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パリの新しい風景。名和晃平の新作に込められた未来へのメッセージ

鈴木春恵パリ在住ジャーナリスト
パリ近郊スガン島の先端に誕生した名和晃平の新作(写真はすべて筆者撮影)

パリ郊外にまた一つ日本人アーティストによるモニュメントが誕生しました。

彫刻家・名和晃平さんの作品「Ether (Equality)」の完成式が2023年6月28日に行われました。このプロジェクトが2021年9月「ART PARIS」で発表された際、筆者は「名和晃平さんの彫刻が2022年秋 セーヌの中洲のモニュメントに」という記事を書きましたが、半年遅れで晴れてお披露目となりました。

彫刻がそびえるセーヌの中洲スガン島は、フランスの歴史が重なる場所。21世紀になって大規模な再開発が進み、文化的な場所として変貌を遂げています。2017年には「ラ・セーヌ・ミュージカル」という音楽堂が誕生しましたが、これは日本を代表する建築家・坂茂(ばん・しげる)氏とジャン・ドゥ・ガスティーヌ氏によるもの。このたび、名和さんの彫刻が加わることで、日本人作品が二つ並ぶ島になりました。

名和さんの彫刻作品「Ether(equality)」。奥のガラスの球体のような建物が坂茂氏設計の音楽堂「ラ・セーヌ・ミュージカル」。彫刻の多面的な構成が音楽堂の外観と呼応している
名和さんの彫刻作品「Ether(equality)」。奥のガラスの球体のような建物が坂茂氏設計の音楽堂「ラ・セーヌ・ミュージカル」。彫刻の多面的な構成が音楽堂の外観と呼応している

名和さんの新作「Ether (Equality)」は、高さ25メートルの彫刻で、12角形をベースとした多面体のステンレス製。シルバーピンクに輝いています。

このプロジェクトは、2018年に行われた国際コンペティションを勝ち抜いて選ばれたものです。同年、名和さんの巨大な黄金の作品「Throne(スローン)」がルーヴル美術館のガラスのピラミッドの内側に飾られましたが、彼はその際にスガン島を訪れ、この土地の空気感との調和を目指しながら模索を続けてました。

作品の前に立つ名和晃平さん
作品の前に立つ名和晃平さん

柔らかなシルバーピンクは、移り変わる空の色、植物の緑、川面に映る夕日の色に美しく馴染むことを意図した選択。空を映してブルーに見えることもあれば、光の当たり方によってはシルバーにも見えます。実験を重ねて、この繊細な色調を生み出したのだそうです。

まるで天から舞い降りたような、あるいはセーヌの水面の雫のような軽みさえ感じさせる作品ですが、25トンもの重量があり、それを立たせるためには大変な苦心があったようです。

「この場所は、数年に1度、4メートルほど水没する場所でもあり、そういう条件を構造計算の中で解決しないといけない。フランスの法律やレギュレーションにも沿った設計をしないといけなので、そこに一番時間がかかりました」と名和さん。

基礎構造として直径30センチの鋼管が入っていて、それが地下22メートルの深さまで埋め込まれているのだとか。つまり、地上の美しさを支えるのに、地下にも同じくらいの構造を持つことでバランスが保たれている。まるで大木の生命力を思わせるような象徴的な作品です。

色もそうですが、形の選択でも場所の持つ個性を念頭に置き、「水や重力という普遍的なモチーフが浮かび上がってきた」と名和さんは語ります。しかもそこにはとても深いメッセージが込められています。

在仏日本大使、オードセーヌ県議会議長らと記念プレートの除幕式
在仏日本大使、オードセーヌ県議会議長らと記念プレートの除幕式

名和さんのスピーチがとても深みがあり、印象的なものでしたので、主要な部分をそのままご紹介したいと思います。

「エーテル」は大小様々なボリュームを垂直に連ねた柱のような彫刻で、このボリュームの一つ一つは地面に落下する雫からシルエットを取り出し、それを回転、上下反転させ組み合わせることで造形されています。

それはいわば雫の形を決定する重力と、その反転力が打ち消し合うことによって生まれた調和した静止状態の結晶体です。それを積み重ねることで無数の均衡をうちに湛えた形が立ち上がります。

コンペティションで指定されていた「平等」というテーマとも深くかかわっています。

平等とは、私たちが長年追い求めながらも未だに達成できていない非常に難しい概念です。特に現代においては動植物や微生物までを含めた地球全体の調和を考えなければ、なし得ないのではないでしょうか。

世界では年々気候が変化しており、加えてこの数年はコロナ禍が続きました。しかしそんな共通の問題に瀕している今でも、各地では武力衝突や戦争が絶え間なく起こり続けています。

私たちは今一度あらゆる生命のつながりへと想像を広げ、それを成立させている普遍的な平等の原理を探る必要があるのではないでしょうか。

水が姿を変えながら世界を満たすように、重力をはじめとした無数のベクトルが調和することで物質が形を成すように、相反する者同士が均衡を保つことで初めてそこに創造の余地が生まれます。

想像力によって人間のスケールを超越することは、近代の人間中心主義的な発展の反省に迫られている今こそ必要なはずです。

私の学生時代の恩師、彫刻家・野村仁先生は「コスミック・センシビリティ」という概念を捉えていらっしゃいます。宇宙の中で偶然に生まれた生命はその知性と感性を発達させた結果、自らを生んだ宇宙の果てまでも想像できるようになりました。

想像力とは人間が獲得した最も重要な能力の一つであり、その可能性を追求して行くことは、世界における私たちの立ち位置を定めることにつながります。

国、民族といった小さな利害関係にとらわれず、宇宙規模の生命と物質の循環の中に自らを位置づける。そんな宇宙的感性を持った次の世代を育んでいくことは、平等な世界へと近づくための一歩なのではないでしょうか。そして、そのためにアートができることは非常に大きいはずです。

名和さんのスピーチを聞いていると、優れた現代アート作品には人間活動の核心に触れるメッセージがある、とあらためて感じます。

プロジェクトは、「DANAE.IO」「アートコンポジット」「Sandwich」のメンバーなど、多くの人たちの尽力によって完成した。関わった人たちを一緒に記念写真
プロジェクトは、「DANAE.IO」「アートコンポジット」「Sandwich」のメンバーなど、多くの人たちの尽力によって完成した。関わった人たちを一緒に記念写真

「彫刻とはさまざまな歴史や文化、時代の空気、人々の思想や感覚といったものを物質化して保存可能にするフォーマットだと思っています」とも語る名和さん。

そして彼のスピーチは、次のような言葉で結ばれました。

「エーテル(エクオリティ)」。この作品がこの時代に生まれたことそのものが、未来へ向けたメッセージであり、それは本作が存在し続ける限りいつまでも世界へと響き続けていくはずです。

名和さんの作品はこれまでも、先のルーヴル美術館をはじめ、狩猟美術館などでも展示され、フランスで高い評価を受けています。

今回の作品がこれまでと異なるのは、ほぼ恒久的に展示され、フランスの風景の一部になるということ。

彼がこの作品に込めたメッセージがより多くの人に伝わり、共感の波紋がどんどん広がってゆくこと心から願いたいと思います。

パリ在住ジャーナリスト

出版社できもの雑誌の編集にたずさわったのち、1998年渡仏。パリを基点に、フランスをはじめヨーロッパの風土、文化、暮らしをテーマに取材し、雑誌、インターネットメディアのほか、Youtubeチャンネル ( Paris Promenade)でも紹介している。

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