社員の才能を生かせ!~タレントマネンジメント入門~【石山恒貴×倉重公太朗】第2回
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石山恒貴さんの本『日本企業のタレントマネンジメント』では、事例研究として、サトーホールディングスと、味の素、カゴメが取り上げられています。いずれも、創業以来の企業理念を尊重しつつ、明確な目的を持ってタレントマネンジメントの導入を試みている企業です。石山さんに3社の異なる状況を分析していただきながら、「タレントマネンジメントとは何か」を多角的に考えていきます。
<ポイント>
・日本型雇用システムと、タレントマネジメントは矛盾するのか
・「人事はカッコイイ花形部署」と思われるには?
・カゴメのHRビジネスパートナーは、役員や社長になるための登竜門
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■タレントの定義とは
倉重:あらためて、タレントの定義について、著書を読ませていただきます。タレントとは「個性に応じた天賦の才を有しながら、努力してその開発も継続する個人であり、在籍する組織の環境に適合して貢献する存在」とありますね。
石山:そうですね。大事なポイントは、3つあります。
1それぞれ違う才能があるということ。
2それを開発できるということ。
3今いる組織にフィットしているということ。
この3つがポイントかなと思っています。いろいろと考えましたが、一部の人をタレントと考える選別アプローチも、組織の人全員をタレントと考える包摂アプローチも、どちらもありだと思っています。
倉重:両面ありますよね。
石山:玉虫色ですが、どちらにも対応できる定義にしました。
倉重:「開発を継続」「貢献する」という要素があるのは、これから羽ばたいていく人も入っているからですね。ご著書には「組織がその競争戦略をタレント戦略に転換した上で、適応開発を前提としてタレントを引き付け、開発し、留め続ける。これをタレントマネジメントという」とあります。
石山:そうです。
倉重:まさにこれは、採用分野や能力開発、組織開発、処遇改善など、人事がしていることをタレントに置き換えるという話ですよね。
石山:そうですね。ここの定義も実はポイントが2つに分かれています。その会社独自の競争戦略とタレント開発をどう一致させて、整合性を取るかという話が前半部分です。それを前提とした上で、Attract、Develop、Retain を考えます。つまり会社が魅力を持って、やる気になってもらって、能力開発して、優秀な人にこの会社に留まってもらうにはどうしたらいいかという観点です。
倉重:コロナをきっかけに、この要素は重要になっているのではないかと思います。「なぜ今ここで働いているんだっけ」と考えている人は多いですよね。
石山:そうですね。コロナ禍で、「僕らは何のために生きているのだろう」という目的や意義を考える機会が増えたのではないかと思います。これからますます、組織の目的や意味、意義に共感できるかどうかが問われてくると思います。
倉重:その組織の目指すべき方向性と、自分の目指していることが一致していることが大切です。本当に「企業が何のために存在するのか」、そして「どういう人材にいてほしいのか」というのは、どのような企業でも関係する話だと思います。
倉重:タレントマネジメントを意識している会社は、そんなに多くはないのではないでしょうか。今どれぐらいありますか。
石山:そこがこの本を書いた一つの動機でもあります。日本型人事管理にはすごくいいところもあるけれども、同時に課題もあると思っています。課題は大きく分けて2つです。1つは今まで長期雇用が当たり前だったので、「何もしなくとも社員はここにいてくれるものだ」と思ってしまうことです。「社員はうちの持ち物だ」という感覚です。
入社してから定年までいてくれるのが当たり前だという考えになってくると、タレントマネジメントの要素が弱くなります。もう一つは、「チームワークのためには、社員の個別性は重視せず、一律に対処したほうがいい」と考えてしまうと、これから弱点になってくると思います。
倉重:そういった観点からすると、皆いっしょに「せーの」で昇給する年功序列制度や終身雇用といった日本型雇用システムと、タレントマネジメントは矛盾するのでしょうか。
石山:とはいえ、年齢給で、同じ年齢なら同じ報酬という方針で処遇している会社は少数派なのではないかと思います。
倉重:そうですね。年齢だけで決めているのは超少数ですね。
石山:職能給だとしても、きちんと査定するわけですし、職能給を採用している会社も、同時に職務給や役割給を取り入れている場合が多いでしょう。「どう評価するか」という部分はきちんと決まっています。そうなると、選抜や昇進スピードなど、処遇体系だけの話でもなくなります。本質はいかに能力開発していくかということです。そう考えていくと、日本型の人事管理のように、ある程度多くの社員を能力開発の対象にする、あるいは企業特殊スキルを重視していく考えがあったとしても、タレントマネジメントと矛盾しないと思うのです。
倉重:なるほど。では日本的な人事管理においてどういう人をタレントと考えるのか。例えば長期昇進トーナメントを生き残った人がタレントなのでしょうか。そういう面もあるかもしれないけれども、それだけではないですね。
石山:日本型の人事管理の特徴は、これも、全ての会社にあてはまるわけではありませんが、長期のトーナメントの中で結果的に生き残った人が昇進するという傾向がないこともないでしょう。こうした特徴を、この本の中では「適者生存」と言いました。ですが適者開発という考え方もあるのです。「うちの企業は独自の競争戦略があって、こういう企業文化があるから、こういう人が必要だ」というのが先にあって、それに合った能力開発や採用・昇進・選抜をしていくことです。この考え方は日本型の人事管理と矛盾しないので、十分にその考えを取り入れられるのではないかと思います。
倉重:どんな日本企業でも、重要な仕事、この本では「キーポジション」という形になっていますが、どんな企業でもキーポジションの職種はあるわけですよね。キーポジションには企業の特殊性を織り込んで、どういう人がふさわしいかを設定すればいいし、そこに合う人を開発するなり抜てきするなりしていくという話ですよね。
石山:そうですね。
倉重:これは別に「日本企業だからできない」ということではないですね。
石山:「日本企業だからできない」ということはあり得ないと思います。本にも書きましたが、たとえば、カゴメさんはもともと階層別研修をしていました。一般的に階層別研修で同期が集まると、「皆の懇親が深まって、水平的な交流ができて良かった」という感想がでてくるのではないでしょうか。
それはそれでいいのですが、カゴメでは階層別研修を基本的にやめたそうです。土日に挙手制で「この研修に行きたい人は受けるようにしてください」というふうに変えたのです。つまり、皆で仲良く同じ釜の飯を食って、仲良くなろうという効果だけを求めるのではなく、「自分の能力開発の方向性にあわせて、やりたい人は自発的に手を挙げてください」というふうにしました。こうした個別の才能の違いとキャリア自律を重視することがタレントマネジメントです。
倉重:それぞれ伸ばしたい分野が違うから、受ける研修も当然違いますよね。カゴメさんの場合は人事部長を外から招いて来たのでしたか?
石山:そうです。有沢さんという方で、僕は皆の目標となる理想の人事部長ではないかと思っています。
倉重:「人事はすごい」と社内の人に言わせたのですよね。
石山:そうですね。カゴメでは「人事が一番格好いい」とか「人事が最先端だ」と言われました。これは有沢さんがすごいということもありますが、本来人事とはそういう部門なのではないかと思います。先ほど言ったように、経営者は4割ぐらい人事のことを考えているわけです。そうしたら最先端のことをどんどんしていって、会社から「人事はすごい」と言われることが、目指すべき姿なのではないかと思います。
倉重:カゴメでは、何を変えたらそうなったのでしょうか?
石山:一言で言うと、最先端の革新的なことを始めた、と社員に思われたことです。有沢さんが入ってカゴメでいろいろ始めた時、社員の反応は「え? そんなことをしてもいいのですか」でした。しかも、導入時は社内でも抵抗がありますが、いったん導入をしてみると、社員からも評価される内容だったのです。
倉重:特徴的なのは、カゴメさんでは先ほど話があったHRビジネスパートナーを使って現場の意見も吸い上げたという話です。HRビジネスパートナーとはそもそも何かという話をご解説いただけるとありがたいです。
石山:一般的に言われているグローバル企業のHRビジネスパートナーには一定のタイプがありますが、カゴメさんのHRビジネスパートナーは微妙に違います。
グローバル企業のHR機能は3つにわかれるのではないでしょうか。
1COE(Center of Excellence)といわれる本社の人事機能、
2オペレーション機能、
3HRビジネスパートナー
の3つです。
HRビジネスパートナーは、事業部門のトップと経営戦略などを十分に確認しつつ、経営戦略に合わせて、採用や人事評価、育成や選抜まで、タレントマネジメントに関わる部分も担当します。
HRビジネスパートナーが「うちの会社はもっとこうするべきだ」という意見をあげると、本社人事のCOEが「分かりました。現場でそうなっているのなら、こうしていきましょう」というように、本社COEと同等、もしくはそれ以上の権限を有します。
カゴメさんのHRビジネスパートナーはこれらとは微妙に違うのです。どう違うかというと、基本的にはグローバル企業のHRビジネスパートナーは人事部門のキャリアを積んだ人がなります。
倉重:そういうイメージですね。
石山:カゴメさんでは、現場のエースが担当します。現場のエースで、もう少しで役員になるような人を選びます。ものすごく人徳があって、皆から慕われていて、現場の事情をよく知っている人を引き抜いて来るのです。その時点で現場からは抵抗があります。
倉重:エース級の社員なわけですからね。
石山:本人も「えっ? 自分が人事を担当するの?」という話になります。
倉重:「そんなのはやりたくないよ」となるわけですね。
石山:最初はそうです。カゴメの場合はトップと主要な役員が人材の会議をして、そこで昇進や選抜などもほとんど決まります。そのときに、HRビジネスパートナーに全部相談するのです。例えば「本当にこいつを動かしていいのか」と相談すると、HRビジネスパートナーが「いや、その人は動かしてはいけません。今家族の介護が始まっているので、1年後に介護休職になるはずです。今この人を動かすと大変なことになります」と言って止める機能もあります。逆に「この人は別の部門で経験を積んだほうが、さらに視野が広がる」という場合は、異動を勧めます。ほかの人が現場に言うと「なぜうちの部門のエースを抜くんだ」というクレームになるけれども、もともとその部門で働いていて、皆から慕われている人から言われると、「そうしましょう」という空気になります。
倉重:「あの人が言うんだから、仕方がない」感があるわけですね。
石山:そういう機能です。そういうことをしていくと、HRビジネスパートナーは現場の痛みを今まで以上に実感するわけです。
倉重:現場をよく知っていますからね。
石山:そうです。HRビジネスパートナーになると、今までよりも一層、現場の人たちから生活面を含めたいろいろな話を聞くことになります。その過程で「経営のために人を動かすのは、こんなに痛みがあることなのか」と実感するわけです。
倉重:単にビジネスをしているだけでは気付かないプライベートなところまで踏み込む場合がありますからね。
石山:そういう経験をした人にこそ役員や社長になってほしいと思いませんか?
倉重:全くです。人の痛みが分かる人にこそ、ということですよね。
石山:そうです。だからカゴメのHRビジネスパートナーは、役員や社長になるために、人の痛みを理解してもらうための登竜門でもあるのです。
倉重:なるほど。人事機能と現場機能が融合したような役割ですね。そういう感覚を持つことが経営としても大事なところですね。
石山:ですので、グローバル企業のHRビジネスパートナーとは微妙に違う、カゴメオリジナルのようなところがあります。
倉重:日本企業の進化型のような感じでもありますね。
石山:そうです。言うなれば「日本型HRビジネスパートナー」のようなものです。
倉重:そんな感じですね。「これからの日本的な雇用がどうあるべきか」というのは、今各社が模索している部分です。その一つの方向性ということですよね。
石山:ええ。ただ僕が思うのは、これは一つの在り方だけれども、皆がこのカゴメ型HRビジネスパートナーにするのも、おかしな話だと思います。各社ごとのHRビジネスパートナーを作っていけばいいのではないでしょうか。
倉重:このやり方がカゴメさんではフィットしたという話ですからね。
石山:そうです。
倉重:ちなみにこの本に出て来る味の素さんの事例は、グローバル企業がしているものに近いイメージでしょうか。
石山:味の素も相当変えています。まず、何を変えたかというと「職務記述書」というものがありますよね。
倉重:ジョブディスクリプションというものですね。
石山:はい。カゴメの場合は、「うちは職務的な運用を目指すけれども、ディスクリプションは作りません」という方針です。味の素は「作りましょう」という方針です。作るとなると、現場で部長クラスの方々に作成してもらうことになりますが、最初は職務記述書を作成することに反発されたといいます。「私が今やっていることが悪いわけ?」みたいな感じです。
倉重:そういうふうに思うのですね。
石山:「今私がしているやり方がいけないのか」「なぜわざわざ書かなければいけないのだ」という反発がありました。作るのも結構大変ですし、負担もありますよね。そこで味の素では高倉さんという方が、「今までの成功は部長の貢献です。さらに、5年後この職務の望まれる姿を作ってほしいのです」と話しました。5年後という将来のことになると、今の状態に遠慮せず、本当にあるべきことを書けます。あるいは5年後の姿を入れることで、今後の変化なども埋め込まれることがあるので、工夫して書いてくれました。その時点で一般的なジョブ型とは変わってきています。
倉重:「今のジョブ」ということではないわけですよね。
石山:そうです。なおかつ、そのジョブで求められるコンピテンシーを各ポジションごとに書くのは難しいだろうという判断があって、コンピテンシーは人事で全社一律的で作りました。それが味の素、Future Leadership Competencyです。本の中にも書きましたが、社長は「これは人事だけの決定事項ではなくて、経営陣で作るから」という話になり、人事がたたき台を作って、経営陣が書き入れています。全社一律のものが出来た時点で、純粋なジョブとは変わってきています。
倉重:「味の素らしい人材はこういう人だ」ということを、経営側を含めてかなり関与して判断するということですね。グローバル企業ですから、世界中で約1,000個のキーポジションを設定して、全部公開しています。そのミッションや目的などもきちんと説明されたのですか?
石山:そうです。だから味の素もカゴメもいろいろオリジナルで工夫していますが、公開原則も共通しているのです。
倉重:公開することによって、今後の目的を共有するのでしょうか。
石山:そうです。公開することで、フェアネスのようなものが担保されます。
倉重:「ここを目指せばいいんだな」と社員さんも分かりますね。
石山:そうです。それが先ほど言った適者開発のようなものです。
倉重:1,000個もあればいろいろな選択肢があるわけで、「俺にはこちらが向いているかな」と一人ひとりが考えるわけですね。
石山:そうですね。
倉重:非常にグローバル企業らしい取り組みで、ミッションや役割、グレードの説明もつくかと思います。
(つづく)
対談協力:石山恒貴(いしやまのぶたか)
法政大学大学院政策創造研究科 教授 研究科長
一橋大学社会学部卒業、産業能率大学大学院経営情報学研究科修士課程修了、法政大学大学院政策創造研究科博士後期課程修了、博士(政策学)。一橋大学卒業後、NEC、GE、米系ライフサイエンス会社を経て、現職。越境的学習、キャリア形成、人的資源管理等が研究領域。人材育成学会常任理事、日本労務学会理事、人事実践科学会議共同代表、NPO法人二枚目の名刺共同研究パートナー、フリーランス協会アドバイザリーボード、早稲田大学・大学総合研究センター招聘研究員、一般社団法人トライセクター顧問、NPOキャリア権推進ネットワーク授業開発委員長、一般社団法人ソーシャリスト21st理事、一般社団法人全国産業人能力開発団体連合会特別会員、有限会社アイグラム共同研究パートナー、専門社会調査士
主な著書:『日本企業のタレントマネジメント』中央経済社、『地域とゆるくつながろう』静岡新聞社(編著)、『越境的学習のメカニズム』福村出版、2018年、『パラレルキャリアを始めよう!』ダイヤモンド社、2015年、『会社人生を後悔しない40代からの仕事術』(パーソル総研と共著)ダイヤモンド社、2018年、Mechanisms of Cross-Boundary Learning Communities of Practice and Job Crafting, (共著)Cambridge Scholars Publishing, 2019年
主な論文:Role of knowledge brokers in communities of practice in Japan, Journal of Knowledge Management, Vol.20,No.6,2016.