「副反応のない」新型コロナ「ワクチン」の持つ意味とは。東京都医学総合研究所などの研究
新型コロナウイルス感染症(以下、新型コロナ)に対するmRNAワクチンでは、副反応による健康被害が問題になることがある。こうした副反応の原因の一つは、mRNAワクチンを包む材料にあると考えられる。東京都医学総合研究所などの研究グループが、包む材料を使わない新型コロナの「裸」のmRNAワクチンを世界で初めて開発した。
ワクチンの副反応の原因物質
ワクチンの予防接種は本来、健康な人にするものだ。新型コロナのワクチンに限らず、インフルエンザや日本脳炎などのワクチン接種後には、健康被害が起きたり障害が残ったり死亡する有害事象は必ず起きる。そのため、予防接種による健康被害については、予防接種法に基づいた救済制度があり、因果関係が否定できないと認定された場合、国が死亡一時金や障害年金などを支給する。
新型コロナのワクチン接種は、日本では2021年2月から始まり、首相官邸のHPによればこれまで約4億3600万回(2024年4月1日)あまりの接種回数となっている。パンデミックを収束させる上でワクチン接種の効果は大きかったが、一方で副反応(副作用)のリスクもあり、接種後に体調不良をうったえたり、死亡する人も出ている。
新型コロナで最も多く接種されているのはmRNAワクチン(BioNTech/ファイザー、モデルナ)だ。メッセンジャーリボ核酸(mRNA)は不安定な物質なので、脂質のカプセル(Lipid NanoParticles、LNP、脂質性ナノ粒子)にmRNAを格納し、細胞内や免疫細胞へmRNAを効果的に送り込むなどのための方法(mRNA-LNP)を用いている(※1)。
ただ、このmRNAワクチンの脂質カプセルは、ポリエチレングリコール(PEG)という高分子化合物を材料にするため、抗PEG抗体が作られたりすることで、ワクチン効果を減衰させたり(※2)、全身の炎症反応やアレルギー反応によるアナフィラキシーショックなどの健康被害を引き起こす懸念が示されてきた(※3)。そのため、安全性を高めたカプセルの開発研究が進められている(※4)。
「裸」のmRNAワクチンの開発
mRNAだけを「裸」のまま、ワクチンとして接種できれば、副反応のリスクを限りなく低くできる。また今後、新型コロナのウイルス変異などが起きることも考えられ、複数回のブースター接種の必要性がなくならない現状で、副反応のないワクチンの開発が期待されている。
だが、mRNAが極めて不安定な物質のため、脂質カプセルを使わない「裸」のワクチンは、これまで数少ない研究成果を除いて開発が困難とされてきた(※5)。そして、これまで開発された「裸」のワクチンは、新型コロナのためではなかったりmRNAワクチンではなかったりした。ただ、これらのワクチンは、免疫細胞がほとんど存在しない筋肉への注射ではなく、免疫細胞が多い皮膚組織への注射によるものなのが特徴だ。
新型コロナのためのmRNAワクチンを脂質カプセルに格納せず、「裸」のまま使えるようにできれば世界初となる。東京都医学総合研究所などの研究グループ(※6)は、この技術に成功したと学術誌に発表した(※7)。
脂質カプセルを使わず、その機能性を持たせつつ、ワクチンとしての効果を発揮させるため、同研究グループは、先行研究と同様に免疫細胞の多い皮膚組織への接種とし、mRNA溶液を細胞内へ送り込むためにジェットインジェクターという機器を使った。
このジェットインジェクターは、火薬の爆発力を用い、mRNA溶液をジェット噴射して皮膚の細胞へ効率的にmRNAを送り込ませる機器だ。同研究グループは、射出圧力を制御できる小型のジェットインジェクターを使ったことで、皮下注射より100倍以上の高効率でmRNAを皮膚組織内へ送り込むことができたという。
ジェットインジェクターによるワクチン接種は、皮下注射よりも簡単であり、注射針への恐怖心を持つ人への有効な方法だ。痛みなどの有害事象も中程度とされ、ヒトへの使用でも問題はないとしている。こうしたジェットインジェクターによる物理的なストレスはワクチン効果を補助的に高めたと考えられるが、これが自然免疫応答にどう影響するかは今後の研究課題としている。
同研究グループは、ジェットインジェクターを使って「裸」のmRNAワクチンを新型コロナの感受性を高めた実験用マウスや実験用サルの肺へ接種し、未接種の群と比較した。その結果、特に目立った副反応を示すことなく、ACE2結合阻害を示すなど、ワクチンとしての十分な効果があったことがわかった。
ウイルスが体内へ侵入し、すでに感染してしまった病的な細胞を攻撃する免疫細胞を作り出すことを促すのもワクチンの役割の一つだが、これについても従来の脂質カプセル型mRNAワクチンと遜色なく、ワクチンの保存の条件についても凍結乾燥された従来型ワクチンと同等だった。同研究グループは今後、今回の技術を使い、2026年中の臨床試験開始を目指すという。
新型コロナのワクチンによる副反応では、多くの接種者が健康被害を受けたり後遺症に苦しんだり、あるいは死亡するなどしている。脂質カプセルが副反応の原因の一つとわかっていながら、パンデミックを収束させるため、やむを得ず使ってきたことになる。
今回のような研究開発は、ワクチン接種による有害事象をなくすために早急に実用化してもらいたいが、接種の推奨と並行して副反応の原因物質の情報なども広く周知させる必要があるのは間違いない。
※1:Norbert Pardi, et al., "Expression kinetics of nucleoside-modified mRNA delivered in lipid nanoparticles to mice by various routes" Journal of Controlled Release, Vol.217, 345-351, 10, November, 2015
※2:Tatsuhiro Ishida, et al., "Injection of PEGylated liposomes in rats elicits PEG-specific IgM, which is responsible for rapid elimination of a second dose of PEGylated liposomes" Journal of Controlled Release, Vol.112, 15-25, 1, May, 2006
※3-1:Janos Szebeni, "Complement activation-related pseudoallergy: A stress reaction in blood triggered by nanomedicines and biologicals" Molecular Immunology, Vol.61, 163-173, 12 August, 2004
※3-2:Sonia Ndeupen, et al., "The mRNA-LNP platform's lipid nanoparticle component used in preclinical vaccine studies is highly inflammatory" iScience, Vol.24(12), 103479, 17, December, 2021
※4-1:Sara S. Nogueira, et al., "Polysarcosine-Functionalized Lipid Nanoparticles for Therapeutic mRNA Delivery" ACS Applied Nano Materials, Vol.3, 10634-10645, 25, September, 2020
※4-2:Linde Schoenmaker, et al., "mRNA-lipid nanoparticle COVID-19 vaccines: Structure and Stability" International Journal of Pharmaceutics, Vol.601, 15, May, 2021
※5-1:Zifu Zhong, et al., "Immunogenicity and Protection Efficacy of a Naked Self-Replicating mRNA-Based Zika Virus Vaccine" vaccines, Vol.7(3), 96, 23, August, 219
※5-2:Tomokazu, Amano, et al., "Controllable self-replicating RNA vaccine delivered intradermally elicits predominantly cellular immunity" iScience, Vol.26(4), 106335, 5, March, 2023
※:東京都医学総合研究所、東京医科歯科大学、ナノ医療イノベーションセンター(iCONM)、杏林大学、NANO MRNA株式会社
※:Saed Abbasi, et al., "Carrier-free mRNA vaccine induces robust immunity against SARS-CoV-2 in mice and non-human primates without systemic reactogenicity" Molecular Therapy, doi.org/10.1016/j.ymthe.2024.03.022, 2, April, 2024