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海洋ゴミに苦しむ現場から 長崎県対馬 「国際プラスティック条約」 への道(1)

海南友子ドキュメンタリー映画監督
長崎県対馬の海岸を埋め尽くす海洋プラごみ(撮影:海南友子)

 2024年11月25日から12月1日まで、韓国・釜山で「国際プラスティック条約」の政府間会合が開催された。合言葉は「End Plastic Pollution」。世界で深刻化する「プラスティック汚染を終わらせる」だったが、交渉は決裂し、議論は来年へ持ち越された。「国際プラスティック条約」の背景を、現場取材を交えて3回にわたりリポートする。

■海洋プラスティックの防波堤

 長い海岸線は夥しい漁具や発泡スチロールの海洋ごみに埋め尽くされていた。場所は、長崎県対馬。縦に80キロの長さを持つ島の中腹にある海岸は、歩くこともままならないほどの海洋ゴミで埋め尽くされている。その大半が、自然界での分解が困難な石油由来のプラスティックだ。

 一般的なビーチクリーンで目にするプラごみとは比べ物にならない量だった。海岸は、端から端まで全てが覆われ、多い場所では厚さ50センチにも達していた。砂浜を歩くとふわふわしているのは、細かく砕かれたプラが地層のように折り重なってクッションになっているためだ。私が訪ねた2024年9月のある日、海岸には、大きな亀の甲羅が打ちあがっていた。命尽きた海亀が、こんなにゴミだらけの海岸で最後に見た景色のことを想像すると胸が痛んだ。

長崎県対馬の海岸。青いタンクは韓国の漁業で使うタンクだ。(撮影:海南友子)
長崎県対馬の海岸。青いタンクは韓国の漁業で使うタンクだ。(撮影:海南友子)

 対馬市役所の環境政策課の福島利弥さんは、浜に立ちすくんでため息をついた。

「子供の頃は、流木がたどり着く浜でしたが、20年ぐらい前から劇的にプラごみが増えました。対馬は、崖の下の浜辺が多いため、岸から歩いての回収は難しいので、漁船で海から回り込んで、漁師に委託しゴミを回収しています。漁師の高齢化も進んでおり、5年後、10年後にはどうなるか。」

 私は、数年前から日本各地の海岸を訪ねて、海洋プラの現場を訪ねているが、対馬の海岸の深刻さには戦慄が走った。今まで見たどの浜よりも苦しい現実がそこにはあった。もし、何か言葉を探すとすれば、「絶望の海岸線」だ。対馬は本来は美しい造形の豊かな島だが、特に冬の時期、島の西側の海岸線に多くのプラごみが流れ着く。大半は、巨大な漁網や、漁業に使うブイや発泡スチロール、それにペットボトルなどの生活ゴミだ。日本由来のものもあるが、近隣諸国から排出されたものが9割以上を占めている。対馬市では、リサイクルできない大半のプラごみを、山に穴を掘って埋め続けている。

「対馬の税金と国の補助金を使って、プラごみを山のなかに埋めています。もし、発泡スチロールなどが、大きなサイズのうちに対馬で拾えなければ、粉々に砕けてマイクロ化したプラごみが、九州や日本海側の海岸に、たくさん拡散するでしょう。対馬はいま、海洋プラゴミの『日本の防波堤』なのです。」

国連環境計画(UNEP)の「国際プラスティック条約」の会議の一コマ(提供:UNEP)
国連環境計画(UNEP)の「国際プラスティック条約」の会議の一コマ(提供:UNEP)

■国連プラスティック条約 産みの苦しみ 揺れ動く世界

 汚染に苦しむ長崎県対馬の対岸にある韓国・釜山で、2024年11月25日から12月1日まで開かれたのが、「国際プラスティック条約」の政府間会合だ。「国際プラスティック条約」は2025年に完成予定で、2022年から議論が始まり、準備会合は今回で5回目、最後の会合となるはずだった。参加したのは、170カ国以上の加盟国と、440のNGOや企業のオブザーバーを含めて3,300人以上。合言葉は「End Plastic Pollution」。世界で深刻化する「プラスティック汚染を終わらせる」だ。

 主な議論となったのは「プラスティックの生産制限」「化学物資の禁止を含む環境配慮システム」「世界共通ルールの策定」などで、特に「プラスティックの生産制限」をめぐって、深刻な対立が際立った。HAC(High Ambition Coalition 高い志をかかげる連合)と呼ばれる100余の国(日本を含む)と、原料である石油を生産している産油国グループは、最初から最後まで厳しい対立となった。

産油国の反対で、条約は合意できなかった。(提供:UNEP)
産油国の反対で、条約は合意できなかった。(提供:UNEP)

「プラスティックの生産削減」について、産油国などが批准しやすい緩めの規制でとどめるか、実効性のある厳しい規制内容にするかで隔たりを解消できないまま会議は続き、結局、条約案をまとめることができないまま会議は閉幕した。2025年に条約化するべく、準備会合の追加が決定されている。2025年の前半のどこかで再び政府間会合が行われ、今回の議論の最後に作成された文章をもとに議論は継続する。HACの国々と、産油国との議論がどこで落ち着くのか、今はまだ誰もわからない。

対馬市役所の福島さん。会議期間中に釜山入りし、対馬の現状についてイベントで報告した。日本のIVUSAなどが主催し、日韓の若者と一緒にプラスティック問題解決について話し合った。(撮影:海南友子)
対馬市役所の福島さん。会議期間中に釜山入りし、対馬の現状についてイベントで報告した。日本のIVUSAなどが主催し、日韓の若者と一緒にプラスティック問題解決について話し合った。(撮影:海南友子)

■生産量の削減は必須 長崎県対馬からの声

 釜山の会議にあわせて長崎県対馬からも2名が釜山入りしていた。市役所の福島利弥さんと、対馬でエコツアーやスタディーツアーを運営している対馬CAPPA代表の上野芳喜さんだ。紛糾していた会議の議題である「プラスティックの生産削減」について、お二人に投げかけてみた。

 福島さんは、「対馬の海岸の海洋ゴミは年間3から4万立方メートル。10年前と比べて2倍近くになっています。毎年、2億8000万円もの対馬市の予算をかけて処理している状況です。その大半は外国のゴミです。ゴミの発生を抑制しなければ、対策は際限なく増えていくでしょう。」

 対馬CAPPA代表の上野さんは、「歴史ある対馬には、いまでも1300年前と変わらぬ美しい城壁や入江があります。僕らはカヤックで、それを案内しているんだけれど、いにしえの光景のすぐ横に、今は大量の海洋プラがある。どこかでプラスティックの出る蛇口をふさがないと、永遠に増えてしまう。歴史ある景観を未来に残せるか、今、瀬戸際にあると思います。」

 対馬の海岸で息絶えた海亀の死骸。この亀が最後にみたであろう、プラごみだらけの海岸は、私たち人類がこれから目にする絶望的な光景なのかもしれない。海の豊かな暮らしや光景が、近い将来、海洋プラスティックに覆われてしまうとしたら。対馬と釜山、向き合った二つの海岸でみた、絶望的な光景と、条約決裂の失望。私たちは、これから、どんな未来へと向かおうとしているのだろうか?

ドキュメンタリー映画監督

71年東京生まれ。19歳で是枝裕和のドキュメンタリーに出演し映像の世界へ。NHKを経て独立。07年『川べりのふたり』がサンダンス映画祭で受賞。世界を3周しながら気候変動に揺れる島々を描いた『ビューティフルアイランズ』(EP:是枝裕和)が釜山国際映画祭アジア映画基金賞受賞、日米公開。12年『いわさきちひろ〜27歳の旅立ち』(EP:山田洋次)。3.11後の出産をめぐるセルフドキュメンタリー『抱く{HUG}』(15) 。2022年フルブライト財団のジャーナリスト助成で米国コロンビア大学に専門研究員留学。10代でアジアを放浪。ライフワークは環境問題。趣味はダイビングと歌舞伎。一児の母。京都在住。

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