78歳独居老人の人生が一変!映画「ぶあいそうな手紙」が教えてくれる素敵な老いのススメ
画一的な「老い」の押しつけイメージにうんざりしてはいないか?
「老い」とどう向き合うのか? 超高齢化社会が進む現在の日本において、この現実は関心事のひとつといっていいだろう。
ただ、自分の気持ちにすんなりと入ってくる実態の情報や共有できる提案や提言はどれだけあるだろうか? 老いてなお元気はつらつのような必要以上のアンチエイジングをうたう健康食品や美容関連のCM、「老人=孤独死」や「老い=認知症」といった画一的なマスコミ報道にうんざりしている年配の方はけっこういるのではなかろうか?
ブラジルから届いた映画「ぶあいそうな手紙」は、そうしたなにか現在の日本にある「老い」のイメージになじめない人たちにひとつの生き方の指針を示してくれる1作といってもいいかもしれない。ブラジルのポルトアレグレという街で暮らすちょっと偏屈な78歳の男の肩ひじ張らない、等身大の心情がつづられている。
手掛けたアナ・ルイーザ・アゼヴェード監督は現在60代。かなり前から「老い」に対して興味が湧き始めたという。
「もうかれこれ20年近く前になるのですが、老人ホームに住んでいるクリスティーナという老婦人と8歳の少年の関係を綴った短編(2002年制作の『Dona Cristina Perdeu a Memoria(記憶をなくしたクリスティーナ夫人)』)を作ったんです。
そのアイデアはどこから得たかというと、たまたま、自分の子どもに読んであげた児童書から。でも、そのころ、わたし自身、高齢になった両親と一緒に住むようになっていろいろな現実に直面するようになっていました。ですから、この短編は『老い』について深く考える機会になったのです。
すると、自然に今度は、映画や文学に触れる中でも、『老い』をテーマにした作品に目がいくようになる。そうやって『老い』というのはわたしの中で大きなテーマになっていきました」
老いは人生において劇的な時期ではないか?
「老い」というとなにかその先がない、そのまま消えゆくような終わりのイメージを抱きがちだが、監督自身は「劇的」なときと解釈する。
「『老い』というのは、人の一生の中で非常に劇的な時期だと思うんです。
というのも、肉体的にも、精神的にも、いろいろな制約が出てくる。当然、身体にガタがきますから、いままでできていたのにできないことが出てくる。体力ももちろん落ちる。頭も物忘れがひどくなったり、とっさに言葉が出なくなったりする。どこか自己の中で世界が一変するところがある。そういう意味で『劇的』な時期だと思うのです」
今回の作品は、ブラジルのポルトアレグレに住んでいたイタリアの写真家、ルイージ・デル・レの生涯からインスピレーションを得ている。
「ルイージにはファビオという息子がいるんですけど、彼もまた写真家で。ファビオは私の長編映画『世界が終わりを告げる前に』でスチール・カメラマンを務めてくれました。そのとき、彼からルイージについていろいろと聞いたんです。ルイージが失明が進行して写真が撮れなくなったり、いつも楽しみにしていた妹さんとの手紙のやりとりができなくなったことなどを。
ルイージには会ったことがあるんですけど、高齢を迎えて、そういう状況を迎えていたとは知らなくて、もうびっくりしたんです。彼が老いて目が見えなくなったとき人生とどう向き合ったのかを描きたいと思ったのです。それが今回の物語のインスピレーションのひとつになっています。
それからインスピレーションはもうひとつ。わたし自身の親戚の中にも、たとえば103歳になる祖母がいるんですけれども、彼女もやはり目が見えなくなってきている。でも、見えなくなってきていることに周囲が全然気がついていなかったということがあったんです。
本人も、だんだん視野が狭くなってきているとは思っていたんですけど、それが目が悪くなっているとは分からなかった。それで、手紙を書いたり、本を読んだり、あと、刺繍をしたりすることがどんどん困難になっていた。でも、周囲はほとんど気づかなかった。
この本人と周囲の隔たりというのもショックで、これもまた物語へと深く結びついていきました」
あとは死を待つだけの人生というのは非常に悲しい。もっと積極的に生を謳歌してほしい
作品は、78歳の独居老人、エルネストが主人公。隣国のウルグアイからやってきて46年になる彼は頑固者で融通がきかない性格で息子からの同居の申し出も断り続ける。でも、現実は厳しく、最近目がほとんど見えなくなってきており、日常生活に支障をきたしている。
そんな彼の元にウルグアイから旧友の死を伝える手紙が届く。しかもその差出人で友人の妻はかつてエルネストが思いを寄せた女性だった。視力を失いつつある彼は、同じアパートメントのほかの部屋にバイトで出入りする23歳のビアに手紙の代筆を頼む。
このビアとの出会いが、人生をただ終えようとしていたエルネストに新たな一歩を踏み出させる。「老い」を真摯に見つめた作品は、確かに老人の孤独や人生への諦めといったシビアな現実を映し出す。ただ、不思議と悲壮感はない。むしろ、そうした厳しい現実の中にもある人生の楽しみや老いても存在する他人への愛を示す。それはきっと老境を以前よりもずっと前向きにとらえられるに違いない。
「80歳ぐらいになって、自分が今まで送ってきたような人生や生活を送れるかといったら、無理なわけです。そうした現実を前にしたとき、考え直さなくてはいけない。でも、多くの人はなかなか『老い』を受け入れられない。ゆえに、変化できない。昔のままやろうとしてしまう。でも、肉体も頭も確実に衰えていて、前のようにはいかないのです。ただ、それでも自分にできることもある。
受け入れるところは受け入れて、支障が出てきたところは他人に頼る。そうして自分の人生を少しリニューアルするというか、立て直せたらすばらしいのではないかと思ったのです。みなさんにも、自分たちも『ああいうことができるんだ』とか、『ああいうことなら自分はできるかも』といったことを感じてもらえればと思います。
わたしの知人にブラジルに帰化したフランス人のジャン・クロード・ベルナルデがいます。彼は著名な映画評論家で哲学者なんですけど、最近やはり目が悪くなってきた。それで、今回の作品をみてくれたんですけど、こういうふうに言ってました。『ああ、もう自分と同じだ。自分と共通点だらけだ』と。
人は生きていく中で、たびたび問題に直面します。その都度、対処する方法をみつけ、それを身に付けていかなければらない。
老人に関して言えば、極論をいうと、意識としてですけど、制約はあるが積極的に生きていくか、それともただ死を待つのかの2つに分かれる。
わたしとしては、あとは死を待つだけの人生というのは非常に悲しい。もっと積極的に生を謳歌してほしい。それでこうした物語になりました」
男性の女性への暴力はもっと語っていかないといけない
ただ、本作はこうした「老い」をポジティブに物語るだけではない。一方で、23歳の若い女の子ビアの境遇を通し、DVや暴力といったいま世界で問題視されている社会問題も提示する。
「ビアはものすごく孤独な人間で頼れる人がいない。だから、あれほど乱暴な男性と縁を切れない。暴力的な関係というのは、女性の側から、要するに被害者の側からすると、非常に抜け出すのが難しい現実があると思います。男性にほぼ支配されてしまう。
DVをはじめとする男性による女性への暴力は、世界でもそうですがブラジルでも大きな社会問題になっています。それについては、もっと語っていかなければならないと考えています。
DVは、特に貧しい階層ということではなくて、どの階層でも起こっています。今回のコロナウイルスのパンデミックでは、家にいなければいけなくなり、『フェミサイド』がさらに増えたといわれています。
男性の暴力から抜け出せない女性が多く存在する。ビアもそのひとりです。でも、彼女はエルネストのサポートによって、暴力的な関係から抜け出すことができる。エルネストと出会い、パートナーとの関係が歪んだもので普通ではないことに初めて気づくわけです。
こういうサポートが必要なこと、抜け出す方法があることは、どんどん伝えていかなければと思っています」
一般的なブラジルのイメージとは違うポルトアレグレという町
物語の舞台となるのはブラジルのポルトアレグレ。ぜひ地図で確認してほしいが、ブラジル南部に位置するこの町は、こちらがイメージを抱くブラジルとはちょっと違う風景をみせてくれるに違いない。この町は監督の故郷でもある。
「ポルトアレグレは、生まれ故郷なのですが、自分でここで住みながら仕事をして生きていこうと決めた町です。
町自体としては、ブラジルの一番南部にあるので、国境を接しているアルゼンチン、それからウルグアイの影響がとても色濃く残る町になります。
スペインの領土だった時期が比較的長く、他のところよりもだいぶあとになってブラジルに統合された歴史的経緯があります。ですので、アルゼンチン、ウルグアイ、パラグアイ、チリ、こういった、スペイン語圏ラテンアメリカの文化の影響というのが、とても強い地域といっていいでしょう。
それから、サンパウロやリオデジャネイロといったブラジルの中央、それからみなさんがおそらく『ブラジル的』と思われるトロピカルな気候の北部、北東部の地域ともまったく違うエリアです。ブラジルの多くのエリアは年間の気温がほとんど変わらない。でもポルトアレグレは緯度が低いので、冬はちゃんとあって、その季節は寒いです(苦笑)」
過去を含めて、監督はこの地で作品を作り続けている。
「ポルトアレグレに固執しているわけではないんですけど、なにか描こうと思うと、この町に結びついていくんですよね。
今回の作品に関しては、よりそのことが全面に出ている気がします。主人公のエルネストはウルグアイ人で、隣人のハビエルはアルゼンチン人、それから、転がり込んでくる若いビアはブラジル人。3つの国の人間たちが一緒に暮らす、隣人として暮らすようなエリアとなるとやはりポルトアレグレなんです。
3つの違う文化や人種がミックスされて共存するそういうエリアが世界の片隅にある。そのことも感じてもらえたらうれしいです」
「ぶあいそうな手紙」
7月18日(土)よりシネスイッチ銀座、7月31日(金)よりシネ・リーブル梅田、伏見ミリオン座ほか全国順次公開
写真はすべて(C) CASA DE CINEMA DE PORTO ALEGRE 2019