海のプラスティック汚染(2) 洗濯からも排出…増えるファストファッション 海の酸性化と温暖化の一因に
現在、世界の海には毎年500mlペットボトル5000億本に相当するプラスチックが流出しており、2050年には海のプラスチックの体積容量が魚の体積容量を超えると予測されている。特にマイクロプラスティックの影響は深刻で、血液からもコーラからも検出されている。2022年にフルブライト奨学生として米国コロンビア大学で環境問題の専門研究員を務めた筆者が「マイクロプラスチックの現状」について最先端の研究者への取材を2回に渡りリポートする。
■衣料とプラスチックの不都合な真実 増えるマイクロプラスティック
米国コロンビア大学でマイクロプラスティックの第一人者として研究を続けるゴーズ教授。前回の記事では、教授の研究室ではコーラなどのソーダ類や、エビや牡蠣など身近な食材から多くのマイクロプラスティックが検出されていることを報告した。マイクロプラスティックとは海に排出されたプラスティックが紫外線や海水に揉まれるうちに5ミリ以下の小さなサイズになったもので、回収が難しく、魚が食べることで食物連鎖の輪の中で人間の健康被害も憂慮されている現状について、説明された。(海のプラスティック汚染(1) 「血液」「コーラ」「海老」からも検出…米国コロンビア大学教授の警告を参照。)
現在、教授が取り組んでいるのは、衣料の分野からのプラスティックの排出についてだ。今私たちが着ている衣料品は、ナイロンやポリエステルなど化学繊維で作られたものが多い。マイクロプラスティック問題の視点で化学繊維を見た時、洗濯による影響が大きいことがわかってきた。教授の研究室では一台の洗濯機がフル稼働していた。
「かつては衣服は手で洗っていましたが、現在の洗濯機は高機能で、手とは比べ物にならない回数を揉んだり叩いている。その過程で衣類からは小さなマイクロプラスティック繊維が大量に排出されているのです。」
■フリースはマイクロプラスティックの巨大な供給源
どのような衣類をどう洗濯することで、どの程度のマイクロプラスチックが排出されているのか?ゴーズ教授は、ニューヨークのファッションデザイナーと協力し、世界中から化学繊維が入っている洋服の生地サンプルを取り寄せた。数ヶ月かけて学生と行った実験は、洗濯時にどれだけの繊維が抜け落ちるかについての詳細なデータを取ること。洗濯するたびに、衣服の重さは平均して、1.5%づつ減少した。つまり化学繊維が流れ出ているのだ。もちろん排水は海にもつながっている。
「実験した中で、最もひどかったのはフリースです。フリース素材の衣服からは洗濯のたびに4−5%もの繊維が抜け落ちました。ペットボトルなどのプラスチックは量は膨大ですが、システムが整えば回収してリサイクルすることができます、しかし、洗濯の時に衣類から抜け落ちるプラスチックの化学繊維は、すでにその時点で非常に微細なマイクロプラスティックになっています。つまり回収やリサイクルは基本的にできません。また、洗濯よりも、乾燥の段階でより多くの繊維が抜け出ることも確認しました。安価で暖かいフリースは私たちの生活に欠かせない必需品ですが、実はマイクロプラスチックの巨大な供給源なのです。」
■ファッション業界と化学繊維の歴史
ファッション業界は、プラスティック由来の原料に依存している。ポリエステルのワンピース、ナイロンのニット、アクリルジャケット……名前は異なるがすべてプラスチックだ。頑丈で摩擦に強く、軽いことから多くの衣類に採用されている。
そもそもファッションに化学繊維が使われた歴史はおよそ100年前に遡る。人類は紀元前から麻や木綿、絹を利用してきたが、イギリスの産業革命で化学工業が発展し、人工繊維の研究がはじまりまった。絹によく似た手触りのレーヨンが発明されたのが1884年。その後、1889年のパリ万国博覧会で注目された。1930年代から40年代にかけて合成繊維が次々と開発。1931年にドイツでポリ塩化ビニル、1935年に米国でナイロンが発明され実用化が始まった。日本では1939年に京都大学でビニロンが発明された。身近になったのは、第二次世界大戦後に米国からナイロンのストッキングが輸入されたことだ。安価で絹のような手触り、そして破れにくい。その便利さから一般に普及した。1956年にはアクリルの肌着も売り出され、化学繊維の発展によって、庶民は良質の衣服を簡単に手に入れられるようになった。
■ファッション業界に課せられる責任
1990年代後半から、ファストファッションが大躍進したことで、プラスティックを使用した衣料がより大規模に消費されるようになった。ファストファッションの躍進はめざましく、衣服1枚あたりの平均価格は1990年には平均6848円だったが、2019年には半額となった。国内で供給される衣料品の数は1990年には約20億点だったが、2014年には40億点になった。(経済産業省「生産動態統計」総務省「家計調査」より)2000年代以降、衣類の点数が激増したのにつれて、衣料からのプラスティックごみも増加した。最終的にその85%はゴミとなり、土壌や海洋に蓄積することとなる。
ゴーズ教授の研究室で、「マイクロプラスチックの巨大な供給源」と呼ばれたフリースだが、実はアウトドアメーカーの「パタゴニア」が、1970年代に開発した新しい衣料だ。「パタゴニア」といえば、環境活動に熱心で、温暖化対策や社会正義に率先して声を上げている会社だ。現在、フリースが海洋汚染の一因となってしまったことへの解決策を模索している。カリフォルニア大学など複数の研究機関に依頼し、洗濯時にマイクロファイバーが排出されない対策の研究をおこなっている。この取り組みが成功するかは残念ながらまだ未知数だ。自然保護のリーディングカンパニーが、実は深刻な海洋汚染の元凶となる商品を生み出してしまったことは皮肉な現実だ。他のファッションブランドもプラスティックの削減や代替えへの取り組みを始めている。それは別の機会にまとめて執筆する予定だが、今後、ファッション業界は、海洋プラスティック汚染に対しての責任が求められる。
■海のマイクロプラスティックが温暖化を進める
さらに、海のマイクロプラスティックが、温暖化に大きな影響を及ぼすという報告もある。
まず、プラスチックの原料が石油であるため、そもそも生産や廃棄の過程で二酸化炭素を排出している。世界経済フォーラムの資料によると、2012年に3億9000万トンのCO2がプラスティックから発生している。今後も消費量の増加が予測されているため、2050年にはプラスティックからのCO2排出量は2,800億トンまで増える計算となる。これは2019年の3倍以上だ。そして、それらの一部が海に流れ出ることには大きな温暖化への影響がある。
「実はこれまで長い間、海が多くの二酸化炭素を取り込んでくれています。そのおかげで、大気中に排出された温室効果ガスの影響が抑えられて、結果として地球温暖化を抑えることができているとも言えます。」
コロンビア大学の地球環境学科のバーベル・ホニッシュ教授は静かな口調で話し始めた。環境先進国であるドイツ出身の女性教授で、古代からの地球の環境分析と最新の温暖化について研究をしている。
「海が二酸化炭素を取り込むと、酸を吸収します。そのため、海全体が酸性化して、いわゆる「海の酸性化」が始まります。この点に世界の研究者は注目し、調査船などを駆使して世界各地で海の酸性化の調査が行われています。」
海の酸性化とは、一般的に海水は弱アルカリ性なのだが、二酸化炭素が多く溶け込むことでpHが下がり酸性に傾くことだ。
「海洋表面のpHは、今世紀末には、19世紀末に比べて、0.16~0.44低下すると予測されています。(IPCC・国連気候変動に関する政府間パネルが2021年の報告書より)これは海にとってはかなり大きな変化です。この時点で海水の酸性度合いは産業革命以前の2倍になっています。その条件下で海の中で生きていくのが難しい生物が多くなるでしょう。」
漁業や観光など海洋資源を使用している産業は大きな打撃を食らうことになる。
そして、ただでさえ温暖化が進行するという予測の中で、海に流れ出たプラスティックは、海が吸収してくれるはずの二酸化炭素のキャパシティーを余分に食い潰すことになり、海の酸性化を助長するのた。海のキャパシティーは無限ではなく、どこかの時点で限界が訪れる。すると温暖化は加速度的に進行する可能性がある。ホニッシュ教授によれば、現在、私たちが排出している二酸化炭素は年間418ppm。最低でも350ppm、あるいは産業革命以前の275ppmのレベルにまで戻す必要があるという。
■化学繊維がもたらした豊かさと 大きすぎる負の影響
さまざまな理由で海に流れでたプラスティックの一部は、海流に乗って北太平洋水域の「太平洋ゴミベルト」に流れ着き、海を漂い続けている。プラスティックはもともと安く加工しやすくて、丈夫で、誰もが豊かさを享受できる素材だったのだが、今や地球規模の海洋汚染をもたらしている。
プラスティックの半減期は長い。例えば最も身近なペットボトルは450年と言われいてる。450年かかってやっと自然界に影響を及ぼさない程度に分解されるというのだ。もし、16世紀の信長や秀吉の時代に、ペットボトルが捨てられたとしたら、今やっと450年の時を経て、分解が終わろうとしていることになる。たった500ミリ程度の飲み物をのむ、という短時間の利用目的のための容器にしかすぎないのに。
衣料に含まれる化学繊維を今後どう改善できるのか、解決は非常に困難だが、いまのまま放置すれば海の酸性化を助長し、多くの生物の生存を脅かす結果につながりかねない。そして、生存を脅かされる生物の中には私たち人類も含まれているという事実。そこから、目を背けることはできない。
【この記事は、Yahoo!ニュース個人のテーマ支援記事です。オーサーが発案した記事テーマについて、一部執筆費用を負担しているものです。この活動は個人の発信者をサポート・応援する目的で行っています。】