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演出家が今だから語れる『芋たこなんきん』制作秘話

田幸和歌子エンタメライター/編集者
画像提供/NHK

BS再放送にもかかわらず、今週含めて5週を残しているにもかかわらず、「終わってしまうのが寂しい」と、早くもロスの声が高まっているNHK連続テレビ小説(通称「朝ドラ」)『芋たこなんきん』(2006年度下半期)。

小説家のヒロイン・町子を演じた藤山直美とその夫で「カモカのおっちゃん」健次郎を演じた國村隼をはじめ、名優たちの楽しい掛け合いをずっと観ていたいと感じる視聴者は多い。

そもそもこの作品はどういった経緯で生まれたのか。NHKに取材依頼をしたところ、当時のスタッフがほぼ在籍していない中、演出の1人・真鍋斎氏が対応してくれた。真鍋氏と言えば、大河ドラマ『龍馬伝』などで演出を担当し、安藤サクラ×長谷川博己の『まんぷく』制作統括で、原作・松尾諭×脚本・足立紳×主演・仲野太賀でドラマ化した『拾われた男』の制作統括でもある。

田辺聖子の様々な著作物+取材から作り上げた脚本

「成立過程の詳細は控えますが、最初にその年の連続テレビ小説をやるのにあたって、藤山直美さんが主演で田辺聖子さんの半生を描くという企画が持ち上がり、それは面白そうだなと。脚本家さんは、当時企画にも関わっていただいた外部プロデューサーも信頼を寄せていた長川千佳子さんにお願いすることになりました。NHKでは『浪花少年探偵団』(2000年)や、『甘辛しゃん』をはじめとした数々のドラマで脚本を書いていただいていた実績のある方です」(真鍋斎氏 以下同)

本作は、役者も演出も非常に素晴らしいが、脇役一人一人のキャラが細部までブレずに描かれていること、シリアスな展開でもさりげなく笑いを差し挟むことなど、脚本の巧みさに驚かされる。

「お聖さん(田辺聖子)というモデルのいる時代モノの作品ですから、あまり作り話ばかりになってもいけませんので、脚本も現代風に書き換えるようなことはせず、田辺さんがお書きになられた様々な著作物に当たって丁寧に進めました。かなりたくさんの小説やエッセイを資料としたほか、田辺聖子さんご自身にも取材に行きましたし、いしだあゆみさんが演じていらっしゃった秘書・矢木沢さんのモデルとなられた実際の秘書の方にも脚本家と共に取材に行き、みんなで作り上げた感じです。特に秘書の方は、矢木沢さんのキャラクター作りの際、大いに参考にさせていただきました」

ヒロイン・町子の父の写真教室にホットケーキ目当てで通った子どもたちも懐かしい
ヒロイン・町子の父の写真教室にホットケーキ目当てで通った子どもたちも懐かしい写真:イメージマート

女学生時代を2週ぶっ続けで描いた理由

夫婦の日々の晩酌おしゃべりという形式で、回想シーンをはさむスタイルは「発明」だ。しかも、冒頭から回想がところどころに差し挟まれていたのに、戦争が描かれた第9、10週では現代編がほぼ入らず、2週続けて少女編となる。勇ましい軍国少女だった町子(回想:尾高杏奈)が、戦争を経て価値観を大きく変える過程が2週間ぶっ続けで描かれたことも斬新だった。

「戦争編で、女学生時代を2週ぶっ続けで描いたのは、ぶっちゃけ、藤山さんのスケジュールの関係もありました(笑)。藤山さんは普段は舞台で非常に多忙な方です。通常の朝ドラヒロイン26週分のスケジュールをフルでいただくことはできず、全て藤山さんでというのは、どうやっても撮りきれなかったんです。それでも藤山さんに、朝ドラのヒロインを演じていただける価値を優先しました。もともと朝ドラは少女時代を描くことも普通です。それで、少女時代の回想を間に入れようということになり、現代パートと平和で幸せだった小学生時代の回想と、戦争中、思春期の頃とを3段階にしようという指針になりました。戦争が終了し、世の中の価値観が180度変わってしまったこと、軍国少女だった町子が、今まで習っていたことが全部嘘ですと言われたところを描きたかったんです」

実家の写真館の技師に召集令状が届くと、みんなが逃げろと言う中、町子だけが「兵隊さんが逃げたら、誰が戦うんや」と口を尖らせる。また、英語教師(菊池麻衣子)に「(戦争は)どっちかに片付くわ」と言われると、「日本は負けたことなんてあらへんのに」と憤慨していた。しかし、戦争が進み、身近な人の死などを経験した後、幼馴染の寛司(カンジ/森田直之)に同じセリフ「どっちかに片付く」と言われたときには、黙って頷くまでに変化している。

「そこは、ちょうど僕が演出で入っていた週でした。僕はもちろん戦後生まれで、戦争を知っているわけではありませんが、当時の学生たちの思いを想像しました。お国のために戦って死んでいくことは立派なこと、常勝の日本、敵性語は禁止と教わってきたのに、ある日を境に『全部無しです』と言われる気分は受け入れがたいでしょう。そういう思いをしてきた人々が、死に物狂いで日本を立て直してきた。今の日本という国家や政治制度の成り立ちの原点、第2次世界大戦というものをどう見るかをちゃんと考えなきゃいけないという思いでした。それは遠い昔の話ではなく、私たちの日常生活と地続きなのですから」

藤山直美のクランクイン前に撮影した少女編

ちなみに、本作全編においても最もシリアスな展開となる少女編は、実は最初に撮っているというから、驚かされる。

「普通は時系列で物語を進め、撮影をしてゆけば良いのですが、第1週の冒頭から藤山さんに出演していただきたいと関係者の誰もが望んでいました。それで、スケジュールの都合上、藤山さんのシーンはまだ全く撮っていないけれど、藤山さんに1話からご出演いただく。となると、その先の展開となる少女編を先行して撮らなければいけない。本編を撮影する前に、本編の間に入る少女編だけまとめて全て撮る、という離れ業をやりました(笑)。その上で、カモカのおっちゃんとの会話の中で回想シーンを入れ子構造にするという脚本上の工夫をしました。7~8週くらいになると、視聴者的にも藤山さんの芝居をだいぶ観た頃合いのはずなので、そのあたりで1回思い切って回想をまとめて入れても良いだろうという感じでした」

しかし、その工夫により、2人が毎晩晩酌しながら喋って回想するスタイルは、短編小説や短いエッセイを読むぐらいの感覚で見やすく進み、途中で2週間ぶっ続けの戦争編の重みが、実に効いている。

ただただ笑わされたツチノコ騒動
ただただ笑わされたツチノコ騒動写真:イメージマート

藤山直美×國村隼の会話にアドリブはほぼなし

回想シーンの入れ子構造が成り立ったのは、藤山直美と國村隼の芝居の力があってこそ。あまりにナチュラルなやりとりだが、アドリブもあったのだろうか。

「アドリブは、藤山さんと國村さんに関してはそんなにはなかったと思います。あえてアドリブを意識的に入れたというわけではなく、会話の中で自然に出てくるというか。決められたセリフであっても、お二人が演じるとアドリブと思えるほど自然に見えるというか。それに、『芋たこなんきん』は大阪人設定のメインの役者さんを全員関西出身の人にしているので、そうしたナチュラルさもあったかと思います。脚本の長川さんも、もちろん大阪のご出身です」

本作には、小島慶四郎や、板尾創路、友近、ぼんちおさむ、山田スミ子など、喜劇役者や芸人が多数出ていたり、田畑智子、小西美帆、いしだあゆみ、尾野真千子、菊池麻衣子など、歴代朝ドラヒロインも多数出演していたりする。しかし、そうした部分は際立たず、その役の人物としてしか見ていない人が多いだろう。

「そこは芸人さんも含めて、お上手な方ばかりですから、細かく演出をつけるようなことはあまりありませんでした。我々ディレクターは、非常に質の高いお芝居を間近で観させていただいて、それを逃さないようにしっかり撮る、という贅沢な現場でした」

振り返ってみて、撮影で特に大変だったこととは。

「先ほどの戦争編は、夏の京都でロケしていたので、一番大変だったのは、めちゃくちゃ暑かったこと(笑)。あとはやはり全く本編を撮っていない、どんな感じになるかわからない状態で、放送順では真ん中あたりにくる部分を先に撮影し、編集しなければいけなかったことです」

ちなみに、田辺さんは本作についてどんな感想を?

「感想は特に伺っていないですね。足がお悪かったこともあり、撮影現場にも遊びにいらしたことはありませんでしたが、実は、無理を申し上げてちょこっと出演してくださっている場面があります。視聴者の皆さんにはぜひ楽しみにしていただきたいと思います」

また、BS再放送の反響について、真鍋氏はこう語る。

「懐かしいと感じている人が多いですが、初めて観たという方もたくさんいるようですね。藤山さんという役者さんを、若い人はどのくらいご存知でしょう? でも、改めて藤山さんの芝居をテレビの連続ドラマで観られるというのは、本当に貴重なことですから。あの人は天才ですからね。人の心を引き付ける、コントロールする、笑かすことに関していわば格別の方です。個人的にはツチノコのくだりのような、ただただアホで笑える内容が一番面白くて好きでした。ツチノコ研究家を石橋蓮司さんが演じていますが、胡散臭い感じの石橋さんとの掛け合いを、藤山さんも楽しんでいらっしゃいましたね。もっとああいった笑いの回が多くても良かったんじゃないかと思うくらいです」

夫婦が晩酌しながらおしゃべりする時間が愛おしい
夫婦が晩酌しながらおしゃべりする時間が愛おしい写真:アフロ

涙腺崩壊必至の最終回は、こうして作られた

日常の積み重ねがしみじみ良いドラマだが、なかでも最終回では秀逸で、自分などは鼻水をたらして泣いた記憶がある。最終回は9月17日放送予定。最後に、最終回に込めた思いを聞いた。

「詳細はネタバレ回避のためここでは控えますが、毎晩2人で晩酌をしながらおしゃべりする2人ならではの最終回になっています。かなりの長台詞があるのですが、そのシーンを撮影するにあたり、藤山さんには『こちらからは何も言わないので、全部藤山さんに任せます』とだけお伝えしました。こちらとしては、当時は通常4台くらいのカメラを並べて、中継のようにスイッチングをしながら1台のVTRに収めるという撮影をしていたのですが、この時は全てのカメラにVTRをつなげました。稀代の女優・藤山直美の一期一会の芝居を、全方位からワンテイクで全て収めるためです。藤山さんという天才が最後にどんな芝居を見せてくれるのか、どうぞご期待下さい」

(田幸和歌子)

エンタメライター/編集者

1973年長野県生まれ。出版社、広告制作会社勤務を経てフリーランスのライターに。週刊誌・月刊誌・web等で俳優・脚本家・プロデューサーなどのインタビューを手掛けるほか、ドラマコラムを様々な媒体で執筆中。エンタメ記事は毎日2本程度執筆。主な著書に、『大切なことはみんな朝ドラが教えてくれた』(太田出版)など。

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