死因の特定は難しい〜18歳アイドル急死の「流言」から考える(追記あり)
アイドル急死の衝撃
数日前まで元気だった18歳が急死することなんてあるのか…
アイドルグループ「私立恵比寿中学」のメンバー、松野莉奈さん(18)の突然の訃報は、世間に衝撃を与えた。
わずか18歳での突然の死に、ご本人、ご家族の悔しさはいかばかりか、心より御見舞申し上げる。
一部報道によれば、昨年末にも体調を崩していたという。
これら報道をあわせると、体調不良があり、かつ発作を起こしたが、すぐに病院に行かず帰京し、病院受診後に自宅療養していたが、様態が急変したということになる。
発作という言葉はあいまいで、喘息発作、てんかん発作、心臓発作などいろいろ考えられる。また、昨年末の体調不良と今回のエピソードとの因果関係も不明だ。
厚生労働省人口動態調査(2015年)によれば、15歳から19歳の死者数はわずか1220人。死者全体(129万444人)の0.09パーセントにすぎない。うち、793人は事故や怪我、自死などによる「外因死」であり、病死は427人だ。
427名の病死のうち、新生物(がんなどの腫瘍)で死亡した人が168人と最も多く、心臓、血管などの循環器系の病気で死亡した人が78人、その他呼吸器の病気が33人、消化器の病気が22人、脳血管の病気が17人、分娩の合併症が17人だ。原因不明も15人いる。
その他発作に関わるものとしては、てんかんで14人、喘息で2人亡くなっている。
一部報道で、突然死が3人とされているが、それはあくまで原因不明の突然死の数であって、突然死は上で挙げた様々な病気で生じうる。
報道だけでは死因を確定することは無理だ。
拡散した死因
ところが、ネット上である診断名がまことしやかに拡散した。
結局「流言」だったわけだが、こうした情報が拡散していくことをみると、死因を特定することは簡単だと思っている人が多いということが分かる。
簡単ではない死因特定
確かにインフルエンザ脳症で亡くなった可能性もあるにはあるが、亡くなった直後にすぐ死因を確定することは難しい。
ここで、私達病理医が、病気で亡くなった人の死因をどうやって特定するかを説明したい。
まずお腹や胸、ときには頭をあけて、臓器を目で見る。この時点で出血などがあれば、それが原因と分かることもある。
さらに臓器を取り出したり、血管や消化管などを切り開き、中を見ていく。肺の血管に血の塊が詰まってしまう肺血栓塞栓症は、この時点で分かる。
しかし、この段階で死因が分かるのは、上で挙げた出血や肺血栓塞栓症など、一部の病気に限られるので、さらに検索を続けていく。
取り出した臓器を切ってみて、中身をみると、例えば腫瘍があった、腸に穴が空いていた、潰瘍から出血していたといった場合は、それが死因だと推定できる。
しかし、それはあくまで推定であり、最終的には顕微鏡で組織を見たり、血液や気管のなかに菌などがいるかを培養検査で調べたり、薬の濃度を調べたりするなどし、かつ亡くなるまでの経過と照らし合わせて死因を特定していく。
(追記) 事務所が松野さんの死因を致死性不整脈疑いと発表したが、これは解剖したけど明らかな原因がわからないときに暫定診断としてしばしば使う診断名だ。つまり、まだ死因がよくわからないということだ。
上で死因が不明な人が15人いたと書いたが、結局どれだけ調べても死因が特定できない場合もある。死因になりうる様々な可能性を消していって最後に残ったものが死因という「除外診断」をせざるを得ない場合もある。
インフルエンザ脳症だと思っても、解剖したら腫瘍などのその他の原因があった、といったことはいくらでもあるのだ。
長い場合、最終的に死因を特定するのに数ヶ月かかることも多い。松野さんの場合もそうかもしれない。
怖い「死因不明社会」
解剖して臓器を取り出して調べても死因が分からないことがあるのだから、体の表面だけ見て死因を決めることはかなり難しい。ましてや報道だけで「これが死因だ」などと言うことはできない。
近年、病理解剖の数が激減している。日本病理学会によれば、1985年に40247件の病理解剖が行われていたが、約30年後の2014年には11067件と、四分の一近くまで減ってしまった。年間120万人もの人が亡くなるというのに、病理解剖は1万件程度、法医解剖をあわせても、解剖される人は死者の数パーセントにすぎない。
こうした状況では、本当の死因が分からず、隠された病気が分からないままになってしまうケースが相当あるのではないか。また、犯罪などが見逃されてしまうケースもあるだろう。時津風部屋力士暴行死事件は、解剖されなければ暴行事件が明らかになることはなかった。
作家の海堂尊氏は、こうした状況を「死因不明社会」と呼んでいる。
日本人は解剖に抵抗がある人が多い。だから、解剖だけでなく、亡くなった人をCTやMRIなどで調べるオートプシー・イメージング(AI)も活用するなど、「死亡時医学検索」(海堂尊氏)をしっかりと行っていく必要がある。
しかし、解剖を増やそうにもマンパワーが足りない。病理医不足、法医学者の不足は深刻な状況だ。
読者の皆さんには、死因の特定は思っているよりずっと難しいことを理解していただき、死因の特定という医療行為に対して関心を高めて欲しい。それが、松野さんのような若い方の死を減らすことにもつながるのだ。