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脅かされているのは杉本祐一さんの権利だけではなく、人々の生命や財産-外務省による旅券強制返納

志葉玲フリージャーナリスト(環境、人権、戦争と平和)

今月7日、外務省が、シリア取材を予定していたフリーカメラマン杉本祐一さん(新潟県在住・58歳)のパスポートを強制返納させた問題で、杉本さんが筆者の取材に応じた。

○「外務省の役人は警察と共に来た」「返納しなければ逮捕」

杉本祐一さん(杉本さんのHPより)
杉本祐一さん(杉本さんのHPより)

杉本さんによると、今月始め、外務省の海外邦人安全課から「新聞で観たのだが、シリアへの渡航はやめていただきたい」と、杉村さんの携帯に電話をかけてきたのだという。また、翌日には新潟県中央署の警備課長に呼び出され、事情を聞かれたのだという。事態が急変したのは、今月7日の夜7時頃だった。杉本さんの自宅そばの駐車場に、ライトをつけっぱなしの車の前に5、6人が立っており、杉本さんが自宅のドアを開けようとした時に、駆け寄ってきたという。杉本さんを待ち構えていたのは、外務省領事局旅券課の職員と警察官だった。「彼らは、パスポートを強制返納すると、文書を読み上げ、何度も『応じなければ逮捕する』と言ってきました」(杉本さん)。杉本さんと外務省職員、警察官らは、約30分程、押し問答していたが「応じなければ、逮捕された上、結局、パスポートも取り上げられる」「弁護士をたてた裁判をやるにも、その費用を工面できない」と、杉本さんは判断、強制返納に応じたのだという。杉本さんによれば、外務省の職員は「パスポート返納は無期限」だと言い渡したという。つまり、今後もパスポートが発行されない恐れもあり、シリアのみならず一切、海外取材ができない可能性があるのだ。

○憲法と旅券法、最高法規と法律に矛盾

杉本さんによると外務省職員が持参した文書には、強制返納の理由として「退避勧告に従わず、シリアへの渡航を企てていること」「旅券法19条の規定により、旅券名義人の声明や財産保護を目的に返納を命じる」などの文言があり、岸田文雄外務大臣の署名があったという。だが、日本国憲法では22条に「居住・移転の自由」が規定されている。外務省が個人のパスポートを強制返納させることは、日本国憲法が公布されて以来、初めてのことだ。また、取材活動の自由は、憲法21条の「表現の自由」を保障する上で欠かせない。旅券法19条の規定自体が、最高法規である憲法に反するものだとも言える。

○政府の都合で、報道の自由を圧殺することにならないか?

↑筆者が撮影した昨夏のガザ侵攻。「退避勧告」が発令されている地域でジャーナリストが取材を行うのは当然のことだ。

気になるのは、外務省が持参した文書に「退避勧告に従わず、シリアへの渡航を企てていること」との文言があったという点。「退避勧告」とは、外務省が発信する世界各地域の「危険情報」に過ぎなく、強制力を伴う命令ではない。つまり、「従う」義務はないのだ。通常、シリアにかぎらず世界各地の紛争地では「退避勧告」が発令されており、「退避勧告」を理由に、パスポートの強制返納ができるようになれば、事実上、紛争地取材は不可能となる。警戒しなくてはならないのは、今回の杉本さんの件を前例に、「旅券名義人の生命や安全」のためではなく、政府の都合で、紛争地取材を行うジャーナリストにパスポートの強制返納を命じるようになりかねないことだ。

実際、自衛隊がイラクに派遣されていた2004年から2009年頃、日本の外務省は各国のイラク大使館に日本人へビザを発給しないよう、要請していたのだ。さらに、ジャーナリストの綿井健陽さんに一旦発給されたイラクビザが日本の外務省の横槍で取り消された事例もある(関連情報)。当時、自衛隊イラク派遣はその是非で大きな議論を呼び、世論の賛否も大きく分かれていた。だが、イラクに派遣された自衛隊の活動実態や、自衛隊員が実際にどの様な脅威に直面しているかについては、ごくごく断片的な情報しか出てこなかったのである。もし当時、日本人ジャーナリストがもっと容易にイラクのビザを取れ、取材活動を行っていたならば、自衛隊イラク派遣に対する世論も大きく違っていたことだろう。

「自衛隊が修復している」という学校に行ってみたら、作業をしているのは自衛官ではなく、イラク人労働者達だった。しかも、資材が足りず、壁が崩れて子どもが怪我するかも、と現場の労働者達は懸念していた。2004年6月イラク南部サマワにて撮影
「自衛隊が修復している」という学校に行ってみたら、作業をしているのは自衛官ではなく、イラク人労働者達だった。しかも、資材が足りず、壁が崩れて子どもが怪我するかも、と現場の労働者達は懸念していた。2004年6月イラク南部サマワにて撮影

○集団的自衛権での自衛隊海外派遣の地ならしにならないか?

「戦争で最初犠牲になるのは真実」とはよく言われることだが、戦争において権力は必ず嘘をつき、情報操作を行う。だからこそ、ジャーナリストはそうした権力の嘘や情報操作に対抗し、実際のところ何が起きているのか、人々に伝えなくてはならないのだ。外務省によるジャーナリストへのパスポート強制返納命令が横行するようになって、都合が良いのは誰か。今、安倍首相は集団的自衛権行使の法整備を推し進めているが、自衛隊が日本を守るためではなく、米国等の戦争のために紛争地に派遣され、現地で死傷するような事態になれば、世論の反発が予想される。そうした現地の実態をジャーナリストに取材されては困るのだ。だから、政権の裁量で、パスポートの強制返納命令が行われる、ということも、今後起こりうることとして警戒しなくてはならないのである。本稿をお読みになっている読者皆さんには、まさかそんなことは起きないのではないか、と思う方々もいるかもしれない。ただ、思い出して欲しいのは、安倍政権は、現在の憲法では不可能な集団的自衛権の行使を、「可能」と勝手に解釈して閣議決定し、憲法の理念に基づく武器輸出三原則も、やはり閣議決定で撤廃してしまった。そして稀代の悪法である特定秘密保護法を強行し、今回のISIS(イスラム国)による人質事件の対応を追及されたら、「特定秘密」であると言い出す始末なのだ関連情報)。

○脅かされているのは、個人の権利だけではなく、人々の知る権利であり、生命や財産

ジャーナリストの取材活動を封じることは、戦争を行うのに都合の悪い情報が人々から隠蔽されることになる。杉本さんがパスポートを強制返納させられたことは、単に杉本さん個人の権利が侵害されているだけではない。脅かされているのは、日本の人々の知る権利であり、先の大戦時のように情報統制の下で戦争に突き進むことで、人々の生命や財産も危機にさらされかねない。だからこそ、ジャーナリズム関係者のみならず、もっと多くの人々に今回の外務省の暴挙に対しての、問題意識を持っていただければと願う。

フリージャーナリスト(環境、人権、戦争と平和)

パレスチナやイラク、ウクライナなどの紛争地での現地取材のほか、脱原発・温暖化対策の取材、入管による在日外国人への人権侵害etcも取材、幅広く活動するジャーナリスト。週刊誌や新聞、通信社などに写真や記事、テレビ局に映像を提供。著書に『ウクライナ危機から問う日本と世界の平和 戦場ジャーナリストの提言』(あけび書房)、『難民鎖国ニッポン』、『13歳からの環境問題』(かもがわ出版)、『たたかう!ジャーナリスト宣言』(社会批評社)、共著に共編著に『イラク戦争を知らない君たちへ』(あけび書房)、『原発依存国家』(扶桑社新書)など。

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