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社会保険料率は何%まで上昇するのか:政府は2040年度・50年度の試算を示せ

小黒一正法政大学経済学部教授
(写真:イメージマート)

先般(2023年4月中旬)、健康保険組合連合会が2023年度における健康保険の平均料率が9.27%になるとの見通しを公表した。厚生年金の保険料率(18.3%)や介護保険の保険料率(1.78%)も合わせると、社会保険料率は概ね30%に到達し、租税と社会保険料率を合計した「国民負担率」は46.8%(2023年度)となる可能性が高い。

1988年度の国民負担率は37.1%であったから、国民の負担が急増している現状を示すが、この負担は現役世代に偏っており、いわゆる「世代間格差」の問題も発生させている。

国民負担率が上昇したのは、租税負担というよりも社会保険料率の上昇に原因があり、この上昇は社会保障給付費の増加に起因する。実際、「二人以上の勤労者世帯」(全国平均値)で、1988年と2017年を比較すると、所得税等の直接税の負担は微減している一方、社会保険料の負担が約84%も増加している。

つまり、現役世代の暮らしが豊かにならない「カラクリ」の一つは、この30年間で増加してきた社会保険料負担にある。最近はネット上に「税金・保険料シミュレーション」等があるので、年収などの条件を入力すれば、誰でも手取り額が計算できる。

2022年に年収500万円だった独身(30代)の手取り額はいくらか。計算すると、約390万円で、所得税などの税金が約39万円、年金や医療などの社会保険料負担が約71万円だ。

では、約30年前の1989年に、やはり年収が500万円だった独身(30代)の手取り額はいくらか。この計算は専門的な知識がいるが、計算すると、税金は約50万円だが、社会保険料の負担は約40万円しかなく、手取り額は約410万円だ。この30年間で、同じ500万円の年収でも、手取りが20万円も減少している。この最大の原因は、社会保険料負担が30万円超も増加したからである。

また、2000年度に約78兆円であった社会保障給付費は、現在、約131兆円(2022年度予算ベース)にも達している。最近はやや伸びが鈍化しているが、団塊の世代が75歳以上となる25年度以降、社会保障費の膨張は今後も継続する。この参考となるのは、2018年5月公表の「2040年を見据えた社会保障の将来見通し(議論の素材)」だ。

この将来見通しでは、高成長と低成長の2ケースで、社会保障給付費を推計している。このうち成長率が1%程度の低成長ケースでは、2018年度で121.3兆円(対GDP比21.5%)の社会保障給付費が、2025年度で約140兆円(対GDP比21.8%)、2040年度で約190兆円(対GDP比24%)となると予測する。2040年度までに対GDP比で2.5%ポイント(=24%-21.5%)しか伸びず、改革を急ぐ必要はないとの声も聞こえるが、それは間違いだ。

まず、現在のGDP(約550兆円)の感覚でいうと、この2.5%ポイントの増加は約14兆円(消費税換算で5%、軽減税率を考慮せず)に相当する。また、2019年度の社会保障給付費は対前年2.5兆円増の123.9兆円、対GDP比22.14%で、2025年度の予測値(21.8%)を既に上回っている。

この勢いが継続する前提で、2040年度までの社会保障給付費を予測すると、どうなるか。1995年度から2022年度までの平均成長率は0.35%だが、0.5%という成長率を前提に、社会保障給付費の対GDP比を試算すると、2040年度の値は28%に急上昇する。2018年度の約1.3倍の値だが、その増分を社会保険料の引き上げで賄う場合、大雑把な試算では、保険料率も約1.3倍になる可能性があり、このシナリオでは社会保障財政の持続可能性が危ぶまれる。

その多くは現役世代の負担増となることが必至であり、その抑制も重要な課題となる。小さな政府を目指した小泉政権期では、少子高齢化が進むなか、現役世代の負担増を抑制するため、2004年に年金改革を行い、厚生年金の保険料率の上限を18.3%に定めた。だが、医療・介護の保険料率には切り込んでおらず、現在も上限が存在しない。

しかも、75歳以上の後期高齢者医療制度の財源(給付費)のうち9割は現役世代の保険料からの支援金と公費で賄われており、賦課方式の年金と似た構造をもつ。75歳以上の一人当たり医療費は年約90万円だが、その給付を維持する場合、高齢化の進展に伴い、現役世代を中心に保険料率を徐々に引き上げるしかない。

年金・医療・介護を合わせた社会保険料率が、いま約30%という過去最高の水準に達したわけだが、この状況を放置すれば、35%を超える日もそう遠くないだろう。異次元の少子化対策の財源として、「保険料を上げるのではなく既存の保険料収入の活用でできる限り確保したい」との意見もあるが、魔法の杖はなく、公的年金の積立金を取り崩すといった異例の措置を実施しない限り、現在の社会保障財源にそのような余裕はない。

子育てを担う現役世代の負担増を抑制するためにも、政府は2040年度・50年度までの社会保険料率の上昇幅に関する試算を早急に示した上で、社会保険料率の全体に上限を定めることも検討すべきだろう。

法政大学経済学部教授

1974年東京生まれ。法政大学経済学部教授。97年4月大蔵省(現財務省)入省後、財務総合政策研究所主任研究官、一橋大学経済研究所准教授等を経て2015年4月から現職。一橋大学博士(経済学)。専門は公共経済学。著書に『日本経済の再構築』(単著/日本経済新聞出版社)、『薬価の経済学』(共著/日本経済新聞出版社)など。

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