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「ハロワ崩壊」~露呈する雇用調整助成金制度の限界~

倉重公太朗弁護士(KKM法律事務所代表)
(写真:GYRO PHOTOGRAPHY/アフロイメージマート)

コロナ禍で経済活動が自粛の影響を受け壊滅的な打撃を受ける中、労基法上の支払い義務がないのに休業手当を支払った場合について、支払った額を後から会社に支給する雇用調整助成金※がこれまでにないレベルで注目を集めています。

※あくまで休業手当を支払った会社が申請し、受給するもので、労働者が直接もらえるわけではありません。

厚生労働省は日々助成金に対する情報を更新し、少しずつ改善している点も見られます。おそらく中の人は相当な努力をされていますのでその点は素直に敬意を表したいと思います。

しかし、政治家が「雇用調整助成金を利用して」という割に、この制度は使い勝手の良いものではないどころか、ハローワークが崩壊しているともいえる混雑・リソース不足の中、雇用調整助成金の制度には以下6つの問題点があります。

1、 申請業務の複雑困難さ

2、 オンライン申請が認められていない

3、 5%の「売上」減少が必要という生産量要件

4、 上限額が定額であること

5、 社会保険労務士の連帯責任があること

6、 実際に受給するまで相当の時間が掛かること

以下、一つ一つ問題点を解説します。

1 申請業務の複雑困難さ

 厚生労働省としては、雇用調整助成金の申請書類が複雑だという指摘を受けて、大幅に簡略化したとのことですが、実際にはどうなのでしょう。

まずは、実際に助成金の申請業務を担当している企業人事担当K氏の意見を聞いてみることにします。

雇用調整助成金は確かにこれまでの国の補助金制度とは違い、金額だけ見れば大きい金額が支給される可能性があり驚いている。

しかし、申請方法は極めて複雑で、オンライン申請が認められていないため、沢山の資料を紙ベースで用意しなければならない。

特に社員数が多いと印刷だけで50枚以上になり、人事担当者の負担は極めて大きい。よほど経験豊富な人事担当者か顧問社労士が居ない企業の申請は難しいのではないか。

テレワーク中だと、特に自宅での印刷作業が膨大で家のプリンターが悲鳴を上げている。

加えて不正受給が発覚した場合は、申請に協力した社会保険労務士も連帯責任に問われることになりこれまで取引関係のない中小企業について、社会保険労務士は、申請業務を受託すること自体躊躇するだろう。

不正受給の問題は後から厳罰を科し、まずは申請を簡易迅速にすることが重要ではないか。オンライン申請や責任の明確化・簡素化などが早急に求められていると感じている。

さて、人事担当K氏が指摘している問題点として、いかに雇用調整助成金の申請業務がメンドクサイかを実際に見てみましょう。

用意しなければならない書類は最低でも以下の通りです・・・

【雇用調整助成金】

1 休業等実施計画(変更)届

2 雇用調整実施事業所の事業活動の状況に関する申出書

3 支給要件確認申立書

4 休業・教育訓練実績一覧表

5 労働者代表との休業協定書

6 支給申請書(休業等)、助成金算定書

7 対象者全員分の支給対象期間中の勤怠データ(タイムカード写し※全員分印刷)

※休業対象労働者が100人で、勤怠データが一人1枚でも100枚印刷しなければならない

8 売上げの減ったことを証明する書類

9 労働者名簿(全員の雇用保険番号を記入するシート)

10 就業規則

11 賃金規程・労働条件通知書など

12 賃金台帳(給与明細)

【緊急雇用安定助成金】

また、雇用保険の被保険者ではない従業員、例えば週20時間未満のアルバイトなどについては、雇用調整助成金ではなく、緊急雇用安定助成金の申請となります。算出方法が雇用調整助成金とは異なりますので、以下の書類を上記とは別に用意しなければなりませんので余計に手間がかかります。

1 休業実施計画(変更)届

2 休業実施事業所の事業活動の状況に関する申出書

3 休業計画・実績一覧表

4 支給要件確認申立書

5 支給申請書、助成金算定書

 書いているだけで嫌になりますが、実際にこれらをすべて記入して印刷、また印刷です。テレワーク勤務をしている人事担当者の家庭用プリンターは悲鳴を上げていることでしょう。

勤怠データなど、労働者の数が多くなればなるほど、書類が増えますので、数百枚を実際にプリントしなければなりません。

 書類のそれぞれの意味や記載内容について、慣れている社労士さんであればよくわかるのかもしれませんが、労働法を専門にする弁護士の私でも、非常に意味が難解で色々と調べながら本記事を書いているレベルです(間違った理解があればご指摘下さい)。ましてや、町の飲食店や町工場の社長が単独で申請するのは事実上不可能かと思います。

2オンライン申請が認められていない  

助成金の申請書類は、資料を全て過不足なく揃えてハローワークか労働局に持参か郵送しなければなりません。そして、不明点があっても、ハローワークがパンクしており電話が繋がりませんし、質問に行っても大行列で何時間も待たされる。正に「三密」の状態です。

まさに、「ハロワ崩壊」とも言える状態であり、そのような状態で郵送により申請したとして、書類不備があるとして郵送でまた戻されるとすると何度このやり取りをしなければならないのでしょうか。

また、押印が必要な個所が多数あり、印鑑を持って帰るわけにはいかないので、このために出社しなければならないという事態も生じています。休業やテレワークが推奨されながら、休業に関する助成金のために出社するというのは何とも矛盾した状態といえます。

 オンライン申請を早期に認めてほしいと思います。

3 生産量要件があり、売上が5%落ちていることが要件となっている

  助成金の支給要件として、「生産量要件」というものがあり、最近一カ月の「売上」(生産量・販売量)が前年同月と比べて5%以上下がっていることが必要となります。ここで見るのは利益ではなく単純に「売上」だけなのです。そうすると、次のような問題点があります。

例えば、人数や工場・生産設備を増やし、売上・生産量自体は昨年より上がっていても、人数や施設が増えている分固定費がかさみ、利益が減ってむしろ赤字になっている企業もありますが、そのような企業は昨年に比べて「売上」だけは上がっているため助成金の対象外となってしまうのです。

 単純な売り上げ、だけで検討するのでは、この1年で雇用を拡大してきた企業ほど不利になり、赤字だとしても助成金が不支給となるのは何ともおかしな話です。

4 社会保険労務士が連帯責任を負わされる

 既に述べたように、助成金申請業務は難しく、相当慣れた人事担当が居ない小規模事業者では申請困難です。

 そこで、西村経済再生担当大臣も期待するのが社会保険労務士(社労士)に申請代行業務を依頼することにより、小規模事業者にも助成金を活用して欲しいという点でした。

 しかし、雇用調整助成金には、不正受給があった場合、携わった社労士も連帯責任を負うという問題があります。

 実際、雇用調整助成金の「支給要件確認申立書 (雇用調整助成金)」の2枚目には社労士署名欄があり、そこには以下の文言が記載されています。

「また、本助成金に関し、偽りその他不正の行為により申請事業主等が、本来受けることのできない助成金を受けた場合であって、代理人等が不正受給に関与していた場合(偽りその他不正の行為の指示やその事実を知りながら黙認していた場合を含む。)は、1申請事業主等が負担すべき一切の債務について、申請事業主等と連帯し、請求があった場合、直ちに請求金を弁済すべき義務を負うこと、2代理人等に係る事務所(又は法人等)の名称、所在地、氏名及び不正の内容が公表されること、3不支給とした日又は支給を取り消した日から起算して5年間(取り消した日から起算して5年を経過した場合であっても、請求金が納付されていない場合は、時効が完成している場合を除き、納付日まで)は、助成金に係る代理人が行う申請が行う提出代行、事務代理に基づく申請ができないことについて承諾します。」

 つまり、助成金申請にあたり、虚偽の事実に基づく申請など不正受給があった場合は申請業務に携わった社労士が連帯責任を負うということです。

 もちろん、ほとんどの社労士さんは不正受給などするはずもなく、昼夜を問わず、企業の資金繰りのため、必死にこの助成金業務に取り組んでいます。

 しかし、これまで顧問契約をし、給与支払いや労働時間の実態など、会社の実情をよく知るところであればともかく、今回の助成金について依頼するスポット契約では、会社の実情などを確認することができず、実際に売り上げが減っているか、休業させているか、休業手当の支払いが行われているかなどをすべてチェックしてから申請するなど不可能に近いでしょう。

 そのため、真面目な社労士さんほど、処理できるキャパシティを超えているとして、新規の契約を断っている状態が多発しています。

 この社労士連帯責任は、リーマンショックの際などにみられた不正受給への対応として導入されたもののようですが、今回もこの連帯責任があるとすると、良識ある社労士さんはとても怖くて新規顧客の助成金申請業務を受託することができないか、できたとしても相当な手間がかかり、多くの件数を担当することは難しくなってしまうでしょう(ハロワ崩壊に続き、「社労士崩壊」になってしまいます)。

 4月25日のNHKスペシャルで、西村経産大臣が「社労士を活用して助成金の申請を~」と言っていましたが、そうであれば連帯責任は悪質で故意・重過失によると認められた場合に限定することを明言すべきでしょう。

 社労士の皆さん、今は本当に重責を担って大変だと思います。制度が変わらなくとも、せめて会社とのやり取りはメール・チャットで記録化しておき、先生方はちゃんと内容を確認した、ということを後から説明できるようにしておいて身を守ってください。

  1. 頑張れ社労士

5、上限が8330円は変わらず

 4月25日の報道では、雇用調整助成金の助成率を、小規模企業については「10割」にするとされています。詳細は5月に決定されるようですが、現時点では8330円の上限が維持されており、この点が大きく誤解されています。

 また、そもそもの「9割」や「8割」という水準についても、実際労働者に払った額の9割ではなく、前年に従業員に支払った賃金の全体での平均額により算出し、さらに、8330円の上限がついている点が注意です。

 東京で最低賃金が1013円です。上限が8330円のままであれば、最低賃金ほどの額しか支給されないケースが多いと考えられます。

 また、また、「10割」、「9割」も解雇等の行わなかった場合の助成率であり、一定の期間にやむを得ず解雇した時には、助成率が1割下がることになります。助成金額が大きい場合、この点を気にしている企業多いのですが、やむを得ずリストラする場合やあまりにも能力不足、勤怠不良、協調性不足がある場合にまで1割助成額が異なると、本来行うべき解雇も躊躇うことになり、助成金のために本来すべき解雇を差し控えるといあ、ゆがんだ結論になる場合があります。

助成金を当てにして、休業手当相当の給与を多めに支払った企業の資金繰りが狂うことにならないよう、現行制度をよく確認する必要があります。

6実際の給付がいつになるのかわからない

 雇用調整助成金については、4月17日時点で申請985件、支給決定60件という報道があります。しかし、この制度を利用したいと考えている企業は、いま日本にあるほとんどの企業であり、実際に相談件数も10万件をこえているとのことですが、そもそも、ハローワークがパンクしており電話が繋がりません。そのため、実際に相談したい企業数はこの程度の数ではないはずです。

 西村大臣は、申請から受給までを1か月やもっと短く、スピーディーにと言っていますが、現状ではそもそも申請の前提となる質問ができず、不明なまま郵送で申請しても支給決定がされません。

 実際に要件を満たした書類を全て揃えて初めて「申請」受付となり、そこから審査を経て支給決定、そして実際の受給があるのは到底1か月では難しいのではないでしょうか。

 実際の受給まで半年かかるのでは?との見方もあります。

 これでは、政治家の方が説明する「1カ月で給付」とは程遠く、その間会社は手当を先払いしなければならないので、実際に受給できるまで企業の体力が持つかという問題が目の前にあります。

7 おわりに(提言)

 「600人解雇して失業保険を受給させる」というタクシー会社の件が問題となっていますが、一企業を責めても、結局売り上げが無ければ何も払うことはできません。負担の押し付け合いを労使だけでしていても意味がないのです。

 そこで、助成金については上記のような運用上の問題点があるので、簡易迅速かつ直接労働者に給付される失業保険の特例として東日本大震災の時には認められた「みなし失業」を今回も適用すべき時期に来ているのではないでしょうか。

おそらく厚労省は失業率が跳ね上がることを懸念していると考えられますが、再雇用を約束し、それが書面で確認できたものについては失業率から除いても良いと思います。

 会社負担で何とか雇用維持、というのは売り上げがなければもう限界です。

 最後になりますが、日々奮闘している内閣府、厚生労働省、経済産業省など官僚の方、企業人事担当者、社会保険労務士の皆さんのためにも、今こそ政治判断で、失業保険の拡充など、さらに簡易迅速な制度による現実の救済策を検討されることを切に願います。

追記

本記事の作成に当たり、企業人事担当者、全国の社会保険労務士の皆さんにインタビューを頂きました。ありがとうございます。

弁護士(KKM法律事務所代表)

慶應義塾大学経済学部卒 KKM法律事務所代表弁護士 第一東京弁護士会労働法制委員会副委員長、同基礎研究部会長、日本人材マネジメント協会(JSHRM)副理事長 経営者側労働法を得意とし、週刊東洋経済「法務部員が選ぶ弁護士ランキング」 人事労務部門第1位 紛争案件対応の他、団体交渉、労災対応、働き方改革のコンサルティング、役員・管理職研修、人事担当者向けセミナー等を多数開催。代表著作は「企業労働法実務入門」シリーズ(日本リーダーズ協会)。 YouTubeも配信中:https://www.youtube.com/@KKMLawOffice

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