病原体を運ぶ「マダニ」はどうやって「海を渡る」のか #マダニ #感染症
死者も出るような感染症を媒介するマダニ類(以下、マダニ)は、シカやイノシシなどの宿主が運ぶことで移動する。だが、中国と日本、韓国で同系統の遺伝子を持つウイルスがマダニから発見されている。マダニはどうやって海を渡るのだろうか。
東アジアのマダニの関係は
マダニ類が媒介する病原体による人獣共通感染症で被害が増えている。例えば、SFTS(Severe fever with thrombocytopenia syndrome、重症熱性血小板減少症候群)ウイルスによる感染例では死者も出ている。
SFTS の感染は西日本に多かったが、次第に北上、東進しつつあるようだ。今年も愛媛県、宮崎県で死者が報告され、静岡県、高知県、大分県、熊本県、徳島県などで患者が発生している。
マダニの仲間は、ごく普通に山林、野原、垣根、藪などにいる。だが、そのマダニが日本紅斑熱、ダニ媒介性脳炎、SFTSなど病原体を持っていて、ヒトがそのマダニに咬まれるとそれらの感染症にかかる。
例えば、SFTSの潜伏期間は6日〜14日。発症すると発熱や食欲低下、嘔気、嘔吐、下痢、腹痛などの消化器系への悪影響などを引き起こす。頭痛、筋肉痛、意識障害や失語などの神経症状、リンパ節腫脹、皮下出血や下血などの出血症状などが起きることもあり、致死率は10%から30%とされている。
SFTSウイルスを媒介するマダニには、フタトゲチマダニ、キチマダニ、タカサゴキララマダニなどがいて、シカ、タヌキ、イノシシ、ウサギ、ネズミ、イヌ、ネコなどの野生動物やペットの間で移動し、同時にウイルスもマダニと一緒に運ばれる。そうしたマダニがヒトを咬むとSFTS(ペットによるものではSFTSV) に感染する。
このSFTSウイルスが、中国の研究グループによって報告されたのは2011年のことだ(※1)。その後、日本を含む東アジア各国で海外渡航歴のない患者が報告され、各国のウイルスの関連性が議論になった。
日本の研究グループによる調査によれば、中国のSFTSの症状は日本よりも軽症であり、遺伝的にも少し離れており、日本のSFTSウイルスは日本国内で独自の進化を遂げた可能性があるとしている(※2)。
一方、中国や韓国の研究グループが調べたところ、中国のSFTSウイルスは韓国、日本のそれと類似しており、このウイルスがマダニが寄生した渡り鳥によって運ばれたのではないかという仮説を提唱している(※3)。また、ヨーロッパでもダニ媒介病原体の長距離移動は渡り鳥によるものではないかという論文が出ている(※4)。
日本のウイルスがある程度は特異的としても、東アジアのSFTSウイルスは近い関係にあり、距離が遠かったり海を隔てたりする各国をどうやってマダニが移動したのかが問題になる。前述した論文では、渡り鳥によって移動しているのではないかという仮説があるが、それは本当だろうか。
離島で渡り鳥を調査する
この疑問に挑んだのが山形大学などの研究グループだ。同研究グループが発表した論文(※5)によれば、マダニの分布がどう拡大するのかを調べるため、マダニが渡り鳥によって運ばれているという仮説の元、渡り鳥にとって重要な中継地である離島でのマダニの生息状況を把握しようとしたという。
同研究グループは、東北地方の離島で、2021年6月から8月にかけて林内のマダニの調査と宿主や分布などの整理を行った。その結果、9種類、145個体のマダニが採取され、その中に5種類の南方系マダニ類(※6)を確認したという。
これらの南方種のマダニは、東南アジア、南アジア、西日本といった南方で確認されているが、今回調査した離島と同緯度以北での報告はほとんどなかったり全くなかったりした種であり、大型哺乳類が生息していない離島で確認されたことは珍しい結果としている。同研究グループの小峰浩隆氏(山形大学学術研究院、農学担当)に話をうかがった。
──マダニの分布は世界で広がっているのでしょうか。
小峰「広がっています。例えば、ヨーロッパでは、ウイルス性出血熱の一つであるクリミア・コンゴ出血熱ウイルスを媒介するマダニが、もともと生息が確認されていなかったドイツ、フィンランド、英国などで確認されていますし、米国ではライム病の原因細菌を媒介するマダニの分布が広がっています。また、日本でも日本紅斑熱やSFTSを媒介するマダニの分布拡大が懸念されています」
──調査されたこの離島で、ダニ類によるヒトへの感染症例はございますか。
小峰「現在までのところ、当該地での感染例は知られておりません。おそらく、マダニの密度が南方と比べるとまだ低い事や、近年の人口が非常に少ない事なども関連しているように考えております」
──この離島は、渡り鳥の中継地ということですが、これらの渡り鳥の種類、往来先、夏鳥、冬鳥、旅鳥などはどのようなものでしょうか。
小峰「渡り鳥は夏鳥、冬鳥、旅鳥などを全て合わせて300種から350種程度が確認されています。その多くは東南アジアから日本本土、ロシアにかけて往来します。ただ、日本本土で夏鳥や冬鳥に区分される種(例えば、夏鳥であればオオルリやキビタキ、冬鳥であればツグミやカシラダカなど)も、その多くはこの島はほぼ通過するだけで、繁殖地や越冬地ではなく、中継地という位置づけです」
──こうした離島はウミネコの繁殖地になっていることも多いようですが、留鳥であるウミネコへの寄生は考えられますか。
小峰「ウミネコへの寄生も可能性としてはありますが、今回の調査地点はウミネコの繁殖地から比較的離れた地点が多い事、ウミネコは林内にはほとんど入らない事(今回の調査地は主に林内です)などから、今回確認されたマダニ種はウミネコと関連する可能性は低いと考えております。なお、ウミネコは島内全域で繁殖しているわけではなく、南部海岸の一部のみで繁殖しています。ウミネコなどの海鳥には系統が異なるダニが寄生している事が多いので、それらはウミネコの繁殖地近辺にいる可能性があると考えています」
──離島にはネコ(家ネコ、野良ネコ)が多いと思いますが、この島の状況はどのようになっているのでしょうか。ネコが重要な中間宿主になっている可能性はありますか。また、トド、アシカなど、海生哺乳類へのダニの寄生も報告されていますが、これらとの関連は何かありますでしょうか。
小峰「当該地でもネコは比較的多くおり、問題として認識されつつあります。ただ、ネコに対するマダニの寄生状況は調査された事がなく、現状が不明で、今後の課題の一つです。トドなどの海生哺乳類は以前は生息していたようですが、現在はほとんど確認されておりません。また、今回は海岸沿いというよりは林内を中心に調査を行いましたので、海生哺乳類との関連はないように考えております」
──渡り鳥によってダニ類が多様性を持ち、分布を広げているということですが、これは数千万年という長い間、続けられてきた生態と思います。近年の地球温暖化が何らかの影響を及ぼしていると仮定すると、今回のご研究との関係はどのように考えればいいでしょうか。
小峰「鳥の渡りについても、近年の温暖化などによって変化している可能性は考えられます。ただ今回の結果は、温暖化により寒さが緩和されたことで、南方系のマダニが北方に持ち込まれた際の死亡率が低くなっているということを反映しているように考えております。これまでは南方系のマダニが北方に持ち込まれても寒さで死亡していたが、温暖化により死亡しづらくなったことが背景にあると考えております」
──今後、採取したマダニ類から、感染症を引き起こす危険性のある微生物の検出などをされる予定はありますか。
小峰「これらのマダニ類がどのような病原体、微生物を持っているかという事は私も興味のある点です。現在、複数機関と連携し、それらを探索する計画を進めております。すぐに結果が出るというものではありませんので、少しずつ着実に取り組んでいきたいと考えております」
温暖化の影響は多方面に及んでいるが、SFTS 、新型コロナウイルス、新型インフルエンザのような人獣共通感染症や新興感染症の脅威を無視することはできない。マダニが媒介する感染症のほとんどは、まだワクチンも治療法も確立していないのだ。
生態系の理解が、公衆衛生や感染症予防などに役立つのは明らかだ。気候変動をいかに止めるのかと同時に、生態系の変化とそれによる新たな病原体の出現も注視していきたい。
※1:Xue-Jie Yu, et al., "Fever with thrombocytopenia associated with a novel bunyavirus in China" The New England Journal of Medicine, Vol.364(16), 1523-1532, 16, March, 2011
※2:Toru Takahashi, et al., "The First Identification and Retrospective Study of Severe Fever With Thrombocytopenia Syndrome in Japan" The Journal of Infectious Diseases, Vol.209, Issue6, 816-827, 15, March, 2014
※3-1:Yeojun Yun, et al., "Phylogenetic Analysis of Severe Fever with Thrombocytopenia Syndrome Virus in South Korea and Migratory Bird Routes between China, South Korea, and Japan" The American Journal of Tropical Medicine and Hygiene, Vol.93(3), 468-474, September, 2015
※3-2:Yong-Zhen Zhang, Jianguo Xu, "The emergence and cross species transmission of newly discovered tick-borne Bunyavirus in China" Current Opinion in Virology, Vol.16, 126-131, February, 2016
※4:Alicja M. Buczek, et al., "The Potential Role of Migratory Birds in the Rapid Spread of Ticks and Tick-Borne Pathogens in the Changing Climatic and Environmental Conditions in Europe" International Journal of Environmental Research and Public Health, Vol.17(6), 2117, 23, March, 2020
※5:Hirotaka Komine, Kimiko Okabe, "Summer collection of multiple southern species of ticks in a remote northern island in Japan and literature review of the distribution and avian hosts of ticks" Experimental and Applied Acarology, Vol.90, 357-374, 27, July, 2023
※6:ヤマアラシチマダニ(Haemaphysalishystricis)、タカサゴチマダニ(Haemaphysalis formosensis)、ツノチマダニ(Haemaphysalis cornigera)、タカサ ゴキララマダニ(Amblyommatestudinarium)、カクマダニ属の種(和名未確定、Dermacentorbellulus)