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自民党総裁選の経済・財政の論点 第2回目 年金問題、放置すれば基礎年金が劣化、国民の貧困化が進む

森信茂樹東京財団政策研究所研究主幹 
(写真:代表撮影/ロイター/アフロ)

自民党総裁選の経済・財政の論点の第2回目は、年金問題である。このまま放置すれば基礎年金の劣化が進み、国民の貧困化が進むが、どう改革を進めていくのか、候補者に問う必要がある。

2024年7月3日、5年に一度の年金の定期健康診断である「年金の財政検証」の結果が公表された。そこで明らかになったのは「基礎年金の劣化」という問題である。そしてこの問題を解決するには、兆円単位の財源が必要となる。候補者としては、負担増の問題は避けたいところだが、一国の総理となるからには、確実にやってくる不都合な真実に、ダチョウのように頭を砂に埋めて見ないようにしてやり過ごすわけにはいかない。

財政検証を見ると、内閣府の中長期試算のベースラインケースに相当する「過去30年投影ケース」(人口は中位推計)で、モデルケースの所得代替率は50.4%になると試算されている。所得代替率が50%を下回ると見込まれる場合には法律上所要の措置を講じる必要があるが、なんとか最低条件はクリアした。

しかし、基礎年金部分を眺めてみると、大きな問題があることに気が付く。基礎年金について、マクロ経済スライドによる調整(給付削減)が終了するのは2057年だ。問題はその時点の基礎年金の水準だ。

現在夫婦2人の基礎年金額は13.4万円だが、2057年の物価上昇率で割り戻した実質年金額は10.7万円と20%減になる。基礎年金部分の所得代替率も、今年度の36.2%から25.5%へと10.7ポイント低下するのである。基礎年金だけを受給する自営業者や多くの非正規雇用者の貧困化が進むことが懸念される。とりわけ就職氷河期の人たちは非正規雇用が多く、生活保護になだれ込むのではないかという予想もある。

この点への対応として、基礎年金の拠出期間の40年から45年への延長案が示されたが、負担増を嫌う政治が来年の改正にむけた議論を見送った。拠出期間を5年間延長した場合には、2055年度の所得代替率(比例部分を含む)は57.3%と、納付期間を延長しない場合と比べて6.9ポイントの改善になる。基礎年金部分だけでも、現在の25.5%から29.5%へと4%ポイント上昇する。 

第1号被保険者(自営業者、厚生年金に加入していない非正規雇用者など)が、「5年間で約100万円の追加納付」を行えば、「終身で年10万円の給付増が受け取れる」ことになる(令和6年度の基礎年金額をもとに計算)ので、10年で元が取れる計算だ。拠出段階では社会保険料控除があり税金が軽減されるので、10年を待たず「元が取れる」ことになる。

健康寿命が延び、2021年4月からは65歳までの雇用確保が義務づけられた中、基礎年金の拠出期間を延長するという考え方は当然ともいえる選択肢だ。低所得で納付できない人には、申請に基づく保険料納付の免除の仕組みがある。会社員など厚生年金の加入者は、60歳を超えても雇用されていれば追加負担はない。

このように冷静に議論すればメリットの多い有意義な改正だが、「増税メガネ」というSNSのレッテルを気にする官邸は議論することすら見送った。

最大の問題は、基礎年金の半分は国費で賄われているので、その充実には財源が必要ということだ。財政検証では、基礎年金充実のためにマクロ経済スライドの調整期間を報酬比例部分と一致させた場合(過去30年投影ケース)、つまり基礎年金の調整を早めた場合には、2050年度に1.8兆円の国費が必要と試算している。

先の話と思われるかもしれないが、小泉内閣時代には、同じく基礎年金の充実が問題になり、持続可能な年金制度の構築に向けた2004年の年金改革が行われ、基礎年金の国庫負担割合が3分の1から2分の1に引き上げられた。一方、その財源である消費税が、3党合意による税・社会保障一体改革を経て8%に引き上げられたのは2014年で、その間10年を要している。議論は早すぎることはない。

国民の将来不安の最大なものは、年金の持続可能性だ。国民の将来生活に最も直結する年金問題をどうするのか、この点が論点から漏れてはならない。

 次回は、一部候補者の掲げる「金融所得課税の見直し」は、貯蓄から投資への流れを阻害するのか、について考えてみたい。

東京財団政策研究所研究主幹 

1950年生まれ。法学博士。1973年京都大学卒業後大蔵省入省。主に税制分野を経験。その間ソ連、米国、英国に勤務。大阪大学、東京大学、プリンストン大学で教鞭をとり、財務総合政策研究所長を経て退官。東京財団政策研究所で「税・社会保障調査会」を主宰。(https://www.tkfd.or.jp/search/?freeword=%E4%BA%A4%E5%B7%AE%E7%82%B9)。(一社)ジャパン・タックス・インスティチュートを運営。著書『日本の税制 どこが問題か』(岩波書店)、『税で日本はよみがえる』(日経新聞出版)、『デジタル経済と税』(同)。デジタル庁、経産省等の有識者会議に参加

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