが統一派です。これに対して、独立派は影のカタルーニャ国歌「収穫人たち」を口ずさむはずです。

スコットランド独立運動と違って、カタルーニャ独立運動が生々しいのは、独裁者フランコ圧政の記憶がそれほど古くないからです。独立派市民は澄んだ目の奥に怯えを隠しています。独立派は心の奥の恐怖を打ち払ってデモに参加しているのです。

自治権剥奪で廃止された州政府機関に勤めていた知人は「州議会で独立宣言を承認した10月27日、独立を印象づけるため交通や通信を遮断すると一部では考えられていたようですが、プチデモン州首相は実際にスペイン陸軍が動くという情報を持っていました。彼はあわてたのかもしれません」と電子メールで伝えてきました。

ANC元リーダーの1人、ジュゼップ・ペドロルさんは住民投票で投票所の運営を任されましたが、警察官に事情聴取され、440票以上が入った投票箱を押収されます。「27日は、約900人がスペイン治安部隊の暴力によって負傷させられた住民投票より大きな衝突が起きるのではと心配しました」と表情を曇らせました。

警察の事情聴取を受けるペドロルさん(本人提供)
警察の事情聴取を受けるペドロルさん(本人提供)

独立派の多くは「スペインに逆らうと何をされるか分からないから大人しくしているように」と言われて育ってきた人たちです。

ペドロルさんの祖父はスペイン内戦でフランコ軍の空爆によって弾薬庫が爆発し、右腕を負傷しました。フランコ独裁下、祖父が所有する山の木を伐採したことについてスペイン国家警察が事情聴取のため自宅を訪ねてきました。山の木はスペインのものであり、無断で切ったことを咎められたのです。

祖父は恐怖のあまり山の中に逃げ込んだため、代わりにペドロルさんの父親が警察に応対しました。ペドロルさんの母親は路上でカタルーニャ語を話していて警察官に殴られたことが2度あります。フランコ軍に最後まで抵抗したカタルーニャはフランコ独裁下の1939~75年、公の場でカタルーニャ語を話すことを禁じられました。

だからカタルーニャ語を話せても、書くことができない人が多いのです。家庭でカタルーニャ語を話して育ったペドロルさんは小学校に入って、女性教諭が話す言葉(スペイン語)が分からなくて戸惑います。今でも、なぜだか分からないのですが、登校して校舎に入る前に軍隊のように一列に並ばされたそうです。「6歳の時、フランコが死んで学校が1週間休みになったことだけは覚えています」

「カタルーニャ州の新自治憲章に対する2010年の違憲判決には衝撃を受けましたが、独立なんて夢の話だと思っていました。しかし独立したいという人がどんどん増え、2年後に独立運動に加わりました。きちんと書くことができなかったカタルーニャ語の勉強も始めました」

独立の経済学

カタルーニャ独立について分析したペドロルさん(筆者撮影)
カタルーニャ独立について分析したペドロルさん(筆者撮影)

エコノミストのペドロルさんは18人の共著でカタルーニャが独立した場合の財政と経済について詳しく分析しています。カタルーニャは国内総生産(GDP)でスペインの20%を占め、ポルトガルの経済規模を上回っています。徴税権が与えられているバスク州やナバーラ州と違って、カタルーニャ州には個人所得税と付加価値税の 50%、燃料税、タバコ税、アルコール税の 58%についてしか自主財政権がありません。

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中央政府に財源を握られ、交付金を抑えられているため、カタルーニャ州の債務残高は08年の世界金融危機を境に膨れ上がりました。

ペドロルさんら18人のエコノミストは独立した当初は州政府の債務残高はGDPの52~103%まで膨らみ、貿易も対GDP比で1.5%落ち込むかもしれないが、短期的には3%、長期的には7~8.5%の経済成長が見込めると言います。

「カタルーニャが独立すれば5万1000~7万1000人の雇用が生まれる」「毎年4900万ユーロの税収が増え、歳出も3500万ユーロ増やせる。1400万ユーロの財政黒字が生み出される」と指摘しています。

12月の州議会選で独立派が得票率50%を超えたら、ラホイ首相は新たなカタルーニャ州政府と交渉のテーブルに着かなければならないと筆者は考えます。その上で現行憲法の定める「スペインの統一」が「カタルーニャはネーション」であることまで否定しているのかどうかじっくり話し合う必要があります。

「スペインは私たちを2級市民として扱っている。スペインに留まっている限り、私たちは2級市民のままだ」とペドロルさんは穏やかに言います。ラホイ首相は強硬手段で押し切るのではなく、カタルーニャの人々のセンチメントを理解しなければ解決の糸口を見つけることはできません。

自分の言語をスペイン語と考える人が5割、カタルーニャ語と考える人が36%、両方が6.8%という現状をみると、独立は現実的な選択肢ではありません。「カタルーニャをネーション」と認めた上でスペインという国家の枠組みに残るという解決策をスペイン全体で模索するべきでしょう。

民主的に独立運動をした人たちを殴ったり、国家反逆罪で訴追したりするようなことは今のイギリスでは考えられません。ラホイ国民党政権のやり方は常軌を逸しています。

カタルーニャ独立問題のハンドリングを誤ってしまうと、肉親同士が殺し合ったスペイン内戦の記憶がよみがえる恐れがあります。すべての紛争は平和的に始まっています。EUは内政不干渉を決め込まず、積極的に問題解決の仲介に動くべきではないでしょうか。

(おわり)

参考:「カタルーニャの独立へ向けた『プロセス』の現状と経緯」奥野良知・愛知県立大学教授

在英国際ジャーナリスト

在ロンドン国際ジャーナリスト(元産経新聞ロンドン支局長)。憲法改正(元慶応大学法科大学院非常勤講師)や国際政治、安全保障、欧州経済に詳しい。産経新聞大阪社会部・神戸支局で16年間、事件記者をした後、政治部・外信部のデスクも経験。2002~03年、米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。著書に『EU崩壊』『見えない世界戦争「サイバー戦」最新報告』(いずれも新潮新書)。masakimu50@gmail.com

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